第9話  一人で着替え出来るもん

――三日目.

 昨日の疲れからか全身が少しだるい。ずっと緊張状態が続いていたところ、昨日のゴルキチとのやり取りで、少しリラックスできたのかもしれないなあ。だから、体の疲れを感じ取れたのかもしれない。

 昨日のゴルキチへの鎌かけは、余りに隠せてなくて心がほっこりとしたんだ。


 今日で三日目。もっと長くリベールになってる気がするのだけど、まだ三日目なんだ。

 蜂蜜熊相手に戦闘用AIはバッチリハマったが、安心は出来ないのが辛いところだよなあ。問題はモンスターの知性がどれくらいかになると思う。ゲーム内の「天空王」は頭のいい動物程度だった。昨日戦った蜂蜜熊はゲームと変わらず動物程度。

 思うに知性が低いからこそ、ゲーム内と同じパターンでしか攻撃してこない。仕組みは不明だが、ゲーム内の攻撃パターンがこの世界での本能レベルでの攻撃なのだと、予想している。


 見てみないことには不明であるものの、もし「不死王」といった人間並みの知性を持つ相手なら、ゲームと違いパターンには乗っ取らないと思う。


 「天空王」が「蜂蜜熊」と同じであることを祈るばかりだ......


 「天空王」を観察出来ればある程度推測が立つはず。今は行動あるのみ。



 うさぎ柄のパジャマ姿でリビングに行くと、テーブルの上に書置きを発見する。


<デイノニクスを取ってくる。待ってて欲しい>


 書置きが飛ばないようにか、バスケットかごが書置きの上に乗っかっており、中には手のひらサイズの丸いパンが二つ。

 キッチンに行ってみると、鍋にコーンスープらしき色をしたスープが入っており、温めれば食べれるように準備してあった。

 鍋に触れてみるとすっかり冷えていたので、俺が起きる相当前にゴルキチは外出したのだなあと予想がついた。

 きっと時間がない俺たちの為に、ゴルキチは早朝からデイノニクスを街まで取りに行ってくれているのだ。


 スープも飲みたかったが、先に試しておきたいことがあったので、パンをかじりつつ牛乳をゴクゴク。自室に戻り「両手斧」を手に取る。

 両手斧は両手槍と同じく、身長ほどもある巨大な両刃の斧になる。俺の世界でこんな大きな武器を振るうのは非現実的ではあるが、ここではゲームと同じく巨大なモンスターに対抗するため普通に扱える武器だ。


 両手斧の持ち手を掴むと、脳内にディスプレイが浮かび上がる。

 ショートカット、戦闘用AI、モーション一覧。モーション一覧とは両手斧で取れる動作の全てが入っているもので、これを組み合わせることで、ショートカットが実行できるというわけだ。

 両手斧のモーション一覧に「あるモーション」が含まれているか先に確認したかったので、朝食もささっと終わらせたというわけなんだ。


 チェックしてみると、モーション一覧にやはり無い。後でゴルキチにスキルのことを聞いてみよう。リベールが両手斧で戦闘用AIを扱うためには、「バーサーク」というスキルが必要になるんだ。

 これは既に戦闘用AIの中に組み込まれているので、自動操作を行うためには「バーサーク」が必要になる。

 実のところ戦闘用AIは自動操作以外に頼れる機能があるのだけど、危険性が高いため本当にどうしようも無い時以外は使いたくない機能だ。

 もし「バーサーク」を使うことができるなら、格段に戦闘可能なモンスターが増える。リベールのメイン武器は長く両手斧だったからだ。両手槍ではほんの一部のモンスターとしか自動戦闘できないんだよなあ。



「リベール、待たせた。デイノニクスと馬車を持ってきたぞ」


 両手斧を持ってウンウン唸っている俺に怪訝そうな目を向けつつも、ゴルキチが帰宅を告げる。


「助かるよ。ゴルキチ。ただ、まだ七日もあるんだ。倒れないようにしてくれよ」


「ああ。問題ないさ」


「じゃあ早速、行くか!」


 両手斧から手を離し、立ち上がる俺にゴルキチは待ったをかける。


「待て、リベール。さすがにパジャマで行くようなところではない。着替えの予備は持っているが......」


 忘れてた! うさぎ柄のパジャマのままだった。良く見てみると、衣装タンスの横にある棚に衣類一式が置いてある。ご丁寧に手入れされた革鎧まで。途端に恥ずかしくなり頬が赤くなる。

 パジャマのボタンに手をかける俺にゴルキチは続ける。


「全く、頼りになると思ったらこれだ君は」


 腕を組み困った風を装うゴルキチに少しムッとする。


「女子が着替えるのに出て行かなくていいのか?」


「私が私の着替えを見て何が問題ある? 何なら着替えさせてやろうか?」


 ぐうう。ゴルキチのほうが一枚上手だ。ノロノロしていると本当に着替えを手伝いに来かねない......子供じゃないんだから着替えさせられるとか嫌だ!


