第20話 ゴルキチ3
――ゴルキチ
いよいよ今日討伐へ向かう日となった。
リベールを見ると緊張からなのか食べる量が非常に少なく見える。これではダメだと私は一つ手を打ってみることにした。
「ふーん、女の子だから食べないとかか?」
リベールはどうも自分が元男だということに拘りを持っているように見えるので、こんな感じで煽るときっと食べるだろう。
私の予想どおり、豊前とした顔をしながらも彼女はちゃんと食べはじめたのだった。可愛い奴だ。
――翌朝六日目
私が親方に頼んだ戦装束はなかなか良い出来で、さすが親方の仕事と思わせる一品だった。これはリベールも気に入ってくれるだろう。
戦装束をリベールに見せたところ、まんざらでもない様子だったがガーダーストッキングの付け方もしらない様子だった。
これは私の落ち度だ。「彼」がガーダーストッキングを着用したことなんてないだろうから。ハイソックスやタイツにしたほうが良かったかもしれない。
ただこれだけは言わせてもらう。この装束に一番合うのはガーダーなんだ。憧れの騎士風衣装なのだから細部にまで拘るべきだと思うんだ。
私ができるせめてものお礼に、少しでも満足いく装備をリベールにつけて欲しいんだ。
リベールに脱いでもらって、ガーダーストッキングを装着したが自分でやるのと違い、人にやるのはなかなか難しく手間取ってしまった。あ、こんなところにホクロがあったのか私のお尻。
リベールの戦装束の装着が完了し、いよいよ見届け人が館に到着した。
今年の見届け人は、なんと戦士長だった! 来年の生贄はイチゴ! どちらも私の唯一といっていい親しい人だ。本当にあいつは許せない! 私だけでなくイチゴまで犠牲にしようというのか!
見届け人も私の尊敬する師匠であり、兄のような戦士長とは。最後の最後まで私を追い詰めようという悪意が感じ取れた。
残念だったな、君の悪意はかなわない。「彼」が「火炎飛龍」を倒してしまうのだからな!
その晩は気が気で眠ることができなかった。彼が勝てると信じている。気にするなと何度も言ってくれた。でも私は心のどこかで未だ思っているのだ。彼を生贄にしてしまったのは私だと。
どうか、どうか無事で帰ってきて欲しい。ダメだと分かってるのに涙が止まらなかった。泣き疲れる頃いつしか私は眠りに落ちていたのだ。
いつかの時みたいにリベールがしがみついてくれていたらと、少しだけ考えた自分の弱さにさらに嫌悪を感じるのだった......
――七日目
天空王の庭を歩く四人の足取りは重たい。戦士長とイチゴはリベールが「火炎飛龍」に本当に勝てると信じることはできないだろう。ただ彼女が倒すというからには、信じようとは思っているだろうが。
当たり前だ。彼らはリベールの舞を見ていない。もし彼女の舞を彼らが見ていたら違った反応をしたと思う。きっと信じることができただろう。
そんな不安な顔をしないで欲しいんだ。リベールまで不安になってしまうと困るよ。
いよいよ「火炎飛龍」に向かおうとするリベールを抱きしめ、私は祈る。「どうか、どうか無事でいてください」と。
「リベール。どうか、どうか......」
情けない、最後まで言うことさえできなかった。視界は涙で曇りよく見えない。私はただリベールの体をギュッと抱きしめることでしか、無事を祈ることができなかった。
「行ってくる。必ず戻って来るから待っていてくれ」
リベールは軽い調子で私に伝え、「竜の巣」へ向かっていく。最後まで彼女に気を使わせてしまった......。どうか無事で。
◇◇◇◇◇
待つこと一時間半くらいだろうか。居ても立ってもいられなくなってしまった私は、戦士長の制止を振り切り「竜の巣」へ向かう。
リベールはもう「火炎飛龍」を仕留めたのだろうか。無事でいてくれ。
「竜の巣」が見える位置まで接近した私の目に入ったのは「火炎飛龍」とリベールの姿だった。
地に降りた「火炎飛龍」は胸と太ももが傷つき血が蒸発して赤い霧を発生させている。対するリベールは一見すると無傷だ。
「火炎飛龍」が絶叫し、巨大な炎を扇状に吐き出すが、リベールは全力で後退し難を逃れたようだ。
しかし、炎によって地面が溶けものすごい蒸気を発生させ、私からは二人がどうなっているのか全く見えなくなってしまう。
煙の中から「火炎飛龍」が絶叫を上げ、煙が晴れた時立っていたのはリベールだった。今は舞の途中だろうか完全に表情が抜け落ちている。
リベールが勝った! 本当に倒してくれた!
