第32話 大海龍

 俺がゴルキチに頼んだのは水中戦闘に適した装備だった。またゴルキチには、俺が宿の部屋にいることも忘れず伝えた。

 「大海龍」と戦闘するならなるべく早いほうがいい、被害が出るかもしれないから。

 彼らに装備を準備してもらっている間に、俺もやることをしておこう。


 急ぎ宿の部屋まで戻った俺は、両手斧を手に持ち、脳内ディスプレイを展開すると、戦闘用AIをチェック。両手斧で戦闘用AIの自動操作モードが選べるようになっていることを確認するとホッと一息つく。

 やはり、「バーサーク」が使用できるなら問題無く自動操作モードは使えるようだ。


 次に「大海龍」が自動操作モードのメニューに出てるか確認し、他の海中に潜むモンスターも順に見ていく。さすがメイン武器だった両手斧だ。海中で出現するモンスターは少ないとはいえ、ほぼ網羅している。

 漏れたモンスターもいるが、強さ的に「火炎飛竜」より低ランクに位置するモンスターだから、マニュアル操作モードでも何とかなりそうだ。

 今からだと間に合わせることは出来ないが、水中戦に特化した職業もあったりする。今回は「大海龍」一匹だけだし、これから変更するほうがリスクが高そうだから、「ベルセルク」で行く。


「リベール。準備したぞ」


 ゴルキチは装備を持ってきた割には手荷物が片手で抱え込めるほどの紙袋一つ......え?


 紙袋を開けると、中に入っていたのは水着だった......ま、まあ水着なら動きを阻害しないから良いんだけど、何故水着?


「ゴルキチ、これ水着だよな?」


「ああ、そうだ! 水の中なら水着が一番と思ってな」


 よくぞ聞いてくれたという風に自信有り気に言われても。


「ま、まあ。俺は大海龍の攻撃を掠らせもしないから水着のがいいか」


 ハッと気がついたゴルキチの顏が赤くなる。海水浴と勘違いしていたのか?


 俺、「大海龍」、戦闘。

 通常少しは防御性能あるものを選ぶと思うんだけど......


「す、すまない」


「いや、結果的には正解だ」


 俺は紙袋から水着を取り出す。水着はビキニタイプで、上が肩紐の無い白のブラ。下が白と青の横縞パンツだった。まあ、リベールなら支えるものも無いし肩紐はいらないわな。

 しかし、上着無いのか? 目立つけど、何処がとは言わないが。


「よし、着替えるぞ」


 その場で服を脱ぎ、水着を装着する。ブラも特に問題なく着ることができた!



◇◇◇◇◇



 広場の噴水に戻る頃、ちょうど騎士も到着したところのようだった。

 騎士は水着姿の俺を見て絶句していたが、何も言わず両手斧と空気草十束を渡してくれた。

 両手斧は小型ながらも飛竜の鱗と牙をベースに、ミスリルという鋼鉄と同じくらい硬く重さが半分ほどの金属で出来たもので、おそらく強いモンスターを狩れないこの世界では、かなりの高級品と思う。「大海龍」を仕留めれば、この斧より遥かに頑丈で切れ味の良い斧が出来ると思う。

 その点では、「大海龍」討伐も悪く無いな。


「騎士殿、良い斧をありがとうございます」


 俺の言葉に騎士は恐縮したように、


「危急の為、これが限界でした。どうか大海龍を」


「お任せ下さい。このリベール。必ずや」


 ゲーム内であった敬礼のポーズをとり、俺は踵を返す。


 背後で待つゴルキチと目を合わせ、お互い頷く。


「ゴルキチ、行ってくる。宿屋の食堂でリュウ達と落ち合ってくれ」


「あ、ああ。君の無事だけを祈ってる」


 ゴルキチが心配そうな顏を未だに解かないので、俺は背伸びをして彼の頭を撫でる。


「大丈夫だよ。ゴルキチ。火炎飛竜より容易いさ」


 最後にお互いに目配せし、俺はジルコニアの港に向かうのだった。



 港に行くと、皮鎧の兵士が待ち構えていて、「大海龍」が何処で暴れているのか教えてくれた。港から出て少し行くと、横穴が有るらしく、横穴を進むと広い空間が有るらしい。そこに「大海龍」がいるそうだ。恐らく、広場には他の横穴が有ってより深い海に繋がっているのだろう。

 皮鎧の兵士と小舟に乗り、近くまで来ると俺は空気草をモグモグ咀嚼し、軽くストレッチを行う。


「リベール殿、ご武運を」


「承りました。必ずや」


 俺は小舟から海へ飛び込む。



◇◇◇◇◇



 言われたとおり、横穴から広場へ無事到着すると、巨大な銀色の蛇を発見する。背には金色の鬣、頭部には大きな捻れた角が二本。蛇と違い、口には大きな牙が生え揃う。


 これは「大海龍」で間違いない!