「ブラジャーが無いから俺でも着れるもん」


 悔しいので苦し紛れにそう言うと、ゴルキチの顔が真っ赤になる。これは恥ずかしいから赤くなったんじゃない。これは......


「いい加減にしろーー!!」


 至近距離でゴルキチに叫ばれたものだから、耳がキンキンする。ああ、ゴルキチに聞きたいことがあったのに。道中で聞こう。



◇◇◇◇◇



 ゴルキチの連れてきたデイノニクスは、緑色の羽毛に体長二メートル半ほどの平均的な体躯をしていた。馬より力持ちで、耐久力があり、餌もフルーツのみで燃費がいいと馬を使うより断然優れている。しかも非常に人間に従順なのだ。

 これはゲームの設定であったが、ゴルキチにデイノニクスのことを聞いたところ、同じような特徴を持つと教えてくれた。ただ、値段が馬の倍くらいするらしい。高級ではあるが、悪路にも強いので常に品薄状態みたいだ。


 デイノニクスが引いている馬車は小型自動車くらいのサイズで、中はスプリングが効いた快適な乗り心地で、夜間はこの馬車を寝室にすることが出来る。野営に慣れていない俺でも疲れを溜めずに乗り切ることができそうでよかったよ。


 俺たちの住むログハウスから「天空王の庭」までは馬車でおよそ八時間。この中にはデイノニクスを休ませる時間も含んでいる。天候は悪くないので、予定通りに到着すると思うというのがゴルキチの言葉だ。


「ゴルキチ、スキルって聞いたことあるか?」


 俺は御者をするゴルキチの隣に腰掛け尋ねる。


「スキル?熟練者の中には特殊な技を使うものが居ると聞いたことはあるが」


 ゴルキチは聞いたことがないのか。今すぐにどうにかしようというのは厳しそうだな。


「職業とか職業案内所とかは?」


「職業はあるが、案内所みたいなところは聞いたことがないな」


 ゴルキチが知らないだけで、あるかも知れないけど彼が知らないならすぐには無理だ。大丈夫、「天空王」なら両手槍で問題ない。


「ありがとう。ゴルキチ」


 ふざけてゴルキチのハゲ頭をペシペシしてやると、肩をプルプル震わせるゴルキチ。


「好きでこんな頭になったわけじゃないんだ!」


 まさにゴルキチの心の叫びではあったが、本物のゴルキチがこれを聞いたら沈むぞたぶん。

 この後、何事もなく「天空王の庭」の麓までたどり着いた俺たちは、野営に入る。


 料理に必要な小枝を集めようと申し出る俺に、ゴルキチは必要ないと答え、金属の小さな箱を見せてくれた。

 箱は上部が空いており、中にはロウソクぽい固形物が見える。これに火を点火すると二時間ほど燃え続けるとのことだ。

 俺たちがキャンプで使う固形燃料みたいなものに近い製品だなあ。ほんとどうなってんだこの世界。車があると言われてもビックリしないぞ。


 野生動物が来るかも知れないので、夜は交代で番をしようと提案したが、またもゴルキチに必要ないと答えられる。

 デイノニクスは非常に敏感なため、敵意あるものが近寄れば知らせてくれるそうだ。万能すぎるペット「デイノニクス」恐るべしだよ。

 なんかファンタジーな世界に来ていると思っていたが、実はそうじゃないのか? 不思議な気持ちのまま馬車に入る俺だった。


「ゴルキチ、添い寝してやろうか?」


「必要ない!」


 プンスカ怒って馬車の隅に寝転がるゴルキチをニヤニヤしながら見つつ、俺も寝転がるのだった。

 山に登るまでの俺は危機感が少し薄れていたのだ。現実はそう甘いものではないと、俺は翌日思い知らされることになる......

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