第19話 旅立ち

「ゴルキチ」


 飛び上がった馬車の中でガタガタ震えるゴルキチの肩に手を置くと、足元に縋り付いてきた。


「どうなってるんだ一体? 君と天空王は」


 何の説明もしてなかった俺に責任はあるんだけど、この狼狽ぶりは見てて少し面白い。

 一応協力関係にあるとはいったが、まさかこうなるとは思わなかっただろうし。


「天空王は会話できるんだ。知性は人間並にはある」


「なんだって! 聞いてはいたがまさか話ができるとは」


「デイノニクスを見てみろ。全くおびえてないだろ」


 ゴルキチはようやく一緒に馬車に乗っているデイノニクスに目をやる。デイノニクスは落ち着いたもので、床に寝そべってあくびをしている。

 デイノニクスが警戒していない様子を見て、彼はようやく少し落ち着いてきたようだ。


「事情は深く聞くまい。どこへ向かっているんだ?」


 ゴルキチは事情より先に目的地を知りたいようだ。


「天空王の知る一番大きな街へ向かっている。そこで何かわからないかと思ってさ」


「なるほど。理には適っている。今の私たちは情報を集める必要があるからな」


 一応ゴルキチも納得してくれた様子だったので、ゴルキチには手短に俺が「天空王」と会話できることと、「天空王」は協力者であることを再度ゴルキチに伝える。


「もういいかの?」


「天空王」の声が頭に響く。どうやら俺たちの会話が終わるのを待っていてくれたようだ。


「天空王、まずは生贄のことで分かることはないか?」


 俺の生贄という言葉にピクリと反応するゴルキチ。待っていてくれ、聞いたことは全部ゴルキチに伝えるから。


「そうだの。儂が気が付いたときには生贄はすでにあったといえば分かるかの?」


 予想はつくが、一応確認しておいたほうがいいか。


「天空王、あなたが動作パターンのくびきから脱したのはいつ頃なんだ?」


「まだ二年を過ぎた程度よ。何故くびきから脱することができたのか分からぬ。お主ならいずれ分かるかもしれん」


「ありがとう。もう事情はほぼ分かったよ」


 天空王が知性を持ったのは二年前だ。後はゴルキチに生贄が何年間続いているのかを確認すれば犯人は分かる。ゲームシステムの影響なのか、人の欲望なのかが。


「ゴルキチ、生贄の儀式はいつからあるんだ?」


「儀式は私......いやリベールで四回目だ」


 なるほど。犯人は人間の悪意か。政治的に生贄を利用した奴が街にいる。やはり街に戻らなくて正解だったようだ。


「分かった。ゴルキチ。生贄は街の誰かが画策した可能性が高い。街へ戻る気が今のところないから、推測だけど可能性は高いと思う」


「なんだって!」


 ゴルキチは怒りを隠せない様子で、拳を血が出そうな勢いで握りしめた。何か想像できる人物がいるのかもしれない。


「いいかゴルキチ。天空王が人間並みの知性を持ったのが二年前だ。生贄は四年前からある」


「なるほど。言いたいことは分かった。知性の無い天空王に生贄を捧げようが、天空王には生贄だと分からないものな」


 ゴルキチは察してくれたようだ。そう。知性の無い「天空王」では、生贄だろうがそうじゃなかろうが同じ「餌」だ。

 腹が減っていれば食べるし、気に入れば街まで「餌」を求めてやってくることもあるだろう。

 つまり、生贄を出す意味がないんだ。街を襲わない保障が全くないし、逆に人間の味が気に入って人間を探しに来る可能性もある。


「失礼なことを言っておるようだの。儂は知性が無くとも人は喰わぬよ。大型の草食竜が好みだからの」


 「天空王」が不満げに俺に伝えてくる。餌にさえならないのか。

 そもそも、生贄の犠牲者たちは「天空王」でなく、全て「火炎飛龍」に喰われていたのかもしれない。


「ひょっとして、生贄を食べていたのは全て火炎飛龍か?」


「飛龍が喰ったのは去年だけかの」


 二年以上前は知性が無かったから分からないだろうが、「火炎飛龍」に喰われようがどっちでもいい。

