34 祭と宴

 土曜日、10時半。文芸部部室。


「文芸部の文芸誌『ラン・ドッグ』販売中です! 1冊300円です!」

「オリジナルの小説やエッセイがたっぷり載ってますよ!」


 山に積まれた200部の文芸誌「ラン・ドッグ」と、黒板いっぱいに書いた「囚人探偵」のあらすじ。


 開会式を終え、珠希高校の生徒はもちろん、他校生や一般来場者人も少しずつ入り始めた。黒板を見て、「気になる」と言って買ってくれる中学生。「毎年買ってるんだ」と言って買っていく初老の男性。

 ゆっくりとゆったりと、お祭りが始まった。


「さて、このスペースに何を描こうかな、と……」


 部室の端っこ、廊下に追加で貼るポスターを描きながら、朱夏が独り言。俺と朱夏は、この時間は運営補助担当。昨日のバタバタした準備の中で足りなかった部分がないか、チェックしてサポートしていく。


「先輩、結局来ないねえ」

 俺に向かって呼びかける。3年生の幽霊先輩、確かに来てないな。


「引退状態だったからね、想定の範囲内というか何というか」

「まあ何はともあれ、良かったねイッちゃん。無事スタートできたよ!」

 面白いおもちゃを目の当たりにした子供みたいに、座ったままぴょんぴょん跳ねるように喜ぶ。


「ありがとな、朱夏。陽や朱夏がいたから最後まで出来たよ」

 赤のマジックを持つ手を止めて、右手を口元に当てる。


「フフッ、よせやい、照れるよ」

「ポスター任せたぞ」

「うん、任せとけ!」

 本気で照れてる幸せそうな顔を見て、安心した。うん、朱夏の笑顔を見ると元気になる。


「おっす、イチゴ」

「どう、お客さんの感じは? ちゃんとした製本じゃないと気にしてる感じ?」

 月野さんと陽が座ってる会計テーブルに行く。会計用のクッキー缶には、まばらにお金が入っていた。


「あんまりそんな感じはないですね。前から買ってくれてる人に『製本しなかったの?』って聞かれましたけど、時原先輩に言われた通り『ギリギリまで原稿作ってたんで間に合わなかったんです』って言ったら笑ってくれました」


「イチゴ、逆に大きな成果かもよ? 来年から製本代が浮くかも」

「毎年あんな大変な印刷したくないやい」


 一緒に笑いながら「会計よろしく」とお願いして、井上と久瀬さんが呼び込みしてる廊下へ。


「『囚人探偵』、結構気になって買ってく人いるみたいだよ」

「なんか恥ずかしい。自分の小説がああやって売られるなんて」

 親指でちょこっと唇を掻く。


「吾妻君、昨日のこと、色々ありがとうね。とっても助かった」

「ううん、みんなのおかげだってホント」


「でも……ああやって引っ張ってくれたのは吾妻君だもの」

 ちょっと下を向く久瀬さん。あれ?


「久瀬さん、なんか顔赤いけど風邪? 昨日夜遅くまでやったから?」

「あ、ううん、違う違う。そんなんじゃないの」

 ふう、良かった。無理させちゃったと思って心配したよ。


「それよりさ、あの黒板のあらすじ、すっごく良いね。時原君と朱ちゃんで考えてくれたんでしょ。やっぱり本好きな人って魅力的なあらすじ書けるのね」

「うん、俺も感動した。人もちょっとずつ入ってるし、頑張った甲斐があるよ」


 廊下の人波をくぐる、見知らぬ制服の高校生や私服の夫婦。隣の手芸部が壁に貼っているタペストリー。その向かいの掲示板にベタベタ貼ってある、原色カラーのビラ。普段の紺と白だけじゃない鮮やかな色合いが、日常の中の非日常を彩っていた。


「一悟さん、ちょっといいですか?」

「おう、行く行く」

 教室の端に行くと、美都はわざとらしく咳払いをして、ニッコリ笑った。


「1つ魔法をプレゼントさせて下さい。一悟さんはちょっと嫌がるかもしれませんけど、私からの気持ちです」

「魔法?」


「では私、ちょっと外の模擬店で焼きそば買ってきます!」

 ラン・ドッグの表紙の犬のように走り去る美都を見ながら首を傾げていると、ウィンブレを着た3人の生徒が机と段ボール箱を持って入ってきた。


「すみません、珠希祭実行委員会です。部長さんいらっしゃいますか?」

「あ、部長代理です」

 久瀬さんがトコトコとドアの前まで行く。俺や朱夏、陽も一緒に近づいた。


「午後から委員会の企画でスタンプラリーやるんですけど、さっき抽選してここがチェックポイントの1つに選ばれたんです。邪魔にならない位置でいいんで、机とこれ、置かせてもらっていいですか?」


 段ボール箱の中には、チェックポイントの目印やスタンプ台が入っていた。


「来場者全員にスタンプカードとチェックポイントのリスト渡してるんです。全部集めたら福引に参加できるようにしてるんで、結構人来ると思いますよ!」


「すごーい! やったね、ユメちゃん!」

「うん、集客できるなら嬉しい」

 久瀬さんと朱夏、2人で軽くハイタッチ。


「よし、これで完売がグッと近づいたな。昨日頑張った分、今日はツイてる! な、イチゴ!」

 陽もラン・ドッグを手に取ってガッツポーズ。1年生も嬉しそう。


「うん、ツイてるツイてる。運は俺達の味方だ!」

「よし、みんなで完売目指しましょう!」

「おーっ!」

 久瀬さんの声にみんなで鬨の声をあげる。



 なるほど、うん、ステキな魔法だ。チャンスはもらったから、あとは俺達次第ってこと。



「さあ、『ラン・ドッグ』いかがですかー! 1冊300円です! 部員によるハイクオリティーなミステリー小説も載ってます!」

「スタンプラリーに寄ったそこのアナタ! ついでにこれも見て行って下さい! 部員が昨日夜まで印刷した手作りです!」


 土日に渡った文化祭、俺達文芸部の「ラン・ドッグ」は見事完売した。売り上げの半額は日曜夜の打ち上げ、焼き肉食べ放題へ。


 残りの半分はもちろん、デスクトップの買い換えのために取っておかなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る