第7話 ゴルキチの正体
戦闘開始から僅か十分。蜂蜜熊は頭を貫かれ倒れ伏した。リベールは槍をひと振りし血を払う。
ここで俺が体を動かせるようになった。自動操作モードが終了したというわけだ。
蜂蜜熊の動きがゲームと違ったらひとたまりも無かったが、事前に蜂蜜熊を見る限りゲームの動きと同じように見えた。
さらに、戦闘用AIが稼働するということはゲーム内の蜂蜜熊と同じと捉えたからだろう。両手槍や草刈鎌と同じことだ。
認識すればプログラムは稼働する。両手槍を持ったときに、ゲーム内の両手槍と同じだったからこそ、脳内にファイルが展開されたのだ。
「第一関門突破だ、ゴルキチ」
蜂蜜熊の頭部から目を離さないゴルキチに声をかける。蜂蜜熊は頭部の「同じ箇所」を三度貫かれ絶命したのだ。機械のような正確さ、いや機械そのものなのが、自動操作モードの動きだから当然と言えば当然の結果ではある。
「リベール、君の舞に心を奪われた......」
陶然とした様子でゴルキチは、俺に話かけて来ているように見えるが、この発言は独白に近い。誰に向けたものではなく、ただ目の前で起こったリベールの戦いぶりに陶酔しているようだ。
「ゴルキチ、一度戻ろうか。この熊はどうする?」
「あ、ああ。爪と毛皮の一部を持って帰ろう」
我に帰ったゴルキチは蜂蜜熊を一瞥し、大きなカギ爪と蜂蜜色の毛皮を指さした。
俺はゴルキチの指示に従いつつ、蜂蜜熊からカギ爪を切り取るところまではよかったのだけど、毛皮の剥ぎ取りは情けない話だが断念した。これまで鶏も捌いたことの無い俺には刺激が強すぎたのだ。
ゴルキチは「意外に可愛いところあるんだな」と気にした様子もなく毛皮の剥ぎ取りを行っているが、つい赤面してしまう。
いずれ何とかしないとと考えるが、今は「今度」が無い状態だ。とにかく「天空王」を倒すまでは他の全ては保留にしよう。
◇◇◇◇◇
ログハウスに戻った俺たちは屋外にある水場で、蜂蜜熊の毛皮の処理を行ってから、汗と血糊を流すことにした。
「リベール。先に汗を流しておいてくれ。食事の準備をやろう」
ゴルキチが血脂で汚れた手を洗いながら先に行くよう促す。行くのは少し憂鬱ではあったが、ひどい血の臭いは一刻も早く落としたいのが本音だったので、シャワーを浴びることにしよう。
いや、そろそろゴルキチの「秘密」を明らかにしておくか。俺の予想が正しければ......案外顔に出るから引っかかるかもしれない。
「ゴルキチ、一緒に入るか?」
ジャブを一つ。
「いや、浴室は狭いから一人のほうがいい。私は体も大きいしな」
まさかこんなあからさまな言葉が出てくるとは思わなかった。もう確定じゃないか。いくらなんでも「浴室は狭いから」はないだろう。隠すなら少しは考えて発言したほうがいいぞ、ゴルキチよ。
とにかく汗を流してこよう。
脱衣所には、綺麗に折りたたまれたパジャマ。今回置かれていたパジャマは初日に俺が着ていたものと同じものみたいだ。ピンクの下地にうさぎのプリントが入ったパジャマだ。クリーム色の女性物のパンツに、薄い赤色のキャミソール。
やはりアレはない。つけろと言われても困るのだけど。
俺はなるべく体を見ないようにシャワーを浴びているものの、流石に蜂蜜熊を仕留め、毛皮の処理までやった体は汚れている。脂は取れづらい......仕方がないので何故かある木製の四角い風呂桶に湯を張り、アヒルの形をしたスポンジらしきものに石鹸を擦りつける。
直接触れないように見ないように、全身をアヒルで拭い、シャワーで流す。しかし、リベールの趣味は可愛いもの好きなのか。アヒルとは。
そんなくだらないことを考え必死で思考を体から逸らしつつ、何とかシャワーを終えた俺はリビングへ足を運ぶ。
ゴルキチもシャワーを終え、いよいよ夕食だ。ここではっきりさせよう。
