第36話 パスワードは総当たりだ!

 「天空王」からもらった角笛を吹いてから二時間ほど経つと、遠くから空気を切り裂く音が近づいてきて、「天空王」が頭上に現れる。

 「天空王」の巨体が地につくと、俺のスカートがめくれる。さすがの風圧だ。


「守備はどうだの?」


 「天空王」はのんびりした声で俺に問いかけるが、俺はそれどころじゃなかった。「天空王」の声が聞こえた途端に脳内ディスプレイが開いたからだ。


「待ってくれ天空王。突然頭に何か浮かんだ」


 脳内ディスプレイの説明は難しいので、天空王へ俺に何か異変が起こっていると伝わればいい。脳内ディスプレイにはこう表示されていた。


<パスワードを入力してください>


 パスワードといきなり言われてもなあ。パスワードの入力欄は四つのマスが表示されているから、四つ何か打ち込めばいい。ちょうど四つか......<W><D><A><A>でちょうど四つ。

 試しに、WDAAと打ち込んでみたが、エラーと表示された。


「すまない。天空王。三十分ほど時間をくれ。その間ゴルキチとでも時間をつぶしてくれ」


 ぶしつけに「天空王」に願い出るが、意外にも「天空王」は気分を害した様子はなく、逆に興味深そうに俺を見つめていた。


「あいわかった。暫し待とうかの」


「ゴルキチ、そういうわけだからしばらく待ってくれ」


 隣にいるゴルキチにも待ってもらうように告げ、俺はパスワードを解くべく脳内キーボードを叩き始めた。


 パスワードは四文字で、すでに四文字打つべきアルファベットは持っている。ならば総当たりだ! しかも<A>はかぶっているから、総当たりでも総数はかなり減る。

 こういう作業は苦手ではない。かつてゲームで戦闘用AIを作成した時は試行回数が四桁を軽く超えていた。それに比べれば楽なものだ。

 試すこと二十分。ついに俺は正解を引き当てた!


 <W><A><D><A> が正解だ!


<パスワードを確認いたしました。プロテクトを開放いたします>


 途端俺を中心に突風が突き抜ける! 風に伴い轟音が鳴り響いたので、思わず目を閉じ耳を塞ぐ。


「ククク......」


 どこからの声だ? 周囲を見渡すが、ゴルキチと「天空王」以外見つけることはできなかった。


「ククク......リベールたん、パンツ見えたぞ」


 これは! 「天空王」か!

 突然パンツとか言い始めたが、確かに先ほどの突風でスカートはめくれあがっていたが、「天空王」が人間のパンツに興味あるのか?


「だから、隠せといっただろう」


 ゴルキチがお冠だが、ちょっと視点がズレ過ぎだろう......今スカートの話なんてどうでもいい。 「天空王」も気になるが、ゴルキチは「天空王」と話しが出来るようになっていたのか?

 「天空王」の今の声が聞こえてるみたいだし。


「天空王......か?」


 俺の疑問に「天空王」は答えてくれる。


「この体は天空王だよ。リベールたん。君と同じと言えばわかるだろうか?」


 なるほど。そういうことか。「天空王」の中身が入れ替わったのか。ならば今は誰だ?


「リベールを知るあなたは何者なんだ?」


「ククク......私のことは和田と呼んでくれたまえ。まずはリベールたん。君に謝罪させて欲しい」


 和田さん? 日本人みたいな名前だな。まさか俺と同じで日本からやってきた人なのか?


「謝罪?」


「すまなかった。リベールたん。君を巻き込んでしまって」


 頭を下げる和田さんだが、「天空王」の体なものだから、風圧がすごい。今度はちゃんとスカートを抑えたぞ。どうだゴルキチ?


「君が今何故この世界にいるのかなど、疑問は多数あるだろう。説明するために私がこれまで何をしたのかを話しようと思う」


「和田さんはシステムのことをご存じなんですか?」


「ああ、それも含めて話をしよう」


 長い話になると言われたので、俺は地面にペタン座りをし、彼の話を聞くことにした。



 和田さんは、俺と同じように突然「天空王」になっていたそうだ。和田さんがこの世界に来たのは二年前。ちょうど「天空王」がシステムのくびきを逃れたという時期に合致すると思ったが、それより少し前のようだ。

 彼はこの世界に転移した原因をさぐるべく、世界各地を飛び回ったそうだ。幸い「天空王」はこの世界での絶対強者。行く手を阻む者はいなかった。そこで気が付いたことは、俺がやっていたゲームとこの世界の様子は酷似することだった。


 世界地図しかり、街の様子しかり、モンスターしかり......一つ違っていた点はゲーム的な要素がないことだ。当たり前だけど、現実世界で動作モーションなんてものはない。「スキル」も同様だ。例外は魔法だけは「スキル」に似た形であったそうだ。


 こうして世界中を旅する中でゲームとの類似性を見出した彼はある仮説を立てた。ゲーム内にいたモンスターのうち、異界からやって来た設定のモンスター達だ。ゲーム世界と酷似したこの世界でも、異界からやって来るモンスターがいるのではないかと。

 事実、世界の壁を飛び越えて出現するモンスターを彼は発見したのだ。異界から来るモンスターを観測していると、世界と世界を繋ぐ扉が開いたとき、時空のゆがみができる。たまたまそれが地球の和田さんを引き寄せたのだと彼は言う。


 扉が開いたときを利用して、地球へ帰還することは不可能ではなかったが、彼は分かってしまったのだ。異界から来るモンスターはある二匹のモンスターがこの世界に存在することによって発生していることと、この世界の人間たちではそのモンスターに勝てないことを。

 異界から来るモンスターは強烈で、その二匹以外のモンスターでも人間たちにとっては脅威になる。この世界に住む強力な龍たちは、食物連鎖に生きる生物なので数は当たり前だが限られていて、人と今まで共存してきた。だからこそ、強力であっても人とこれからも共存できる存在だ。


 しかし、異界から来るモンスターは違う。世界の調和や食物連鎖など関係ない。彼らの生活は元々異界にあったのだ。異界へ戻ることも可能なこのモンスター達はほぼ例外なく凶暴かつ手当たり次第に生物に襲い掛かる。さらには人の手に負えないレベルのモンスターまでいる。


 このままでは、この世界は遠い将来ではあるかもしれないが「龍」も含め、深刻な危機に陥る可能性が高かった。

 そこで和田さんは賭けに出たのだという。世界を繋ぐ扉が開いた歪みは、この世界の物理法則を司るエリアのようなところへも道が開くらしく、もともと肉体を持たず精神だけでこの世界にやって来た和田さんはそこへ入ることができたのだ。

 和田さんは元々俺がやっていたゲームの主任プログラマーだったらしく、新しい物理法則――ゲームシステムを世界へ組み込むことはそれほど難しくはなかったらしい。


 ゲームシステムを組み上げた和田さんは、この世界の異界のモンスターを含む全てのモンスターへ動作モーションで縛ることに成功した。知性があるモンスターも含め、それは、全てのモンスターはゲームと同じ動きになるといった強力なものだった。

 決まったパターンでしか攻撃してこないのなら、いずれ人は対応方法を見つけ異界のモンスターも倒せるようになるだろうと。


 しかし、和田さんの思いとは裏腹に動作モーションは個々のモンスターが持つこれまでの力より格段に強い動作モーションを身に着けてしまったため、かえって人は苦戦するようになってしまった。

 長い時間をかければ、人はそれさえも克服するかもしれないが、それまでに被害が拡大するだろう。そこで和田さんが考えた次の手は、俺を呼ぶことだった。

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