 ゲームでの「大海龍」は、巨大な体を生かした口から吐く水流、大放電と言われる周囲全方向に影響のある強力な電撃、突進が主な攻撃だ。特に水流と電撃は範囲が非常に広いためやっかいな攻撃と認識されている。

 まあ、そんなもの自動操作モードの敵ではない。


 俺は戦闘用AI自動操作モードを起動する。


 戦闘用AI自動操作モード起動。対大海龍 両手斧モード。


 戦闘用AIが起動すると、自動でメッセージが俺に流れる。地形を読み取り、「大海龍」の全身を読み取り、自身の全身を読み取る。全ての挙動が戦闘用AIに取り込まれていく。


<全てのデータを取り終えました。戦闘用AI起動します>


 よし、自動操作モードがちゃんと動いた。自動操作モードが起動すると、俺自身の体を全く動かせなくなる。


 リベールは「大海龍」へ向かうが泳ぐのではなく、回避と攻撃のモーションを使い接近していく。 モーションはスピードが地上でも水中でも変わらないため、泳ぐより速いのだ。


 一気に「大海龍」の間へへ躍り出るリベールに対し、「大海龍」がまず取った行動は、大きく息を吸い込むことだった。大量の海水が引き込まれていく。

 リベールは吸い込む水流の流れに乗り、さらにに距離をつめる。


 いよいよ、「大海龍」の水流の渦が吐き出される!


 リベールは、軽く両手斧で「大海龍」の鼻先を斬りつけ、その勢いで大きく前方へ一回転すると、「大海龍」の角と角の間に潜り込む。口から吐き出される水流は幾ら角度を変えても自身の角へは到達しない。

 吐き出すと止まらない「大海龍」の水流を眼下に、リベールは何度も何度も両手斧を繰り出す。

 残念なことに、どれだけ無防備であってもこの両手斧では切れ味が足りず「大海龍」の角を傷付けることは出来ないため、リベールは頭蓋をひたすら斬りつけるのであった。


 「大海龍」はようやく、水流を吐き終わると小賢しい小さな敵に怒り心頭だった。

 「ならば、これを食らうがいい!」と「大海龍」が言ったような気がした!


 すると、「大海龍」の角が光り、バチバチと帯電して行く。


 大放電だ!


 海龍を中心とした全方位攻撃が大放電だ。威力も凄まじく喰らうと即死のため、モーションを見るとすぐ「大海龍」から離れないと射程外に逃げることは叶わない。


 だが、リベールは逃走しない。

 全方位攻撃? そんなものはない。

 全方位攻撃を持つボスモンスターは他にもいるが、必ず隙間がある。

 「大海龍」の場合は此処だ!


 リベールは海龍の後頭部から生え始める黄金のタテガミに向かう。

 頭からタテガミに入り、二歩。


 大放電が来る!


 大放電到達後、「バーサーク」を発動し上半身を仰け反らせて回避、体から緑色の薄い光を出しながら、0.5秒後半歩左。

 そして、大放電はリベールをすり抜ける。


 「大海龍」の二つの攻撃を封殺したリベールにとって、もはや「大海龍」は取るに足らない相手であった。



 自動操作モード終了します。

 自動操作モードは過信するわけにはいかないが、発動すればまず討伐出来る。俺自身が操作するわけではないから、ミスがないんだ。

 俺は動かなくなった「大海龍」を見つめ、戦闘用AIのすさまじさを改めて感じていた。


 じゃあ、「大海龍」から剥ぎ取りをして帰るかと思ったが、こんな巨大な蛇を俺が剥ぎ取り出来るわけもないから、角の一部を斧で切り取り討伐の証とする。

 さあ、小舟に戻ろう。

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