24 外資系エリート天使

「一悟さん、紹介しますね。浅葱あさぎことさん」

「浅葱琴です、よろしくね」


 丁寧な口調で名刺をもらう。「株式会社花織神社 カスタマーサポート部」と書かれていた。


「浅葱さんは、前にマーケティング部にいて、直属の先輩だったんですよ。私の4つ上だから……わわ、もう21歳になったんですね」

 美都も嬉しそうに名刺をもらっている。


「あの、浅葱さん。吾妻一悟です、よろしくお願いします」

「ああ、琴でいいよ。私も君のことはタマコンって呼ぶから」

「なぜ!」

 何そのネーミング! 名前とちっとも関連しないそのネーミング!


「ああ、3週間くらい前に桜とメールしたときに、今どんな人の家に住んでるか聞いたんだよ。そしたら『玉こんにゃくの煮物が上手な人です!』って返ってきてさ、大爆笑! それ以来うちの部じゃタマコンで通ってるよ」

「…………」

 確かに簡単だったから作ったけどさあ。何もあだ名にしなくても。


「で、琴さん。カスタマーサポート部って何やってるんですか?」

「ああ、魔法の依頼者や、魔法をかける対象者のアフターサポートをするんだ。平たく言えば、問題解決だね」


 襦袢と白衣の間、掛襟かけえりと呼ばれる飾りの襟を直しながら、琴さんが椅子に座って俺を見る。


「問題解決……」

「分かりやすく言うと……例えば、『メロンが食べたい』ってお願いされたのに、間違って伝わって『スイカを食べられる』魔法をかけちゃう。なんてことがホントに稀にあるんだ。そうするとお参りにきた人は『あの神社は効き目がない』ってなっちゃうだろ?」

「そっか、それは確かに問題ですね」

 思ったようなご利益がないってことだもんな。



「基本的に、神様が生産した魔法をキャンセルすることは出来ないんだけど、その魔法を回避することはできる。で、その回避のために頑張るのが私達ね」

「魔法って回避できるんですか?」

 テーブルに置かれてるキュウリの漬物をつまみながら、琴さんは続けた。


「この世界の人は魔法の存在を知らないから回避できないだけだよ。私達が間に入れば大丈夫。さっきの例で言えば、スイカを送ってくる人がいるとして、その配送を止めたり、配送中に中身をメロンに入れ替えたりすれば、ミスは回避できる」

 なるほど、事故を未然に防ぐってことか。


「ってことは、魔法をかける対象者やその周辺をずっと見張ってなきゃいけないんですね」

「お、一悟さん鋭いですね。そうなんです、対象者を中心にしっかりと監視して、ここぞというときに物理的に回避する。一瞬の判断で魔法を使って回避することもあります。とても大変な仕事なので、カスタマーサポート部にはエリートの方が集まるんですよ」

「やめてくれよ、桜。そんな大したものじゃないよ」


 肉野菜炒めを見て、自然な流れで「これ使っていいかな?」とお茶碗にご飯を装う琴さん。天使はみんな食い意地が張ってるんだろうか。


「いやいや、浅葱さんはエリートですよ! 伊達に一流企業から転職してません!」

「転職?」

「そうなんですよ一悟さん! 浅葱さんは外資系企業から転職してきたんです」

 外資系か、確かにバリバリ働くエリートってイメージがある――外資系?


「浅葱さん、外資って……」

「なんだタマコン、気になるのか。大したことじゃないよ、有名な教会にいただけさ」

「確かに外資だけど!」

 天使と教会は相性もいいけど!


「教会は天使の数が少ないから激務でさ。何年か頑張ったから、もう少しアットホームなところで羽伸ばしたいと思ったんだよ」

 それは天使ジョークってやつですか。



「しっかし、あのへっぽこだった桜がいっちょまえにマーケティングやってるのか。あ、タマコン、ご飯おかわり」

 ケタケタ笑う琴さん。差しだした茶碗は、もう空になっていた。


「大変ですけど何とかやってますよ……課長に怒られながら」

「まだあのパンダ課長いるんだもんな。指示は曖昧なクセに怒鳴る声だけは大きいんだよなあ」

「ホントですよ、ったく!」


 2人で上司悪口に花を咲かせる。パンダに似てるってことかな。ちょっと見てみたい。


「タマコン。コイツ、要領はそんなに良くないけど、根性はあるからさ、かわいがってやってくれよ」

「は、はい。俺の方こそ、魔法申請してるんでお世話になってます」

 あんまり魔法の恩恵に与ってない感じはするけど。


「あとそうだ、根性の他に、こっちもあるよな!」

「ひゃああん!」

 美都の後ろから抱きかかえるように手を回して、巫女服の胸元をガバッと開いた。


 キツく締めた服が胸の途中でつっかかり、逆に胸の上半分がむくっと強調される。

 こ、これはすごい……。


「ちょ、ちょっと浅葱さん!」

「ふっふっふ、相変わらず育ちがいいなあ。どれどれ」

 胸を押さえたまま、谷間のあたりに口を持っていく。


「おう、香水の香りがいいな。少し汗ばんでるのもなかなか」

「あ、ひゃうん、や……浅葱さん、ダメ……ですって……」


 ゆっくり揉みながら、その胸にキスする琴さん。

 その光景があまりにも刺激的で、それはもう舐めるように見つめてしまった。


「さて、胸ももう少し見せてもらおうかな」

 手をかけていた白衣を左右に揺らしながらズラしていく。


「ちょっと浅葱さん!」

 琴さんをグッと引き離して、床に座り込む美都。

 胸を下に押しながら、ワタワタと服を直す。


「もう! 一悟さんも見てるんですから!」

 顔を真っ赤にして後帯を締め直した。


「うはは、相変わらず桜は照れ屋だな」

 ニマニマしながら美都を見る琴さん。


「一悟さん、誤解しないで下さいね! 浅葱さんが女の子が好きなだけですから!」

「桜、お前こそ誤解を招く言い方をしないでほしい。私は、男をイジめるのと、可愛い女の子を見たり触ったり舐めたりするのが大好きなだけだ」

 色々ダメな人ってことですね。


「あと女の子同士が愛し合ってるのを見るのも好きだぞ。世間一般でいうところの百合天使ってヤツだな」

 どこの世間ですか、それ。百合天使ってワードのどこが一般的なんですか。


「あれ? ところで浅葱さん、なんでここに来たんですか? 近くでサポートしてたとか」


 ようやく落ち着いて俺の隣に座った美都。琴さんは向かい合って座り、俺と美都を見た。


「ああ、それなんだけどさ。この家がサポート対象なんだよね」

 ここ? 俺の家?


「タマコン、君、反野朱夏って子と時原陽って子が偶然書店で会ってデートするような魔法申請しただろ?」

「あ、はい」



「その魔法、時原陽にかけるはずが、別の人にかかってしまったんだ」



 漫画でよく見る「石化する」ってこういうことかな。言葉が、綺麗に途切れた。

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