今日のメニューはクロワッサンみたいなパンと、昨日のシチューの残りだ。ゴルキチが作り過ぎたのでシチューが残っていたのだ。
「ゴルキチ。次は天空王の観察に行きたいんだけど」
「観察? 天空王は天空王の庭に座する。馬車で一日、山登りで半日くらいか」
「遠いが仕方がない。準備は頼んでいいか?」
「ああ、問題ない」
ゴルキチが「無謀なことをするな」など言うかと思ったが、蜂蜜熊との戦闘を見て考えを改めたのかな。「怪我したら困る!」という態度は感じられなかった。
さて、聞いてみるか。
「ゴルキチ、ちょっと気になっていたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ブラジャーないの?」
「......ない」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯くゴルキチ。これはもう確定だろう。
「リベールはクールに見えるけど、実は可愛い色が好きだよな」
「あ、あう」
照れるゴルキチ。ハゲ頭の癖に少し可愛く思った俺は末期かもしれない。
「リベール。もう隠さなくていい。俺に負い目を負うこともない」
「......気がついていたのか」
気が付くもなにも、あそこまであからさまに反応されると、さすがに誰でも分かるだろう。隠すつもりがあったのかも疑わしい。そう突っ込むのは野暮だろう。
ゴルキチは湯気のたつホットミルクを二つ持ってくると、俺に一つ手渡した後、口を付けた。
「気がついているのなら話そう」
リベールは起きたらゴルキチの体になっていた。ベットには自分が寝ていたので一体何が起こったかわからず、自分が起きるのを待ったらしい。
起きたリベールは中身が俺こと竜二になっていたので、ゴルキチと自分が入れ替わったと最初は考えていたそうだ。
「私が死にたくないと願ったから、君が」
ゴルキチは涙を流し懺悔する。願うだけで入れ替わるのなら、どれだけ楽か。これはそんなものじゃないと俺は思っている。
入れ替わりには不可解な点が幾つもある。一番の謎は、ゴルキチの精神はどこに行ったのかが一番気になる。
まさか俺の体に入ってないだろうな......ゴルキチがどんな性格か不明だが、いきなりプログラムを組めるとも思わない。会社首になってたらどうしよう。
会社のことを考えれる俺は、生贄のことを少し甘く考えてるようだ。甘えは油断に繋がる。油断は死に繋がるんだ。天空王を倒すまで決して気を緩めてはいけない。俺は心に再度言い聞かせる。
一つだけ言えることは、入れ替わり現象はリベールのせいではない。今は謎の究明をしている暇もないなら、リベールに都合良く解釈してもらおうじゃないか。
「違う。リベール。リベールの体が生き残れるように俺が来たんだ」
「......」
「天空王を倒す。それにはゴルキチの協力が必ず必要だ。二人揃わないと倒せなかった。だから俺が来た」
「......」
「天空王を倒す。今はただそれだけだ」
ゴルキチを慰めようと思った俺だったが、半分は自分の為になってしまっていた。
そう、俺が呼ばれたのは天空王を倒すため。俺ならば倒せるから呼ばれたんだ。そう思い込め。
「ありがとう。君でよかった! リベールに入ったのが君でよかった!君ならば天空王を倒せる!」
涙声でゴルキチは俺の手を握り、まっすぐ俺の顔を見つめる。
ああ、自分の心を騙し、俺ならば倒せると思い込む。勝てると思い込むんだ。
「ああ、倒してみせるさ」
俺はゴルキチを真っ直ぐ見つめ、宣言する。
「寂しくないか? 今日は一緒に寝るか?」
直後に俺がおどけて見せると、ゴルキチは顔を真っ赤にして「添い寝するような子供じゃない!」と怒って食器をキッチンに持って行ってしまった。
明日は「天空王の庭」へ向かうぞ。
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