外伝1 こちら、金星開発機構

 金星開発機構株式会社は、株式会社と名前がつくものの超零細企業で、社員はたった20人からなるベンチャー企業だった。先輩がホープ探査に行って行方不明になって以来、我が社の周辺も少しは騒がしくなるものかと思いきや、俺たちの日常は全く変わっていない。


 現在、人の居住区は切迫してきており、新しい人類の居住権問題はどの国家でも課題である。一発逆転を狙った惑星ホープの探査は、宇宙船ポチョムキン号の謎の消失によりご破算になる見込みだ。

 俺の勤め先金星開発機構は、文字通り金星のテラフォーミング――金星に人類が住めるように改造する事業を行っている。


 金星は灼熱の惑星で、濃密すぎる二酸化炭素の影響で強烈な温室効果が金星全体を包み込み、昼夜関わらず灼熱空間になっている。地表平均気温476度。90気圧ととてもじゃないが人類が生存できる惑星ではない。


 しかしながら、金星上空50キロでは気圧が地球とほぼ同じ、気温も0-50度と生存可能な気温となる。人類は30年ほど前からこの場所に建築したフローティングシティと言われる街に100名ほどが常駐している。フローティングシティはようやく一基完成したところで、まだフローティングシティのみで生活を行うことができないため、地球からの輸送に頼っている。

 あと100年もすれば、フローティングシティが一本のリングのように繋がるかもしれない。


 フォローティングシティは文字通り、フローティングしている。意味不明な説明だった......地球大気と同じ構成の空気は金星大気の上では浮かぶ気体だ。その浮力を利用し宇宙ステーションそのものを金星上空に留めたものがフローティングシティだ。

 金星上空は地球に比べ、豊富な太陽エネルギーを備えるため、大気の維持、フローティングシティそのものに必要なエネルギーを使ってもまだ余るほど発電可能となっている。


 そんなフローティングシティの片隅に俺たちのオフィスはある。一応本社は地球の日本に存在するが......

 俺たちの仕事は、非常に地味だが小惑星帯から持ってきた氷を、金星に投げ込む仕事だ。小惑星帯にはたくさんの氷の小惑星が存在しており、氷は溶けると水になる。金星には水がほぼ0と言っていいほど存在しないため、氷を投げ込むことで水を増やしているのだ。

 フローティングシティが拡大し、金星に降り注ぐ日光量を調整することができるようになれば、金星の二酸化炭素を凍らせるまでに金星を冷却することが可能になる。

 こうして金星の温度を調整しながら、植物を育て、金星を人類の住める星にしようという計画だ。


 小惑星を投げ込むのも、この金星緑化のための一工程で、国からの仕事を受けて俺たちが変わりに仕事をしている。


 しかし!


 この仕事、全く成果が感じられないのだ。100個や200個投げ込んだところで、金星の気温はびくともしない。水の量も0.001パーセントも変わらない!

 そらそうだ。この計画は500年以上かかると見積もられているのだから。


 今日も宇宙船に乗り込み、不毛な投げ込み作業を続けていると、驚く人物から通信が入り、通信用のディスプレイが映像に切り替わる。


「よお!和田君!元気してるー?」


 えらい軽いノリで通信してきたのは、かつての先輩であり、ホープで一度行方不明になった島田先輩だった。

 通信用のディスプレイに軽いノリで手を振る先輩の顔はかつての先輩の顔と変わりなく見える。先輩の隣には背中から羽の生えた妖精のホログラムも見える。

 先輩こんな趣味あったっけ?


「島田先輩!無事だとは先日聞きましたが、どうやってここへ通信したんです?通信の波長もわからないでしょう?」


 宇宙での通信は、管制塔とつながる固定の通信とどこにでも繋がれる波長での通信がある。島田先輩は現在俺の乗っている宇宙船の波長をどこからか調べ上げ、しかも超高速通信で繋いできたのだ。


「それはね、私!私のおかげよ。和田」


 背中から羽の生えた妖精のホログラムが私、私と自己主張している。ポチョムキン号のAIだろうか?ポチョムキン号をはじめ超大規模調査には、優秀なメインコンピュータの補助が必須だ。

 メインコンピュータは船外活動から、現地の居住空間の確保まで様々なサポートをすることができる、優秀なAIも備えていて、会話による命令・調査を行うことも可能だ。

 可能なのだが、こんなに親しげに話すAIを見たことがない。


「先輩!そのホログラム生きてるように動くんですね」


 そう、ポチョムキン号のAIが出すホログラムは表情豊かで、まるで生きているかのようだ。


「あ、ああ。シルフはちょっと特殊でね」

「特殊って何よ!優秀と言いなさい」

「確かに優秀なのは認めるけど!俺と和田君の会話を邪魔しないでくれるか!」

「ひどーーい!私がいなければ通信もできないくせに!いったい誰が和田の船を見つけ出して、通信を繋いだと思ってるのよ!」


 なんか痴話喧嘩が聞こえるのだが、シルフというAIは本当にAIなのか?現地知的生命体と言われても不思議ではない。


「コホン。ごめんごめん。和田君。あんたを残してホープへ行ってしまったことがずっと心残りでさ。こうして通信したってわけなんだよ」


「よく通信出来ましたね!」


「和田君。ダメだその話題は。またループする!」


 焦ったように手をバタバタと島田先輩はこの話題を遮るので、通信のことは触れないようにしよう。


「先輩がいなくなってからも、僕は元気にやってますよ。ご心配なく」


「それはよかった......人員は補充されたの?」


「はい。可愛い人が入ってきましたよ」


 確かに可愛い人が入ってきたが、それが良いか悪いかは別問題だ。ただ、一応仕事は回っている。


「えええええええ!!女の子が入ってきたのー!こっちは人間さえいないよ」


 本気で頭を抱え込む先輩の悔しそうな感情表現はダイナミックを超えて滑稽に見える。どんだけ悔しがってんだこの人。


「和田。いつまであんた氷投げるの?」


 シルフが俺に問いかける。ん、いつまでって退職するまでだろうなあ。


「それは、これから先もずっとだと思いますけど」


「いや、和田君。人類期待のホープはさ、ワープで来れないことが分かってって知ってるよね?」


 それはニュースでやっていた。ホープは未知の気象現象があり、ワープすると乗員に命の危険があるそうだ。そのため、ホープへのワープは見送られている。


「ええ、知ってますが。それがどうしたんです?」


「ホープが使えないとなると、近傍惑星に目途のたつ居住可能な惑星がないわけじゃない。そうなると、金星をなんとかしないとじゃない?」


「金星は人類の技術では不可能な重力操作が必要ないですから、確かに地球以外なら一番可能性のある惑星ですけど」


 しかし500年やそこらでは住めるようにはならないぞ!


「うんうん。だから和田君に秘密の人員を送ろうと思う。もちろんこちらからもサポートは行う」


「秘密の人員?」


「そう。秘密の人員。判断がつくまでバレないようにしてくれよ。まずバレないと思うけど。見えないから」


 見えない?意味が分からないけど。


[こんにちは。和田さん。私はルベールと言います]


「うあああああ。島田先輩!!なんか声が頭に」


「ああ、見えないけどいるんだ。そこに。ルベールがね」


[毎日ずっとというわけにはいきませんが、金星のテラフォーミングに協力しますよ]


「もう意味不明ですよー。説明してください!!」


 俺は絶叫して、ニヤニヤする先輩とシルフに懇願したのだった。

 この日から俺と島田先輩たちによる、秘密の金星テラフォーミング計画が始まるのだった。


※外伝などご希望ありましたら、リクエストください。もしネタが思いつきましたら、書くかもしれません。

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