魔法をかける対象者のIDを間違えたら、本人には永遠にかからない
23 天使増えました
「久瀬さん、これ。仮で作ってみたけど、どうかな?」
「ありがと、吾妻君。ちょっと話し合いながら直そ」
校庭に面した1階の部室。光が机を撫でているその横で、俺は久瀬さんと一緒に、珠希祭のパンフレットに載せる企画紹介原稿を作っていた。
「ラン・ドッグの中身まで紹介した方がいいかなあ?」
「ううん、それも考えたんだけど、文字数足りなくなっちゃうと思うんだよね。むしろ、小説もエッセイも書評も載ってるよ、みたいなバラエティ感出すといいかも」
「確かに。去年も小説しか載ってないって勘違いされてたもんね」
開け放した窓からぬるい風が遊びにきて、彼女の長い黒髪を横に引っ張る。少し髪に隠れていた色白の頬が見え、モノクロのコントラストに見蕩れた。
うわあ、綺麗だなあ、素敵だなあ。こうやって一緒に文化祭の準備できるなんて幸せだなあ!
これも陽のおかげ。「イチゴ、これお願いできるか?」と、俺が久瀬さんと共同作業できるように割り振りしてくれた。良いヤツだなあ。
「じゃあ、これでテキストデータ作って、実行委員にデータ送ってもらえるかな」
「うん、分かった。今日中にやっておくよ」
本番を2週間後に控え、学校全体に文化祭の空気が充満してきた。
この空気は結構好き。鼻の奥がツンとして、気持ちが自然と高揚する。キーボードをタイプする手も、踊るように加速していった。
「イッちゃん、執筆は順調?」
座ってる俺の横に突然現れた水晶玉、否、胸。
見上げると、朱夏がハードカバーを抱えて立っていた。
「ん、何とか間に合いそうだ」
それを聞くと、「そか、良かった!」とニンマリ笑う。
「アタシも一気に書いてるよ。でも頭に手が追い付かないんだよね、もっと早く書けるようになりたいなあ」
「お前の想像力はスピードすごそうだもんな」
「フッフッフ、でしょう? ところでさ、ローマ字入力で子音を男子、母音を女子って考えると、想像膨らまない? 女子が色んな男を何股もしてるとか」
「やめろ、キーボード打つ度に思い出しそうだ」
スピードだけじゃなくて破壊力もすごすぎる。
そして、また面倒なヤツが1人。
「おっとイチゴ。蜜から最強に可愛い誤字が来たんだけど、見るか?」
「可愛い誤字ってなんだよ」
陽が俺の顔にスマホを押し付ける。「句点と間違えて『り』って入れてるんだぜ」と自慢げだけど、びっくりするくらい普通の誤字だぞそれ。
「最近恋というものを覚えたからかな、蜜は余計に綺麗になったように思う。どうしよう! これで『実は私の好きな人って……お兄ちゃんなの』とか言われたら! 困ったヤツだなあ!」
「お前がダントツで困ったヤツだ」
そこまでぶっ飛んでれば、むしろ幸せな気もする。
「あれ、今日ミッとんは?」
「しご……用事があって今日は部活休みだ」
新人天使の採用のための特設サイト、コンセプトの相談に乗るとか言ってたな。
ホントに下界と一緒だよな……。
と、聞き覚えのある声が耳に飛んでくる。
「あ、おーい、一悟!」
外にいた同じクラスの谷本が、校庭に面した窓に向けて走ってきた。
普段後ろの席にいる友達も、陸上部のユニフォームを着ているとまた違った印象を受ける。
「お前の姉ちゃん、関東大会代表になったんだろ?」
有名人を見つけたかのように、興奮気味に話す谷本。
「ああ、代表補欠だったんだけど、上の人が怪我して急遽繰り上げになったらしいぞ」
「そうなんだ。すげーな! 次勝ち抜けば全国じゃん!」
「勝ち抜けば、な」
簡単に言うなよ、と苦笑いして、少し
イチ姉が褒められるのは自分のことにように嬉しくて。でも、すぐに見劣りする自分にピントが移って、その嬉しさを維持できない自分がいた。
「一悟さん、デートしたくないですか?」
「は?」
夕飯。牛バラとニンニクの芽の炒め物を凄まじいスピードで口に運びながら、美都が変なお誘いをしてきた。
「デート? お前と……?」
