第29話 リベール最大の危機

「リベール。息が苦しい......」


 ゴルキチの蛙が潰れたような声で俺は目が覚めた。どうも、ゴルキチの顔へ手足を絡め覆いかぶさっていたらしい。慌ててゴルキチから離れると何事もなかったように俺は立ち上がる。


「ふう。いい朝だ」


 すがすがしい朝の陽ざしが窓越しに入り、俺は両手を伸ばしあくびをする。


「何かないのか?」


 じっとりとした目線を背中に感じる......誤魔化せないかやはり。

 俺はゴルキチに軽く謝罪すると、「全く君は寝相が悪いな」とゴルキチに苦言を呈された。

 ちなみに、この部屋はツインだ。だからベッドは二つある。寝入る前に自分のベッドへ戻るつもりだったんだけど、ついそのまま寝てしまった。


「リベールは甘えん坊だな」


 からかうような声でゴルキチに、気にしてたことをザックリと言われて、顔が赤くなる俺に彼は俺の頭を撫でてくる。撫でられるのは嫌いじゃない......

 ちょっと最近精神状態が幼児化してる気がするんだよなあ。いや、俺のせいじゃない。リベールの体が甘えん坊なだけだ。俺はそれに引っ張られてるに過ぎないんだ。そう、体のせいだ。


「一つ言っておくが、私はイチゴがベッドに来ることはあっても自分から行ったことは無かった。全く君はいくつだったんだ?」


 俺の心をさらに抉ってくるゴルキチに、心が泡立つも頭を撫でられていることで、すぐにその気持ちも沈んでいく......


「り、リベールの体のせいだ......俺はこんなんじゃなかった......」


「どうだかなあ」


 意地悪い笑みを浮かべながらも、頭を撫でる手は止めないゴルキチだった。く、悔しい。


「と、とにかく今日はジャッカルに会う。その時にゴルキチのことを聞くぞ」


 今日はあの世紀末な男――ジャッカルに会う約束をしている。目的は紅甲羅の分け前をもらうことだけど、俺たちにとってより重要なのはゴルキチの情報だ。

 ジャッカルと会話した限り、入れ替わる前のゴルキチをジャッカルは「兄貴」と呼んでいたようだから、ゴルキチのことを何か知っているだろう。

 できれば、ゴルキチの精神が入った体があるのなら会いたいところだ。ゴルキチの精神がちゃんと生きた体に入っているのかも不明だが......最悪のケースは、地球の俺の体にゴルキチの精神が入っていることだよなあ。


 俺、会社、首、なる。



◇◇◇◇◇



 大通りに出ると物々しい雰囲気が漂っていた。一定間隔で兵士が立ち、それぞれが統一された金属鎧にハルバードを持ち、睨みをきかせている。兵士と言ったが、どちらかというと騎士のような見た目に見える。

 ハルバードはゲームでもあった武器で、長柄の槍状武器だが、穂先の作りが槍とは異なる。穂先は槍のように刺突可能で、斧のような刃と反対側に叩きつけることが出来るハンマーが付属している。長柄武器の最終進化系武器といえるハルバードは、突く・叩く・斬るを全て行うことが出来るのだ。


 金属鎧を着た兵士の緊張感が住人にも影響し、大通りの空気が物々しいものになっていたというわけだ。

 どこからかお偉いさんが訪問しているのだろう。

 俺たちには関係の無いことで、街の治安が少しでもよくなるなら悪いことで無いとさえ思う。


 大通りを抜け広場まで進むと、大きな噴水がすぐ見つかる。噴水付近にいたモヒカンが全く周囲に溶け込んでなかったので、すぐ発見出来たが、お仲間と思われるのが少し微妙な気分ではある......


 モヒカンに俺たちは自分たちの宿泊する宿のレストランを落ち合う場所に指定した。しかし、モヒカンは目立ち過ぎる!

 周囲の視線が痛かった......



◇◇◇◇◇



 宿のレストランでゴルキチと二人ミルクを飲んでいると、突然店員さんが息をのむのが分かる。幸い昼を過ぎ他の客はいなかった......