 生贄の儀式は人間側の悪意の可能性が高く、街に行かない為これ以上調べることは現時点で難しい。


「ゴルキチ、すまないんだけど生贄画策犯をとっ捕まえることはできない。街にはどうしても行かないといけなくなれば別だが戻るつもりがないんだ」


 ゴルキチの握りしめた手に俺は手を重ね、そっと彼の手を俺の手のひらで包み込んだ。 ごめんゴルキチ。俺のエゴで協力できなくて。


「いや、いい。戻ると君の命が危ない。今は街から離れるべきだ」


 全てを飲み込み、ゴルキチは俺の安全を優先してくれる。ありがたさに思わず彼を抱きしめてしまった。

 背中をトントンと叩くと、ゴルキチは首を縦に振り「気にするな」と言ってくれた。

 慰めにしかならないけど、一つ可能性がある。昨年の犠牲者は「火炎飛龍」に喰われたと思うが、一昨年の犠牲者は「天空王」が何かしたわけではないだろうから、生き残ってる可能性もある。

 それより以前の犠牲者は「天空王」に知性がないため、絶望的だろう。巣を荒らした侵入者を許すわけがないだろうから。

 知性があれば侵入したわけではないことが、分かるかもしれないけど。


「動作パターンのことは、少し調査してから問答したい」


 さきほどの話から、「天空王」も何故ゲームシステムのくびきから脱すことができたのか分かってない様子だった。

 だから「天空王」の言う一番大きな街で情報を集めてから、会話しても遅くないと感じたからだ。


「ふむ。お主、儂が動作パターンについて何もしらないと思いおったの。その通りじゃ。頭がなかなか切れるようだの」


 聞かなかったことで、逆に「天空王」の期待が高まったようだ。やはりほとんど何も情報は持ってないか。


「見えるかの? 街が?」


 「天空王」が首を向けた方向に目をやると、薄っすらと街の様子が見える。街にそって海岸線が続き、街はちょうど入り江の中心部あたりにあるようだ。

 まだ遠いため、船や街の様子を伺うことができないが、薄っすらと確認する限りは港町だろうと推測できる。


「これは、街か? 国といってもいい大きさがある。あれは港町ジルコニアだ」


 ゴルキチは信じられないといった様子で遠くに見える街を見ているようだ。街の名前はジルコニアというらしい。

 ゲーム内で最大の港町ジルコニアと名前が同じなのか。一体ゲームとこの世界はどんな関係があるのだろう?


「街の方向は覚えたかの? 海岸沿いに街を目指すといい。降下するぞ」


 「天空王」の言葉の通り、どんどん高度が下がってくる。おそらく二日か三日あれば街まで行けるだろう距離に俺たちは降ろされた。


「天空王ありがとう」


「こんなもの大したことではない。これを持っていけ」


 乾いた音が響き、床に両手ほどのサイズがある角笛が地に落ちた。


「儂を呼ぶときはその笛を吹け。心配するな人間には音は聞こえんよ」


 なるほど、人間には聞こえない波長の音が出る角笛か。どこまで届くのかは分からないが。聞こえるのか?


「一番大きな街から、儂の住処までなら問題なく聞こえるの」


 聞く前に察知した「天空王」に機先を制されてしまった。なるほど。気にせず吹けばいいってことか。


「分かった。何か掴んだら連絡するよ」


「楽しみに待っとるぞ」


 天空王はその言葉を最後に、翼をはためかせるが、何か忘れていた様子で再度頭に声が響く。


「儂の頭に浮かんだ言葉をお主にも伝えておく。<W>というワードだの」


 アルファベットのダブル......何の意味があるんだろう。ダブル? 二人? 俺とゴルキチ? 「天空王」と俺? 全く意味が分からないな。


「では、さらばだ」


 謎だけを残し、「天空王」は空へと飛び立っていく。


 さあ、街を目指そうか。

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