第35話 最終話 ポチョムキンよ永遠なれ
地上に戻り、通信を試してみると問題なく通信可能だった。無人探査機に宇宙航行用の燃料を積んでもらうことをお願いし、即許可された。家族の話題が出そうになるとまた即切りしたのだが...
宇宙航行用の燃料が届けば、ホープからの脱出は叶うと思うのだが、第二エネルギーの壁は突破できるようになりはしたが、ホープの謎、第二エネルギーの謎、第三エネルギーの謎はルベールのおかげで少しは解明されたものの、依然詳しくは分からないいままだ。
リーノやアズールたちとの交流も始まったばかりで、リーノに約束してもらった洞窟探査も未だ計画段階だ。繊維の成分調査も終わってないし、ルベールとこれからの生命環境についても語りたい。
このモヤモヤした状態で帰還するとなると、心に引っかかるものがある。
現時点での帰還コースとしては、ホープから脱出し、宇宙空間を航行する。ホープ磁気圏から十分離れた後に超光速通信を試す。超光速通信が可能であれば第二エネルギーの壁を越えているのでワープ可能だろう。
とここまで考えて大きく矛盾していることがわかったぞ。俺がここに来た時には第二エネルギーの壁の外にいたから消失せずに済んだと思っていたが、銃や麓の洞窟での第二エネルギーの壁実験では、第二エネルギーの壁に接触すれば生命体は消失する。
すなわち、第二エネルギーの壁がある限り、「生命体は消失」するのだ。ならば、俺が消失しなかったのはなぜだろうか。
考えられるのは、第二エネルギーの壁の減衰である。第二エネルギーもエネルギーである限り、使えば減衰するはずだ。「他の船員の消失でエネルギーを使った」からこそ、一時的に壁が壊れ、俺はホープへたどり着けたんじゃないだろうか。
となると、いくら宇宙航行用の燃料があっても俺は脱出不能だ。なぜこんなことに今まで気がつかなかったのか。
しかし、今なら手はある。俺の全身を包むように第二エネルギーの壁を出せば、ホープの地磁気にある第二エネルギーの壁とぶつかり合って第二エネルギーの壁は一時消滅するだろう。その間に脱出してしまえばよい。
無人探査機も来るので、先だって実験もできると思うが、簡単な試験を行うのなら、麓の第二エネルギーの壁を使えばいいか。
この方法でもホープに戻って来れる可能性は低い。ホープは第二エネルギーが豊富な惑星だが、地球はどうか?おそらく第二エネルギーがほぼ存在しないと俺は考えている。ホープのように第二エネルギーがあるのならば、それを利用する生物は必ずいるはずだ。
残念ながら地球にはそういった生物はなく、全ての生物は科学的な計算と実測にズレはない。なら、人類は第二エネルギーを使用できないのかというと、俺ができるのでできるのだろう。
どういうわけか分からないが、ワープ技術は第二エネルギーが干渉できるので人類は第二エネルギーの使用に踏み込んではいるのか?
何が言いたいのかというと、ホープ脱出の際に俺の体にある第二エネルギーを使うと、補給ができないのでホープへ帰還しようものなら第二エネルギーの壁を突破できず消失するということだ。
戻れないとなると、このモヤモヤした状態で帰還するのは考えものだ。燃料さえ届けば、一つ実験が必要とは言えいつでも帰れるのだ。ならばモヤモヤを解消してからでも遅くはない。
もう一つ、俺はモヤモヤ以外にも帰還を戸惑う理由があるんだが...