 世紀末の奴らを見て店員さんもビックリしたのだろう。もう空気だけで奴らが来た事が分かってしまう。


 案の定、やって来たのはジャッカルともう一人......こいつはやべえ、ヤバすぎる容姿だ。まず上半身は裸で、ベストらしき鋲の打ったジャケットを手に持ち肩からかけている。ところどころ破れたレザーズボンにドクロのバングルがついた大きめのベルト。身長は低くないもののやや猫背で痩せ型、筋肉が付いていないため裸の肉体は貧相さを増す。

 黒髪は短いが無理やりオールバックにしており、目つきが悪い。口元にはジャッカルと同じ葉巻を咥えているが、火はついてないなかった。

 左右の耳はピアスだらけ......大物感漂う衣装に小悪党というか、小物感満載の顔と体に全くあっていない。


 しかも、この目つきの悪さが印象的な顔、


 俺だった......


 この世界に俺が居る!

 何だこの恥ずかしい格好は!

 ピアス開けるな!


 男はゴルキチが目に入るなり、ジャッカルを押しのけてゴルキチに駆け寄った。


「俺! 俺がいるじゃねえか!」


 男はゴルキチの肩を揺すって叫んでいる。叫ぶ男の背中には、大きな蜘蛛の刺青があった。刺青まで入れてるのか!


 む、蜘蛛を見たら体が動かない!

 何が起こった。


「ご、ゴルキチ、蜘蛛は苦手だったか?」


「あ、ああ」


 首がガックンガックン揺すられながらも少し顔を赤らめるゴルキチ。

 しかしこれは不思議な感覚だ。俺自身は蜘蛛に全く恐怖心がないのだが、体が硬直して動かない!


「ゴルキチのことは分かったからまずは座ってくれないか?」


 ゴルキチが男を嗜めると少し落ち着いて来たのか、男は俺たちの向かいに足を広げて座る。

 いちいち、似合ってない仕草だな。こいつは!俺の体で似合うわけないだろう!


 蜘蛛が視線から外れると体の硬直も無くなったので、首を回しながらゴルキチ、ジャッカル、男と順番に目をやる。


「さて、何から話せばいいんだ?」


 俺は余りにゴチャゴチャになった状況に頭を抱えながら呟いた。


「そこの男は何者なんだ? ジャッカル?」


 あえてジャッカルに話を振る俺。一番普通に話が出来る精神状態だと思ったからだ。


「あ、ああ。兄貴の中身? みたいだ。最初会った時兄貴を装ってるのかぁと思ったんだが、兄貴と俺しか知らないことを知っていた!」


 ふむ。俺たちと会った時は既にこの男とジャッカルは出会っていたな。ジャッカルは一縷の望みをかけて、ゴルキチに中身が兄貴か聞いたのか......

 しかし違った。ただ、会わせてみようとしたのはいい仕事をしたぞ、ジャッカル。む。これは偉そうだった。すまないジャッカル。


「唐突だが、確かめていても仕方ないし、何でこうなったのかもわからない」


 俺は前置きし、ジャッカルを見据える。


「兄貴とその男の中身が入れ替わったのか?」


 うん、ジャッカル。最もな言葉だ。しかし事態はそう単純ではない。


「ややこしいが、ゴルキチの中身は俺の体だ。その男は俺だ」


 ガタッと立ち上がるゴルキチ。他の二人も驚いているがゴルキチほどではない。悪かったなこんな容姿で......いや普段はもっとマシなんだよ。


 ゴルキチの服の裾を掴み、彼を座らせると俺は続ける。


「入れ替わった当事者が全員集まったわけだが、戻り方は全く分からない」


 前置きしてから、全員を見渡すとこれに意見のある人はいないようだ。

 戻り方知ってます! とか無かったのは少しだけ残念だけど、まあそうだろう。知ってるわけないよな。


「俺の名前は竜二、ゴルキチが入ってる体の名前だ」


 呼び方がややこしいな。どうしたものか。


「ほう、俺はリュウっていうのかかっこいい名前じゃねえか」


 リュウか、区別がついていいかもしれない。


 まず、今すぐ確認できることは先に聞いておこう。

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