第41話 響也2

――響也


「しゅてるんさんの予想通りだよ。あの黒い長方形の板を使って、しゅてるんさんの体を動かすんだ」


「私の体で大丈夫なのかな」


「兄さんが大丈夫と言ってるから、しゅてるんさんの体が動作についてこれないことはないよ」


 そう、兄さんは出来ないことは俺には言わない。だから大丈夫だよ。


「全く、どんだけお兄さんが好きなんだか。確かにカッコいいけどねね」


 俺が、少しだけ、ほんの少しだけブラコンなのは認めよう。しかし、兄さんがカッコいいだと!

 兄さんは俺の目から見ても、普通より少しカッコいいかもくらいなんだけど。まさか、しゅてるんさん、兄さんのことを。

 分かる! 兄さんを好きになるのは。兄さんは頼りなさそうに見えて意外にしっかりしてるし、人の気持ちに聡いし、気遣いも......


「響也くん、お兄さんは確かにカッコいいけどど、事実を言っただけだからねね」


 そういうことか、この世界基準では兄さんカッコいい部類なのか?


「そ、そう。ははは」


 俺は頭をかき、妄想にハマってしまったことを誤魔化した。


「さっそく、動きを確かめたい。鏡を外に出してよいかな?」


「もう、見たいの? 仕方ないのの、少しだけならいいよ?」


「見たいは見たいんだけど、意味が違いそうなんだけど」


「響也くんはまじめさんだねねー」


 からかわれつつも、俺たちは外に鏡を運び出し、ちょっとした広場に移動した。ついでに、部屋の隅にあった箒も持っていく。

 地面に箒を突き立て、その後ろに姿鏡を設置すると準備は完了だ。


「練習するの?」


「体のサイズに慣れたいんだ」


 しゅてるんさんの体のサイズがゲームと同じならば、実物の俺と身長差は十センチ以上、ゲームの俺とは十五センチは変わる。

 そうなると、視界もリーチも変わってくるから、武器を振ったときの感覚がかなり変わるだろう。

 最も身長差以前に、実物の体を動かすんだ。ゲームと同じ動きが出来るとは言え別物だろう。


 俺に体の主導権が移ると、武器を掴みまず一振り。盾を突き出し、剣を振るう。鏡で動作を確認し、再度武器を振るう。

 イメージしろ、ゲームとこの体の動きをシンクロさせるんだ。

 ゲームでも3Dだっただろう? 同じだ。リアリティが違うだけ。

 目をつぶり、武器を振るう。

 目を開け、再度武器を振るう。


 イメージできたか?

 距離は掴めたか?


 突き刺した箒に向かい、歩く。離れて次は駆けて箒へ。

 歩幅から空間をゲームとシンクロさせる。


 イメージしろ!

 箒から二センチ。盾を突き出して、剣を振え!


 箒から二センチちょうどに剣先が突き抜ける。


 よし。


「しゅてるんさん、だいたい大丈夫だ」


「あ、あなた、何者なのの」


「少しだけ操作が人より優れてるかもしれない普通の人間だよ」


 動きは掴めたけど、実戦を経験しておきたい。兄さんに頼むか。俺はさっそく兄さん――リベールさんにテルを行おうとするが、どうやったらいいんだろ?

 「テル」のやり方を聞いとけばよかった! 


<誰にテルを行いますか?>


 えええ! どうも「テル」と思っただけで「テル」が反応するらしい。たまたまだったけど、兄さんを呼ぶことが出来た。



◇◇◇◇◇



 部屋に戻り待つこと一時間ほど。待ってる間はもちろんしゅてるんさんに体の主導権を渡すが、いきなり脱ぎだそうとしたり、前をはだけさせたり、どれだけ俺をからかいたいんだ......全く。

 ちょうど、しゅてるんさんがスカートを掴んで引き上げようとしたときに、部屋の扉が開く。


「あ、うん。なんかごめん」


 兄さんが気まずそうな顔でこちらを伺った後、扉を閉めて戻って行ってしまった! ち、違うんだ兄さん!