俺はテーブルの上に三角座りするシルフに目を移すと、少しため息を吐く。
「何ため息ついてんのよ。ホープのマナの壁は蛍石を使えば超えれるわよ」
俺が考えていたことはすでにお見通しか。
「いや、まだ途中なことがたくさんあるだろう?それをほったらかしにするのはどうかと思ってさ」
「あんたそんな殊勝な性格だったっけ?」
全く俺をなんだと思っているのだ。一度手をつけたことを途中でほっぽりだすような奴に見えるのか?あ、見えてるんだろうな。
非常に仕事が早いことに、二日後無人探査機がホープ近傍宙域に出現する。さっそくシルフに誘導してもらい、大気圏突入、カルデラへ着陸と難なく無人探査機を回収することができた。
無人探査機にはいくつか実験動物を入れていたゲージらしきものがあり、ゲージを監視するカメラまでご丁寧に設置されていた。
俺の言うことに半信半疑ってことか。まあ当然だ。撮影されたビデオを見てみると、ホープへワープアウトする直前だろうか、突然ゲージに入っていた全実験動物が消失している。
おそらく消失の後からは第二エネルギーの壁を越えているので超光速通信もできなくなっているだろう。
「こちら宇宙船ポチョムキン。どうぞ」
無人探査機を回収したので、さっそく宇宙ステーションイエールへ通信開始だ。
「こちらイエール。無人探査機は確認できたか?」
「はい。確認し無事回収しました。そちらでは無人探査機と通信できていますか?」
「残念ながら、ワープ直後から通信途絶してしまった。そちらにビデオカメラがあるだろう。中身を見てくれないか?」
「実験動物が消失する画像が写っていました。ビデオデータの送信を試みます。できないかもしれないですが」
データを宇宙ステーションに向けて送信してみると、なんとか送信はできたようだ。音声と違ってデジタルデータは重たいのか送信の際に引っかかる感じがした。
「こちらイエール。君からのデータを受信することができたが、映像がかなり荒くなっているな。今後の研究が必要だ。今後ホープの画像も定期的に送って欲しい」
「了解です。ビデオのデータを見れば何が起こっているか分かるはずです」
「了解だ。他に要望はあるか?」
「いえ、至急の要望はありません」
「了解だ。検討を祈る」
なんと、動画のデータを送ることができた。となるとホープの様々な風景を送ることもできるな。今のところ知的生命体の情報を知らせるのはやめておこう。変なミッションが追加されそうだからな。
明日から定時連絡を約束させられ、若干気分が悪くなった俺だったが、気を取り直し地球への対応を考えることにする。
俺は往復の目処がつくか、地球へどうしても帰還したくなるまでは帰還を考えていない。地球に第二エネルギーやアズールたちの情報を与えるつもりは今のところ考えていない。そんなものを出せばどんな指示が飛んでくるか想像もしたくないよ...
往復の目処がついてもやはり、長期間帰らないかもしれない、地球に戻れたら、ポチョムキン号とはお別れになる。
俺がシルフに会うことは今後ほとんどなくなると思う。ここに来てから俺を三ヶ月近く支えてくれたシルフがいなければ、俺は生存することができなかっただろうし、孤独に苛まれていたかもしれない。
シルフはAIだ。故に俺の利益になることしかしない。裏切ることもない。最初はそんな安心感からくる信頼があっただろう。ただ今はそれだけじゃない。
俺は再びテーブルの上に三角座りしているシルフのホログラムに目をやる。
「シルフ。AIにこんなことを言うのは間違ってるかも知れない」
「なによ?」
「地球に帰ると、シルフに会えなくなるだろ。俺はそれが嫌なんだ」
「っ!!」
ホログラムの顔を真っ赤にするシルフ。恥ずかしがる仕草はほんと芸が細かいよ。
「てっきり、リーノたんかアズールたんとペロペロしたいとかい言うのかと思ったわよ」
待て待て!さすがに俺はそこまでの上級者ではない。リーノやアズールは犬猫を可愛がるのと同じレベルだぞ。種族格差が激しすぎて、隣人以上にはなれないだろ。
「まあ、シルフのことも引っかかりの一つだってことさ」
「もう」と言いながらシルフは膨れてしまった。
そう、俺の中でシルフと過ごした三ヶ月は相当大きなものになっている。帰還するとシルフと別れるのが確定ならば、どうしようもなくなるまでは帰還しなくていいんじゃないかと考え始めている。
シルフには言ってないが、シルフのAIはどう考えても少しおかしい、主人である人間に敬語を使わないのもおかしいが、敬語じゃない言葉の情報を持っているのもおかしいんだ。
宇宙ステーションにいた頃に、言葉の情報を受け取っているかもしれないが可能性は低い。誰がわざわざ役にも立たない、言葉のデータなんて入れるんだ。資源は有限なのだ。
シルフのAIの謎もホープが関わっているように思えるんだ。この謎にも俺は挑みたい。
ホープは謎でいっぱいだ。しかしそれが楽しい!
おしまい
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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