第26話 こんちー
実はお湯の張った風呂に入るのはこの世界に来てから初めてになるんだ。シャワーはあるけど洋式の湯舟しかなくて、結局シャワーだった。
宿屋の受付さんに聞いたところ、お風呂は石鹸とシャンプー付きで、浴槽があるらしい! 俺はタオルを持ってお風呂にウキウキしながら向かうのだった。
浴室は入口で男女に分かれており、日本の旅館で見るような男女が記載した暖簾が入口にかかっている。なんだこの既視感は......
ほんと文化がどうなってるのか分からんな。この世界は。
よくわからない文化のおかげで風呂に入れるし、シャワーだって使えるのだ。不満なんてない。銃が開発される前の地球に飛ばされでもしたら、風呂になんて入れないから、その点はラッキーだ。
現代と変わらぬほどの清潔な街に、トイレとお風呂。外国に旅行した気分になってくる。シャンプーだって石鹸だってある!
おかげで現代の基準に慣れてしまった俺にでも楽しめるというわけだ。ヒャッハー。
いつもは憂鬱な脱衣もウキウキで済ませたおれは、いよいよ浴室の横開きの扉を開ける。
おおお。床は岩を平らに削った床材でできており、体を清めるところだろうかいくつかのシャワーが並び、シャンプーと石鹸もシャワーと同じ数だけ置かれいる。
注目の浴槽は、同じく玄武岩だろうか黒っぽい岩の浴槽で、奥のほうには岩が積み上げられており、岩の頂からは湯が溢れ、浴槽に流れている。
見たところ、他の宿泊客はおらず俺一人だ。少し残念な気がするものの、浴室を独り占めできる優越感のほうが全然大きい。
三日ぶりくらいのシャワーだったので、ゴシゴシいつものように自分を見ないように洗い、シャワーを頭からかぶる。
そういや、銭湯の定番「小さな鏡」は無いな。特にあっても無くてもいいけど。
少し岩風呂のお湯を体にかけてから、浴槽に飛び込む! 子供っぽいが誰もいないからいいだろ。
熱い! でも気持ちいい!
いっそのこと泳いでやろうかと、立ち上がった俺に声がかかる。見られていた? は、恥ずかしい。
「こんちー」
声をかけられたほうを見ると、バスタオルで半身を隠した少女だった。長いストレートの髪は前で一そろいに切られており、黒い大きな目と短めの眉。
小さい鼻にやや大きめの口。リベールより小柄な体躯の少女......どこかで見たことがある......。ちなみに胸はイチゴくらいだ。この世界には大きい人はいないのか。
「こんにちは」
見られたことの恥ずかしさもあって、少し声が上ずってしまう。
「泳ぎたいなら、泳いでいいのよよ」
「いや......」
バッチリ見られていたらしい。
「ふーん、あなた、少し変わってるねね」
口に人差し指を当て、少女は思案顔だ。何が変わっているのだろう。
「どこかおかしいのかな?」
「ん、オーラが少し違うのの」
電波かよ! オーラってなんだ。いや、この世界特有の何かかもしれない。電波と決めつけるのは良くないぞ。
「紅亀の甲羅を見せていたからどんな子達だろうと思ったら、こんな可愛い子だったのの」
甲羅を見せてるところを見られたのか、それとも守衛さんから? 分からないがこちらに興味を持ったらしい。
「そ、そのオーラってのについて少し聞きたいんだけど。場所を変えてゆっくり話できないか?」
「そうねね、私もあなたに興味があるる。明日もここに泊まるのの?」
「宿が空いてればそうするつもりだ。明日夕食時にでもどうだ?」
「わかったた。日が暮れたら食堂に行くねね」
俺は謎の電波少女と食事の約束をし、風呂からあがる。あのキャラとしゃべり方、ゲームで見たことがある気がするんだよなあ。
イチゴ、ジャッカルに続き、さらに俺とゲームで関わりのあるキャラクターか。恣意的なものをますます感じる。俺は誰かに踊らされているのか?
だとしたら誰に? 「天空王」が言っていた「W」と何か関わりがあるのだろうか。ダブル、ダブリュー、または何かの頭文字か?
先ほどの電波少女は俺のことを見て変わってると言っていた。彼女なら何か見えるのだろうか。
都合よく、ジャッカル、電波少女と出会うことができている。彼らは俺たちに必要な情報をきっと持っていると思う。そう確信するだけの必然を今感じるんだ。
誰の敷いたレールか知らないが、どんな意図があるんだ。こうなると俺がここへ来たのも何らかの意図があるように思う。
宿の部屋に戻りゴルキチに電波少女のことを伝えた後、彼は風呂へ向かう。
ゴルキチが戻るのを待ち簡易的な食事の後、その日は就寝する。
◇◇◇◇◇
今日で三日目。ジャッカルと待ち合わせが五日目だから今日は一日街の探索ができる。まずは街全体の大まかな把握と、旅に必要な消耗品の買い込み、紅色の甲羅の買い取りだな。
何となく、買い物と紅色の甲羅の買い取りだけで半日以上過ぎる気がするが......
街の大通りは中央広場に繋がっており、俺たちは大通り沿いに中央広場へ向かって歩いていた。俺たちの入って来た門は東門というらしく反対側には西門があるらしい。
門から続く大通りの両側にはお店が所せましと並んでいる。まず路銀が欲しいため、昨日守衛さんに聞いた紅色の甲羅を買い取ってくれる店をさがすことにした。
店は意外にあっさりと見つかる。店は入口が大きく空いた空間となっており、店の扉は無い。何となくガレージハウスのような建物だった。平屋の倉庫風の建物は入口のある壁がほとんど取り払われており、中の様子が全てうかがえる。
「こんにちはー」
挨拶をするとすぐに店主らしき人がやってきて応対してくれる。紅の甲羅のことを話すとすぐに、宿屋の馬車まで来てくれて査定を始めてくれた。
「いやあ。ススもついてないですし、傷もない。素晴らしい紅甲羅ですよ」
店主は手放しに俺たちの紅の甲羅――紅甲羅と言うらしいを褒めてくれた。紅甲羅は様々な高級家具や武器・防具、装飾品と供給が不足しているらしく店主は即金で買い取ってくれるそうだ。
相場は俺もゴルキチも分からなかったため、言われるがままに売り払う。まあ、買いたたかれていても、別に路銀が稼げればいいから気にしていない。
あっさりと言い値で売ることを決めた俺たちに店主はご満悦で、何か買い取るものがあればぜひ持ってきてくれ、高く買い取ると約束してくれた。
「店主さん、ベルセルクって聞いたことあります?」
これだけ機嫌がいいなら知ってるとすれば教えてくれるだろうと、店主に「ベルセルク」のことを尋ねてみる。
「ベルセルク......んー。ああ、闘技場にベルセルクと異名を取る有名選手がいますよ」
「闘技場?」
「ああ、ジルコニアは初めてですか? 広場を挟んで反対側......ジルコニアの北西部に闘技場があります。一度見学に行かれるといいかもしれませんよ」
ほうほう。闘技場があるのか。闘技場はゲームにはなかった。今後のアップデートで実装されるかもしれないけど。ジルコニアの南西部はゲームだと、まだ入ることはできなかったエリアだ。
どんな感じか見に行くのも楽しみだなあ。一発で情報が集まるとは思わなかったが、闘技場で有名選手ならいずれ知ることはできただろう。
「ありがとう。一度行ってみるよ」
俺は店主に礼を言って、紅甲羅とお金を交換する。
お金を手に入れた俺たちは、宿からすぐの大通り沿いに立ち並ぶ店舗を順に探していき、日用品を購入する。
日用品は全てゴルキチにお任せだ。街を出る前には食料品も買うからお店に当たりもつけておいた。
しかし日用品を持ち帰る途中、何気なく目に入った衣料品店で俺とゴルキチの衣類戦争が勃発する。
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