第29話 フィンエアーで空の旅

 リーノの協力を得るためには、湖の底にいるというタコを捕獲する必要がある。


「シルフ。湖の水深ってどれくらいあるんだ?」


「計測した中で、最深部はおよそ800メートルはあるわよ。リーノやアズールのような酸素マスクだけでは、水圧の関係でまずそんな深くは潜れないでしょうね」


 水深800メートルか。確かに生身で行くには無理があるな。発見さえできれば、捕獲はさほど難しくないと思う。いくつかやり方はあるけど、発見してから考えるか。

 しかし、この赤みがかった金色の金属ってやはりあれだよな。


「シルフ。この赤っぽい金色のやつって」


「そうね。巨大クワガタの鋏の片方じゃない?」


 やっぱそうだよな。この色のクワガタなら、ちょっとカッコいいかもしれない。青色のカブトムシの恐怖があるから実際見てみないと、気持ち悪いかそうじゃないかはわからないけど。

 いずれにしろ、リーノがわざわざ持ってくる金属だ。白銀のように第二エネルギーを通す実験をしてみたい。もう一つの蛍石も、アズールが持っていたものと色が違う。アズールの持っていた蛍石はグリーンだったが、こちらは紫色。

 蛍石の色実験は興味深い結果が得れそうだな。楽しみだ。


「ニヤニヤしながら考え事してるところ悪いけど、アズールが来たわよ。良かったわねー無線機のおかげじゃないのー」


 白々しい声で言うな!無線機は迂闊だったよほんと。来てくれたからよしか。



[こんにちは]


 アズールをいつものテーブルへ案内し、炭酸入りジュースキノコを出す。腰掛けるのを確認したら、俺もいつもの隔離部屋へ入る。俺の飲み物は緑茶だ。アズールは緑色の強い反応をいつも示す。今回も例外ではないようだ。

 茶葉も畑で育てているから、継続して飲めるぞ。


「すまないアズール。無線機だとテレパシーが繋がらないんだな」


[そうですね。やってみましたが、顔が見えないとダメみたいです。島田さんの声は聞こえたんですけど言葉は分からないですし]


 やはり、顔が見えないとテレパシーは繋がらないみたいだ。事前に確認しておけばよかったよ。しばらくこれでシルフにいじられてしまう。


「アズール、テーブルの上にある酸素バルブを少し試して欲しいんだ」


 俺はアズール側のテーブルにあるシュノーケルを短くして、吸入口を二つつけたような器具...酸素バルブを指し示す。アズールは手に取って左右から酸素バルブを眺めている。

 酸素バルブは口に咥え、息を吸い込むと吸入口から入った空気または水が酸素に変換されるダイバー御用達の器具だ。アズールがこれを使って呼吸できるなら行動範囲がグンと広がる。


「口に咥えて吸い込むと、口から酸素が入る。酸素は普段吸い込んでいる空気みたいなものだ」


[ここで口に咥えても私に使えるのか分かるのですか?]


 アズールのドームは、彼女の生息環境に合わせた気体構成になっているが、酸素バルブから吸い込む気体はどこで吸っても一定なのでここで試しても問題はない。


「ああ、大丈夫だ。ダメなようならすぐ外して、深呼吸してくれれば吸った空気は抜けるから」


 じっと酸素バルブを見つめたアズールは意を決し口に咥えると、恐る恐る息を吸い込んだ。目を見開いて俺を見たあと、何度か息を吸ったり吐いたりしている。


[島田さん、酸素バルブでしたっけ。これから吸い込んだ空気はとてもとても美味しいです]


 酸素の濃度が高いかなと思ったけど、大丈夫そうだ。人間の場合、酸素中毒・窒素中毒という危険性がある。ダイビングの世界では水圧によってそういった中毒を発症する可能性があるが、そもそもアズールは8気圧から10気圧程度に適応しており、酸素濃度も15%ほどの空気だ。

