第10話 正体
――四日目
上半身は薄い革鎧、下半身は藍色のスカートにスカートをガードするような革の段平。
蜂蜜熊の時に装備したものと同じ出で立ちで、いよいよ「天空王の庭」へ歩を進める俺たち。
ゴルキチの装備も俺と似たような薄い革鎧だ。金属鎧よりは歩きやすく、疲労が溜まらない。何よりの利点は鎧の擦れる音がしないことだ。
今回の目的は「天空王」の観察だから、出来る限り静粛性がある装備のほうがいい。
布の服がベストだが道中何が起こるか分からないし、「天空王」が襲ってくる可能性もゼロではないから革鎧が無難だろう。
「天空王の庭」は草木がまばらで荒涼とした大地が広がっている。
山とはいえ、森がないとなると火山を歩いているような気持ちがする。
大地の色も溶岩が固まったかのように黒っぽいので、かつてこの山では噴火活動があったのかもしれないなあ。
草木が少ないので、見晴らしがよく奇襲に備える必要がないのは幸いだ。とはいえ大きな動物を一回も見ていないが。
山を進むこと二時間。頭は「天空王」のことで一杯だったため、周囲を見るのがおそろかになっていた。
突き出された手が胸に当たり、前へ少しツンのめってしまった。
「少し様子を見よう。もう天空王の巣は目前だ」
手を俺の胸に置いたままゴルキチがもう片方の手を自分の口に当てる。
「静かに」というポーズなのだろう。「胸当たってるんですけど」とかいう冗談を言える空気ではないことが、ゴルキチの表情から伺える。
しかし、触って嬉しい胸でもないだろうに。あ、ゴルキチは女に興味はないか。中身リベールだし。
神妙な顔で頷いたと思ったのか、ゴルキチは真剣な表情で前を伺う。
「天空王」の巣は幅八十メートル程のクレーター状になっており、外壁の傾斜を利用すれば身を隠すことが可能だった。
天空王は体長二十メートル以上あるので、多少距離が離れていてもまず観察可能だろう。
現在巣の主がいなかったため、じっと身を隠し「天空王」が戻ってくるのを待つ。
見つからないように、細心の注意を怠ることは忘れない。
万が一発見されたら全力で逃げる以外道が残されていないが......。
一応逃げるときの対策として、大きめの肉を背負っている。
動物並の知能しか持たない龍に対して、餌で釣ってる間に逃げるのが、案外有効なのだとゴルキチは教えてくれた。
しかし、ゴルキチの話を聞いて俺は「天空王」が、俺の知っているゲームの「天空王」と異なるのではないかと、疑問を持ち始めたのだ。なぜなら......とそこまで考えると、
龍が巣に戻ってきた!
俺は思考を停止し、龍をしかと観察する。 隣でゴルキチが息を呑むのが分かる。
龍のサイズは十五メートル超、背には大きなプテラノドンのような皮膜の付いた翼に、細く長い首。嘴状の口からは鋭い牙が何本も生え揃い、前足は短いが手にはカギ爪がある。肘から手先にかけて、ブレード状の鋭い刃が生えていた。
真紅の硬い鱗に覆われた細い体躯は、飛翔を得意としているように見受けられる。
しかし、これは想定外だ。
こいつは、
「火炎飛龍」だ。
「天空王」ではない。
暫く「火炎飛龍」を観察していると、知性は感じられないことが分かる。
着地し暫く経つと、警戒心も鳴く横になり眠ってしまった。
おそらくだがどこかで食事をした後だと思う。ゲームでも「火炎飛龍」の食事は巣で行われない。
もちろん肉食なのだが、倒した獲物はその場で食べる設定になっていて、食べた後巣に戻り眠るのだ。
とにかく今は「火炎飛龍」から離れることが優先だ。俺は隣で縮こまっているゴルキチに目配せし、この場を後にする。