「違いますよ、久瀬悠雨さんとです。あ、お肉私の分も残しておいてくださいね」
「それは食べてないヤツが言うセリフだ」
俺もまた一箸しか取ってないんですけど。
「若い人に受ける魔法を考えてるんですけどね。もうやっぱり直球で、デートに行くのがいいかなあと思って。美術館のチケットが余ってるとかで」
「それは悪くないけど……例えば好きでもない相手に美術館誘うなんて出来るのか? お前が前に話してた、『心を操作する』みたいなヤツじゃないのか」
「そう、そうなんですよ……」
はあ、と大きく溜息をついた後、肉とご飯を思いっきり頬張り、また溜息をつく。
すごい、食事を挟んでるせいで全然気落ちしてるように見えない。
「課長にも確認したんですけど、想い人でもない人をいきなりデート誘うってのは、承認がおりそうにないですよね」
「だろうなあ……ん、だったらさ、『偶然町で会って、プチデートする』ってのはどう? 例えば休日たまたまカフェの近くで会って、一杯だけお茶するとか。自然だし、1~2時間なら本人にとってもラッキーハプニングだろ」
「おおおおおっ!」
手でバンと机を叩き、好きなおかずが出てきた時のように目を輝かせる。
「いいですね、それ! それでいきましょう! 早速試してみたいんですけど、一悟さん――」
「あ、いや。美都、出来たら別の人にしてもいいか?」
「別の人、ですか?」
キョトンと首を傾げる彼女に「陽にかけられないかと思って」と答えた。
「アイツさ、最近朱夏が気になるらしいんだよね」
「へえ! 朱夏さん!」
「ああ。この前の蜜ちゃんとの件は悪いことしたし、最近は俺と久瀬さんが一緒に珠希祭の準備ができるよう、色々気を回してくれてるんだ。だから俺からも何かしたくてさ」
「なるほど、陽さんが朱夏さんとバッタリ会うってことですね。でも朱夏さんは一悟さん狙いかと思いますけど……」
「いいんだよその話は一旦」
2杯目の大盛りご飯を完食した美都が、シンクに食器を運ぶ。
「場所は……書店が良いかな。あそこなら2人が偶然会ってもおかしくないし、そのまま書店の中を一緒に回るはず。モールの中の書店ならお茶も出来るし!」
「分かりました! じゃあそれで申請しましょう!」
言いながら、美都はいつものノートパソコンを出した。
「じゃあ、新しいフォーマットに、と……」
「なんだ、申請の画面変わったのか?」
画面を覗くと、確かに少しだけデザインが変わっていた。
「ええ、承認システムを入れ替えたので、それに伴って画面も。システムエンジニアの方、大変そうでしたよ」
「そんな天使もいるんだな……」
コード書いてる天使とかちょっと面白い。
「さて、申請完了です。明日中には承認されると思いますよ!」
「ありがとな!」
よし、これで陽にも恩返しできるぞ!
***
「で、美都。陽のデートはいつになるって?」
「えっと、予定では明後日の土曜日ですね」
申請の翌日、美都は卓上カレンダーの青字の日を指差した。
「そっか、待ち遠しいなあ!」
俺が仕掛けたデートが実現するなんて、なんかちょっと秘密を抱えてるようで、ワクワクしながらも少しもどかしい。
早く来ないか、早く来ないか、その「おあずけ」しすぎて疲れた体を、夕飯の肉野菜炒めで癒している途中。
「一悟さん、当日は様子見に行きます?」
「そうだな、出来たら偶然会うところみたいな――」
その時だった。
「お邪魔します」
俺の返事を遮る、美都ともイチ姉とも違う女性の声。
「いやあ、ごめんね、桜! 迷惑かけた!」
何の前触れもなく前置きもなく、2階から階段を下りてくる女性。
巫女服に青の袴。美都のとは少し違う、七分丈で1つボタンの黒ジャケットを着ている。
天使の輪がない代わりに、背中からパタパタ見えるソレは羽。
「おわっ! お久しぶりです、
間違いなく、美都の会社仲間だった。
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