私は神話から出てきたような戦乙女を幻視していた。姿は私だが、なぜか神秘的な乙女に見えたのだ。「火炎飛龍」にとどめの槍を突き刺した彼女の姿を私は神話の一ページのように思えてならなかった。
歓喜し、戦乙女に夢を見るような気持になっていた私の目に、巨大な龍が映り込む。
龍は「火炎飛龍」より一回り以上大きく、そして鮮やかなスカイブルーが美しかった。恐怖の対象の龍は畏敬の念を抱いてしまうようなある種の神々しさが備わっていたのだ。
これは「火炎飛龍」と格が違う。私は一瞬でそう感じた。「火炎飛龍」でさえ、人が倒すことは非常に困難だが、この龍は人の手の及ぶものではないと私の本能とっ直感が告げる。
しかしリベールは怯まず、神の龍と対峙する。
何か様子がおかしい。対峙する二者は全く動こうとしない。
固まったまま、少しの時間が過ぎると、神の龍は優雅に空へと帰って行った。どういうことか分からないが、「火炎飛龍」は倒れ、神の龍は去った。
リベールは勝ったのだ!
私は思わず走り出していた。
「リベール!」
私はリベールに駆け寄り抱きしめる。
よかった! よかった! 君が無事で。
私の咎を君が受け、君は何事もないように振り払ってしまった。
この恩を私はどう返せばいい? 私の全てを使っても返せるのだろうか? 君は私がどれだけ感謝しているのかわからないだろうけど。
「よかった。よかった。君が無事で」
リベールに向けた言葉は、実のところ私自身に向けたものだった。心からそう思う。君が無事でよかった。
◇◇◇◇◇
無事館まで戻ってきた私たちは、今後のことを話すべく準備を行っているところだった。まずリベールには汗を流してもらいたいのだが、イチゴが一緒に入りたいと言っている。
イチゴは「彼」がイチゴのことを知らないため、彼の負担にならぬよう遠ざけてしまっていた。彼女ほどリベールを心配する人はいないというのに。
ずっと彼女を不安にさせてしまった。二人きりになれる時間を待っていたのだろう。風呂では男が来ることが無い。
ただ、微妙に嬉しそうな顔をしているリベールに少し腹が立って来る。
「仕方ない、本当に仕方なく、行ってくるよ」
彼は口ではそう言っているが、私には分かっている。イチゴとの入浴が楽しみだと。私の体では不満なのか? 見るほどの価値はないというのか......。
君が望まずとも、私の体を見ることはできるだろう? まさか見ないように注意してるわけでもないだろう。やはり魅力が無いのか......。
◇◇◇◇◇
そして今、神の龍――「天空王」が掴む馬車の中にいる。彼は信じられないことに「天空王」と交渉し、馬車を運ばせている。天に浮いた馬車はみるみるうちに景色を変え、彼が言う一番大きな街へ向かっているのだろう。
おそらく一番大きな街は、港町ジルコニア。私たちの館からは、およそ二か月かかる距離にあるが、「天空王」は空を飛ぶ。たった数時間でジルコニアが遠くに見える距離まで来てしまった。
空から見るジルコニアは圧巻の大きさで初めてみる巨大な街に私は感動していた。空から見ることも感動をさらに押し上げていたのだが。
さあ、行こう。君と共に私はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます