第4話 お風呂、お風呂

 思考の海に沈みつつ、ログハウスの庭に置かれていた長いベンチに腰掛け、膝を開いたり閉じたりしながら「うんうん」唸る。

 まず何からやろうか。確かめなければいけないこと、用意しないといけないことがまとまらない。


「そろそろ、夕食にしようか」


 朝も昼も食べていなかったが、空を見上げると確かに日は傾いて来ている。言われて意識してみると、お腹が悲鳴をあげているようだ。連続する緊張感で空腹も忘れていたことに、俺はゾッとする思いだった。

 冷静に思考を組み立てていたと思っていたが、やはり今の精神状態はよくないようだ。ハアと一息吐く。また、こういったゴルキチの気遣いはありがたいものだと改めて思う。


「言うか迷ったんだが、リベール。女子は足を開くものじゃないぞ」


 ワンピース姿で膝を開いたり閉じたりしていた俺にゴルキチは指摘する。

 ああ、スカートだと見えるものな......俺の下着みて誰得だよと思ったが、この体は女子、そういった目線も気にしないといけないのか。

 しかし、ゴルキチからはイヤラシイ視線は全く感じない。これまでの発言からもゴルキチに対し、俺はある推測を立てていた。後で一発カマかけてみるか。

 ニヤリと悪人微笑を浮かべつつ、膝を閉じる俺にゴルキチは怪訝そうな顔をしたものの、何も言わずログハウスへ戻っていった。



 ログハウスのリビングでは玄関、ソファーとテーブル、キッチンと生活に必要なほとんどのものが揃っている。

 ゲームの世界とリンクしているのか、キッチンには簡易コンロが備え付けてあり、冷凍はないものの冷蔵庫らしき白い箱まで設置されている。

 ゴルキチは白い箱から幾つかの野菜と鶏肉を取り出し、鍋に水を張りコンロに火をつける。どういう仕組みになっているか不明ではあるが、少なくとも電気は使っていない様子だ。

 いろいろ聞いてみたいことはあるものの、生き残ってからだと自分を戒めるリベールはソファーに腰掛けつつ、ボーっとゴルキチを見つめていた。


「リベール、先に汗を流してきてくれないか?」


 ゴルキチが料理の手を止めず俺に提案してくる。汗を流す......確かに汗はかいたが......風呂場ってこのログハウスにあったっけか。ゲームのゴルキチの家は、さすがに風呂まで作成してなかった。


「君の部屋と違う扉の奥は工房になっていてね。その奥の扉だ」


 なるほど。ここのゴルキチハウスには、風呂かシャワーか分からないがあるのか。


「分かった。行ってくるよ」


 俺は汗も気持ち悪かったので、ありがたく先に汗を流すことにするのだった。しかしこの時俺は自分の性別が変わっていることをすっかり忘れていた......



 工房の奥の扉を開けると、脱衣所になっていてバスタオルと着替えが置かれていた。ゴルキチはこういうところの気遣いがすごいと、改めて感心するものの、着替えを見たときハッする。

 綺麗に畳まれた猫が描かれたワンピースのようなパジャマと、ピンクのキャミソール。そして白の女性用パンツ。

 うわー。うわー。もう見ただけで恥ずかしい。俺には姉も妹もいないため、こういったことはなかったが、姉か妹の下着を手にとったらこんな気持ちになるのだろうか。

 そうだ。今はリベールの体だった......。


 自分の体となると途端に羞恥心がこみ上げてくる。リベールになる前ならば、シャワーシーンとか興奮したかもしれないが、今は興奮など欠片も感じていない。


 とにかくはやく終わらそう。終わらそう。

 一息にワンピースを脱ぎ、裸になった俺は自分の体を見ないように浴室に入る。浴室はシャワーとバスタブがあったが、バスタブが湯を張る日本式のものではなかったので、シャワーをひねり、急いでなるべく体に触らないよう汗を流す。

 なぜシャワーからちょうどいい湯加減のお湯が出るのかとか。疑問を感じるものの、とにかく早く終わらせないと! という気持ちが先に立ち全ての疑問は吹き飛ぶ。


 浴室から出た俺は急ぎバスタオルで体を拭き、ピンクのキャミソールに手をかける。女性用のパンツには手が止まってしまったものの、意を決し手に取る。猫柄のワンピース風パジャマを着たところでようやく一息つけた。

 そういえば、キャミソールの下は何も着てないが。というか昼間もシャツの下は何も着ていなかった。

 まあこれでいいならそれに越したことはないか。とにかく俺は大混乱の極みにあったものの、汗を流すことを終え、リビングに戻ることがどうにかできた。



 リビングに戻ると、テーブルにはシチューの入った鍋とフランスパンが入ったバスケット、白い深皿と小皿にスプーンが二つ置かれていた。


「ちょうど準備ができたところだ。食べようではないか」


 ゴルキチは朗らかな声でそうリベールに告げる。リベールが椅子に腰掛けると、対面にゴルキチも座る。リベールは先ほどのシャワーで憔悴しきった顔をしていた。


「どうした?リベール」


 俺の顔を見て心配そうに尋ねるゴルキチに俺は正直に心の内を告げる。


「いや、シャワーでこれほど疲れるとは......」


 俺の言葉に何か思うところがあったのか、ゴルキチは少し暗い顔になり、


「そうか、魅力的ではないものな......」


 と独り言。


 いやそういうことじゃないだろ! とんだ勘違いだ......やはりゴルキチは......とリベールは思ったがどのタイミングで問いかけるか悩んでいる。


「いや、女性の体となると戸惑いがね。見ないように見ないようにと何か変なことに目覚めそうだよ」


 ふうと息を吐く俺に、ゴルキチは「そんなことか」と安心した顔になる。


「ゴルキチ。万に一つの可能性を掴むため、いろいろ確かめたいことがあるんだ」


 真剣な眼差しでゴルキチに告げると、ゴルキチも顔を引き締めて俺を見つめる。

 俺はゴルキチに必要と思われる確認事項のうち、時間がかかるだろうことから話をしていくことにした。


「時間がかかりそうなもので必ず必要なもの。それは......武器だ」


 当たり前のことだが、「天空王」を貫くためには武器が必要だ。それも戦闘用AIで処理できる武器が。


「武器か。何が必要なんだ?」


「一番は両手で持つ槍だ。なければ両手斧」


 リベールがゲームでかつて「天空王」を討伐したことのある武器は、両手槍または両手斧になる。問題はゲーム内と同じサイズでなければ、おそらく戦闘用AIは使えない。

 戦闘用AIは緻密かつ非常に繊細にできている。リベールの体躯はゲーム内と同じだろうから、リベール自身に問題はない。一応確かめる必要はあるが。もう一つの問題は武器のリーチだ。

 これも推測だが、想定と違うリーチの武器ならば恐らく「脳内ファイル」は開かない。ゲーム内では全ての武器にリーチが設定されていて、武器の種類ごとに一定であった。リーチが違うと恐らくは別武器として判断されるはずだ。


「なるほど。どちらもそれなりに流通している武器だから問題はないと思う。さっそく街に出て仕入れてこようじゃないか」


「注意点があるんだ。ゴルキチ。槍も斧もサイズが色々あるんじゃないか?」


「多少はあるかもしれないが、ほとんど誤差だ。君の心配していることはリーチか?」


「ああ。武器のリーチはとても重要なんだよ。標準的なものがダメなら作ってもらう必要があるな......」


 標準的なものでおそらく大丈夫だと思うが、不安は拭えないリベールだった。


「明日、街の工房に行ってみるか?両手槍も両手斧も置いてあるはずだ」



 ゴルキチの提案に俺は「ぜひ」と答える。明日は街か。実物の街という言い方もおかしいけど、街を見るのは楽しみではある。生贄が無ければ......

 その日は翌日に備えて早めに寝ることにした二人は、就寝の運びとなった。


 俺はゴルキチの正体について問い詰めようと思っていたが、眠気がひどいので今日のところは諦めようと決める。

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