 人間より過酷な環境に適応しているアズールなので、酸素濃度が高くなっても大丈夫なんじゃないかと考えている。ダイビングでも酸素濃度30%くらいの濃度がるボンベもあるからね。

 一応念のため、旧式酸素ボンベにアズールの大気と同じ比率の空気を詰めて持っていこう。もしもの時はそちらに切り替えればいいか。まず大丈夫とは思うが。

 そもそもアズールたちは、地表を空気草だけで歩けるほど頑丈な生物なので、さほど心配はしていない。


「それを試してもらったのは、アズールと空に行きたいと思ってね」


[ええええ、ほんとですか!空に行けるなんて夢みたいです]


「リベールに調査してもらいたいことがあってさ。リベール。航空機に乗って高度ごとに第三エネルギーの濃度を教えてほしいんだ」


[リベールも同意しています。さっそく行きましょう!]


 超乗り気じゃないか。今回の機体はフィンエアーと言われる機体で、地球でも多く使われている小型航空機だ。半円形のフォルムをしており、後部に電気で稼働するエンジンを積んでいる。速度はそれほど出ないが、静粛性に富み燃費も非常によい。

 もちろん空調もばっちりで、マイナス100度から250度の温度変化にも耐えうる名機である。搭乗可能人数は3名。操縦は自動、手動どちらも可能。


 アズールがはやくはやくとせがむので、こちらとしても願ったとおりだ。シルフにフィンエアーをドーム外に出してもらい、俺は宇宙服を着て、アズールは酸素バルブを咥えて準備完了だ。

 もしアズールがいなければ、フィンエアーの室内気圧と空気を調整して宇宙服無しでも乗り込むことはできるが、今回はアズールがいるので外気の細菌が混入する。また、気圧を1気圧以外に調整できないのでいずれにしろダメだな。


 フィンエアーに乗り込み、アズールにシートベルトを付けさせる。フィンエアーは全面から左右にかけてクリアクリスタルで出来ており、外の風景がバッチリ観察できる。一方、アズールはキラキラした目でフィンエアーを見回している。


「シルフ。離陸してくれ。カルデラの外に行ったら、高度を少しづつ落としていってくれ」


「りょうかい」


「アズール、高度が下がると、体がどんどん重たくなってくるはずだ。少しづつ高度を下げるから、キツそうならすぐ言ってくれ」


 ここは6000メートル級の山にあるカルデラだ。高度を下げると、どんどん気圧が上がっていく。登山するときの逆パターンになるが、気圧の変化は人体に大きな影響があるので、慎重にいかねばならない。

 俺は宇宙服で内部気圧は一定なので全く問題ないんだけど。アズールの宇宙服を準備することはできないので、少しづつ慣らしていくしかない。


 ふわりとゆっくりと機体が浮き上がると、羽音で歓声を上げるアズールだったが、俺には喜んでるのかそうじゃないのか全く分からない!フィンエアーは高度を上げた後、カルデラの外まで飛行していく。アズールはずっと身を乗り出し外の景色を眺めている。なんか可愛いな純真な態度が。

 予定位置でホバリングするフィンエアーを確認すると、俺はアズールにこれから高度を落としていくことを告げた。


「1000メートルごとに停止するから、リベール第三エネルギーの濃度を教えてくれ。現高度6000メートルを基準にしよう。ここを1として計測してくれ」


 1000メートル高度を落とし、30分ほど休憩し、と繰り返し、地表付近までフィンエアーの高度を下げると、下降時と同じように1000メートル上昇し、休憩を挟んで元の高さまで上昇する。

 合計7時間ちょっと時間がかかったわけだが、アズールは興味深々で座席から身を乗り出していた。


「長時間ありがとう。アズール、ルベール」


 カルデラに戻った俺は二人に礼を言ってから、白銀とジュースキノコパウダーをお礼に渡し、彼女らと別れたのだった。おかげでいい実験結果が得ることができたぞ。

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