「リベールたん、ごめんねね。入ってきて」


 しゅてるんさんが兄さんを呼ぶと、兄さんは微妙な顔のまま戻ってきてくれた。


「どうした? 響也」


 兄さんが問いかけると、体の主導権が俺に移る。


「戦闘をこなして体に慣れたいんだ」


「ええ! もう操作に慣れたのか! まさかいくら響也でも」


 口に手を当てて驚く兄さん。あまりの驚きにひっくり返りそうな勢いだ。

 俺は兄さんを信じさせるため、先ほど練習した広場へ、箒を持って一緒に外へ出ることにした。


「兄さん、見ていてくれよ」


 俺は箒を地面に突き立て、剣と大盾を手にもつと、先ほど自身でやった動きをトレースする。


 踏み出し、盾を突き出してから、一歩踏み込んで剣を切り払う。剣先は箒からちょうど二センチ先を通過する。

 さらに、バックステップで数歩駆けた後、一回転。そこから、ジャンプと共に盾を突き出す。盾はちょうど箒から二センチ手前で静止する。


「え、え、え......」


 兄さんはあまりの驚きのため、ペタン座りになってしまい開いた口が塞がらない様子だ。どうだい兄さん? 何とかなってるだろ。兄さんが言った通りだよ。


「どうかな。兄さん」


「い、いや。驚いた。まさかゲームトップの大盾使いってここまで適応力あるんだな」


<やっぱり、響也くん天才じゃないのの!>


 兄さんと心の中でしゅてるんさんが同時にしゃべるものだから、軽く混乱してしまう。


「これだけ動けるなら、問題ないと思う。和田さんにモンスターの場所を聞いてみるよ。あとは移動手段だな......」


「移動用飛龍があればいいんだけど」


 ゲーム内では使える場所が限られていたけど、空を飛ぶ飛龍に乗ることが出来た。ただし一人乗りだったけど。今はしゅてるんさんの体一つだから一人用でも大丈夫。


「街で調べてみるよ。デイノニクスならすぐにでも使えるから、近くにモンスターがいないかも聞いてみる」



◇◇◇◇◇



 あれから三日たった。ジルコニアの街から、デイノニクスに乗って二日ほどの村で「翅刃の黒豹」の被害が相次いでいるらしい。今のところ家畜を襲って食べられた程度の被害しか出ていないが、「翅刃の黒豹」を倒せる者が誰もいないため被害は今後拡大していくと思われるとのことだった。

 「翅刃の黒豹」ならちょうどいい練習相手だから、ぜひ行かせてくれと兄さんにお願いして村までやって来たというわけだ。


 兄さんに聞くと、「暴帝」の討伐は俺がここへ来てから十日後に行う予定だそうだ。移動も含めて十日後だから七日目にはジルコニアから「天空王」が来れる広場まで移動開始するらしい。逆算すると、この村で過ごせるのは一日と少し。

 発見さえできれば充分な時間だ。俺は「天空王」のこととかよくわかってないけど、兄さんに任せておけば安心だから、俺は「暴帝」さえ倒せばいい。


 村の宿まで到着した俺たちは、久しぶりのお風呂に入った後一息ついていた。言うまでも無いけど、お風呂でも着替えでもしゅてるんさんはからかってくる......いい加減あきてくれないかな。


「ねね。翅刃の黒豹ってどんなモンスターなのの?」


 翅刃の黒豹は、ゲームでの難易度は高いほうのモンスターで、ジャングルに生息する黒豹をモチーフにしている。体長は小柄なほうで、約七メートル。四肢に付属した鋭いかぎ爪と名前の通り背中から生えた羽がブレード状になっていて滑空することも可能だ。

 スピードスターと呼ばれるほど動きが素早く、木や壁を利用した三次元的な攻撃は戦う者を惑わせる。あっという間に裏側に回り込まれてブレードの羽で切り裂かれるなんて事態になりうる、練習にはもってこいの相手だろう。


「体長七メートルほどの羽の生えた豹みたいなモンスターだよ」


「勝てるのの?」


「たぶん......動きが早いから練習にはもってこいだよ」


「全く、響也くんには呆れるわわ。倒せなくて困ってるみたいよよ、その練習相手」


「ま、まあ......それは言わないで」

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