第20話 弟のこと忘れてた!
現時点ではこれ以上煮詰めても、あまり意味はないと判断した俺とシルフは気分転換を兼ねて、先日の巨大蜘蛛の成分分析結果を見ることにした。
巨大蜘蛛は白銀に覆われているわけではなく、地球の蜘蛛と似た甲殻を持っていた。昆虫や甲殻類と違い柔らかい皮膚は頼りないが、蜘蛛の武器は俊敏さと蜘蛛糸だ。
蜘蛛糸の検査結果は、地球のどの蜘蛛より糸の太さが太いことと、粘着力が強いことだった。蜘蛛も大きければ獲物も大きいのでその分糸も強力になっているのだろう。絡め取っても引っ張ったら千切れるんじゃ話にならないよね。
しかし、映像で見た蟻を攻撃する蜘蛛糸は数値以上と思える。白銀のように生きてるときには強力な力を出すのかもしれない。
注目の肉質だが、ササミ肉に近くササミより固いというものだった。成分結果を見る限りあまり美味しそうな感じはしない。これはリーノに食べさせるか。
マウスにも一応食べさせておこう。鶏肉ならもうあと2.3日で食べれるので、わざわざ硬いササミを食べなくてもいいだろ。
がっかりな結果となったが、蜘蛛糸は使えそうなので取っておくようにする。蜘蛛の糸は粘着性のあるものと頑丈なものが混ざり合って構成されているので、採取の際に二種類に分けて保管することにする。
ルベールとアズールのことが気になって仕方がないところだけど、大規模探索は淡々と進めることにしようか。
いつものごとく、俺のやることは結果報告を見るだけだ。特徴的なものが発見されるとシルフが知らせてくれるだろう。
シルフは探索を行いつつ、植物の世話を行い、家畜の世話を行いつつ成分分析までこなしながらドーム建設も行う。その上、俺と無駄話までできる。こうして振り返ってみると凄まじいなシルフ。
いまは待つだけなので、俺は趣味の鶏さんと戯れタイムを満喫しよう。鶏さんは今日も卵を産んでくれたので、卵が食べれる。全部で10羽いるが全て健康そのもの。触ろうとすると凄まじい勢いで威嚇してくる。
ははは。元気なやつめ。
元気と言えば、誠二のやつどうしてるかなあ。小さい時から兄さん兄さんってやたらうるさいやつだった。沈んでなければいいんだけど。俺のことを心配してくれる唯一かもしれない奴だ。一生会えないかもと思うと少し寂しいな。
地球での俺の扱いはどうなってるんだろう、どこにいるかもわからないから行方不明扱い?地球からの観測だと宇宙船は確実に観測できないし、ワープ失敗通信不能、消息不明になるだろう。となると、死亡扱いになるのか?
待てよ、あの弟が「行方不明です」と言われて「はい、そうですか」とは言わない。絶対現地まで来て、俺を探そうとするだろう。
ホープにワープをしようとすると、第二エネルギーなるものの壁に阻まれ人間は消し飛んでしまう。もし弟がここに来るものなら、弟が消し飛んでしまう!
「シルフー」
俺が思わず叫ぶと、俺の目線の先にシルフのホログラムがすぐ出現する。
「島田、何かあったの?血相かえて」
「この前エネルギーの考察をしていた時になんで気がつかなかったのかわからないんだけど、まずいぞシルフ。ここに宇宙船がワープして来るものならまた犠牲者が出るぞ」
「島田。あんたには残酷な話だけど、宇宙船がここへ来る確率は極めて低いと思うわよ。事故原因の究明が不可能なことがわかったから。マナは地球の技術じゃ観測できないのよね。一応昨日から、外の空気をいろいろ分析してるけど、マナの形跡は一切発見できてないわよ。痕跡すらない。もしホープまで来るとしたら、他の太陽系外惑星へ幾度となくワープを行った後でしょうね」
マナって言うな!自分で提案したこととは言え、聞くとすごく恥ずかしい。
「いやそれが、鶏に突っつかれて思い出したんだが、俺には弟がいるんだ」
「突っつかれるまで思い出されない弟が不憫でならないわ」
「忘れてたわけじゃないよ!ほんとだって。その目やめろ!」
「まあいいわ。で、弟がどうしたの?」
「弟は昔から、なんでか兄大好きでな。両親が亡くなってからというものますます強力になってしまってさ。両親が病気で亡くなったものだから、風邪引いただけですごい勢いでな」
「あんたのどこにそんな惹かれるものがあるのか理解できないけど、言いたいことはわかったわ。あんたの弟は必ずここへ来るってことね」
「そうだ。さすがに世論がホープへのワープを指示するとは思えないから、奴が動いたとして資金から協力者・企業が集まるまでには相応の時間がかかると思う」
「協力者は推測だけど、たぶん集まるわね」
そうだ。俺以外の船員も行方不明なのだ。藁をも掴む気持ちで船員の遺族は協力するに違いない。遺族がどれだけいるかはわからないが、その中には企業や政府に渡りを付けれる人間もいるだろう。
そうなると、弟がここへ来る可能性が高まる。いやきっと来る。
「ワープができる宇宙船の製造の時間も加味すると早くて二年ってところかしら。それまでに何とかしないと...新たな消し炭が」
「消し炭って言うな!とにかく二年以内に何とかしないといけない」
「手段はあんたが帰還するか、超光速通信で地球に伝えるか、ルベールに伝えてもらうか、その辺かな?」
俺が帰還できるのが一番ではあるが、もし帰還を諦めれば弟が助かるならそちらを選ぶしかなくなる。先に事態を伝え、後から帰還でも構わないんだけど。
帰還するとなると、エネルギー残量がどれだけあるかシルフに確認する必要があるな。
「シルフ、宇宙船のエネルギーはどれくらい残っているんだ?」
「太陽光発電で補充できる分は補充してるんだけど、大容量のエネルギーは回数が限られているわよ。ワープ、ホープからの離脱それぞれ一回が限界ね。ホープから離脱してホープに着陸することはできるわよ」
一回が限界か、となると一発勝負で成功させないとダメか。リスクのほうが高そうだなあ。第二エネルギーの壁が惑星からどこまで広がっているのかを俺もシルフも観測することができない。
ホープ離脱後、宇宙空間をどれだけ航行する必要があるのか。おそらくたいした距離は航行することができない。
「いろいろ問題があるな。最低目標は地球への通信だけど、これをするにもハードルが高い。観測不能な第二エネルギーの壁がどこまで広がっているのかわからないからね。エネルギーが地磁気や太陽風に当たって範囲が変わったりするだろうから、宇宙船がそこまで航海できるのかだな。
通信ができた時点でワープすればいいのかもしれないが、第二エネルギーの壁が動くことを考えると、通信可能でワープ可能の判断は危険すぎるよな」
「そうね。第二エネルギーの壁の観測ならルベールができるかもしれないわよ。でも現実的に難しいわね」
そう、ルベールなら第二エネルギーの観測はできるだろう。観測しワープ可能とわかった時点でルベール単体ならルベールには母星に帰還するなり、ホープへ戻るなりしてもらえばいいんだけど。
現時点でルベールは第三エネルギーが不足している。アズールと一緒なら節約できるらしいが、アズールを宇宙船に乗せるのはダメだ。アズール用の宇宙服がないから、彼女は宇宙へは出れない。
もしルベールを連れて来るなら、少なくとも単独行動が可能でホープまでは戻れるだけの第三エネルギーを集める必要がある。第三エネルギーをホープの第二エネルギーの壁を突破すれば補給できる目処があるにしても、ルベールが精神体を保つだけのエネルギーは必要だ。
「俺たちが第二エネルギーを正確に観測できるか、ルベールに十分な第三エネルギーを補給してもらうか、どちらかができないと通信も不可能だ」
「出来るかわからないけど、ルベールに聞いてみたらどう?」
「どんなこと?」
「第二エネルギーを使って第二エネルギーの壁を一時的に破れないかどうかを」
なるほど。一時的に第二エネルギーの壁を破ることができれば、通信はできる。極短時間になるかもしれないが、地球と通信し俺が無事なことと、ホープへのワープは必ず失敗することを伝えればいい。
もし、ルベールが壁を破ることができるのなら、取れる手段の中では一番現実的かもしれない。
「考えがある程度まとまってきたな。いつもありがとうシルフ」
「っ!AIが協力するのは当たり前なんだからね」
デレた!プンプンと頬を膨らませる仕草の後、頬を赤らめる演出までしやがった。芸が細かいな。
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