ゴルキチには平静を装っているように見せているが、頭で「火炎飛龍」のことを分析しているものの、体は正直で足は震え、手の平の手汗もすごく、背中は汗でじっとりしている。
もし男のままなら下半身が縮上がっていたことだろう。
今は寂しいことに、それが無い......。
安全圏まで逃げた後、山の麓へ向かいながら俺は今後のことを考え始めるのだが、状況は非常に不味い。
「天空王」だと思っていた龍は「火炎飛龍」だった。
ゲーム的には「天空王」の難易度を十とするなら、「火炎飛龍」は八程度になるが、問題は戦闘用AIなんだ。
「ゴルキチ、あれが天空王なのか......?」
確認より違うと言って欲しくて、ゴルキチに俺は問いかける。
「実際に確かめたものは、もうこの世にいない......ただ、あの場所が天空王の巣であることは間違いない」
「生贄の儀式に付き添いはいないのか?」
「ああ、離れたところまでしか付き添いは来ない。もう一つ、天空王が巣に居ない昼過ぎに巣へ向かうんだ」
「昼過ぎだと、これまで天空王に遭遇してないのか?」
「今のところは居ないと聞いている」
なるほど。誰も「天空王」の姿を見ていないのか。
見ていたとしても今から情報を集めるのは困難そうだ。
姿形が分かっているのなら、ゴルキチ《生贄になる予定の者》が、間違えない様にどのような姿をしているのか伝えるんじゃないのか?
間違えるとせっかくの生贄が台無しだから。
「天空王の巣の場所は教えてもらえるのか?」
「ああ、私は昨年ここに来ている」
ゴルキチは昨年犠牲になった少女を思い浮かべているのだろうか、暗い影が落ちる。
翌年生贄になる少女を付き添わせるのか。それでゴルキチが道に詳しいのも納得だ。もちろん付き添いが一人ではないのだろうけど。
今年度の生贄と来年度の生贄を二人きりにして、誰も見てない山へ送り出すなんて「逃げてください」って言ってるようなものだ。
「何故なのかという疑問は置いておいて聞いてくれないか?」
俺はゴルキチに「火炎飛龍」について話すことにする。ゴルキチには協力してもらいたいことがあるし、隠すべきでも無いと思ったからだ。
「ああ、もちろんだ。君が言うなら」
なんかたまにこいつの言葉に心が動かされる。
「さっき見たあれは、天空王じゃない」
「なんだって!」
目を見開き、驚愕するゴルキチに俺は続ける。
「あれは火炎飛龍だ。天空王ではない。一つ確認なんだが、龍の巣にいた奴を倒せば問題ないのか?」
「あ、ああ。そのはずだ。奴が倒れるのなら、生贄は必要ないだろう」
やはり「火炎飛龍」を相手にしないといけないのか。
普通に考えれば、「火炎飛龍」は「天空王」に二枚も三枚も落ちる。しかし、俺の戦闘用AIで対応できない。
方法は二つある。可能性は低いが、ゴルキチに一つは協力してもらいたい。
会話しながらであったが、俺たちは急ぎ山を降り馬車へ乗り込む。
ここまで往復で六時間かかっているから、ログハウスに戻るまでに野営することになるだろう。ただ、今後のことを考えると時間が惜しい。
馬車が動き始めてから暫くたち、落ち着いてきたところで、俺はゴルキチと先ほどの話の続きをするため、御者台に座るゴルキチの隣に腰掛けた。
「ゴルキチ、正直に言う。今のままでは火炎飛龍に勝てない」
「そうか......」
ゴルキチは神妙な顔で俺を見てくる。ゴルキチ、入れ替わりが起こったのはあなたのせいじゃない。そんな目をするな。
もっとも原因を作った奴を見つけたらぶん殴る!
「ただ、勝つための方法は二つある」
「おお」
途端に明るくなるゴルキチ。
「ベルセルクって聞いたことあるか?」
俺はゴルキチに問う。
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