22 マネキンとご対面

「あ、た、確かに! わわっ、何かすみません、その、イヤでしたよね」

「あ、いやいや、うん、別にその、うん、イヤとかではなく。いや、その、そういうことを言いたいんじゃなくて」


 しどろもどろになりながら釈明をし合うほど、より変なことになっていく。


 そして、急に会話が止まる。多弁から一転、恥ずかしさで口は容易に開けられず、とても話せない。


 白を基調とした、北欧のモデルルームのようなキレイな店内で、ボサノヴァのBGMがイヤに大きく聴こえた。


 と、静寂を破るSNSの通知バイブ。陽と朱夏と俺、3人のグループトーク。「ごめん」と言って画面を見るとそこには。



 よー:イチゴのあほあほあほあほあほあほあほ


 あやか:イッちゃんのアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ



 続けて大量に貼り付けられる、子パンダをビンタする親パンダのイラストスタンプ。

 お前ら、どっかで監視してやがんな……。


 よくよく耳をすませると、入口の席から聞こえてくる物騒な小声。


「反野、離せ! オレはヤツを狩らなきゃいけないんだ! 首から下は無くす!」

「気持ちは分かるけどマズイって!」

 目の前ではにかんでいる彼女には、幸い聞こえていないようだ。



「れ、連絡大丈夫でした?」

「あ、うん、友達から」

「そ、そですか……」


 また落ち着かない空間が訪れる。染まった頬を、熱を測るように手で覆う蜜ちゃん。


 そ、そんな仕草されると余計に緊張する!


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるね」

 絞り出すように口にしてから個室に籠り、観光中の美都に電話する。


「はい、株式会社花織神社、マーケティング部の桜です。既にお亡くなりになられた方は1を、これからお亡くなりになる予定の方は2を、プッシュしてください」

「暇人だなおい」


 ああ、でもこの下らないやりとりのおかげで気が解れる。


「今話しても大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 通話口からバリバリと音が聞こえる。浅草で食べ歩き用の煎餅でも買ったな。


「ダメだ、魔法の3点セットの2つ目までやったけど、3つ目まで体がもつ気がしない」


 緊張がひどいし、何より兄貴に殴殺されそうな気もする。


「今日の会議で、魔法のキャンセル審議したんだろ? 承認されたのかよ」

「いや、さっき確認の電話入れてみたんですけど、会社のマスコットキャラのデザインについて揉めてまして、そこまで議論が進んでないみたいなんですよね」

「………………」


 もう天使自体が十分マスコットな気がするけど。


「ってことは、キャンセルは間に合いそうにないな」

「そうですね、通常の申請外の対応は基本的に会議での決定方針を各部門に通達してから動くことになるので――」

「魔法は会議室で起きてるんじゃない、下界で起きてるんだ!」

 この台詞、前に思い付いてから一度言ってみたかった。



「はあ、分かった、なんとか耐えるよ……」

「はい。今回は諦めて、イケナイ恋愛を楽しんで下さい」

「うっさい」

 電話を切ってテーブルへ戻る。蜜ちゃんも大分落ち着いたようだ。


「よし、せっかくだから、モール見て回ろっか」

「はい、私洋服見たいです!」

 元気にニコッと笑う彼女に、鼓動は速く大きく、俺の胸を内側からノックした。



 照りつける日差しから逃げるように、レストランエリアからペデストリアンデッキを抜けて、アパレルショップが立ち並ぶエリアへ向かう。

 一緒に洋服を見る俺達は多分、傍から見たら完全な年の差カップル。



「吾妻さん、これどうですか?」

 デニムシャツを体に当てる蜜ちゃん。


「うーん。どっちかっていうと、こういう服の方が似合ってるかも」

 円形のハンガーラックを周り、かなり丈の長いホワイトシャツをハンガーごと外す。


「ほら、これならTシャツの上にも着られるから夏でも――」


 後ろに一歩進んで振り返る。すると。


「着ら、れ――」


 依頼した魔法、最後の1つ。

 本当に予期せぬタイミングで、それは現実になった。


「あ…………」

 服を見ようと一歩前に詰めていた彼女の顔が、もう鼻先15センチのところまで近づいていた。


「ふ…………」

「う………………」


 時が止まったように、お互い一音だけ発する。



 こんな異常な距離、さっきのレストランみたいに狼狽しながら飛び退けば良い。

 でも、体の引力がどうかしていて、ここに留まることをやめてくれない。




 な、なんだこれ。あんまり見ちゃダメだ。どんどん可愛く思えてくる。


 いいのか? 向こうも動かないってことはそんなにイヤじゃないってことか?


 これはアレか、神様の思し召しか! 「押せ! 押すんだ!」ってことなのか! 確かに神様のおかげなんだけど!


 いやいや、俺には久瀬さんがいるじゃないか! 落ち着け落ち着け!


 でも、でも視線が! 視界が貼り付いて動かない! 蜜ちゃん、俺は、俺は……!




「あの、吾妻、さん、その……」

「お、おう、えっと……」


 途切れ途切れに言葉を発する彼女と俺。吐息がかかる距離の中で、お互いの次の一言を待つ。



 その時だった。


 ゴンッ!


いてっ!」


 急におでこを襲う痛み。そして。


「うおっ!」

 蜜ちゃんの顔が急にのっぺらぼーに! 何だ! 今度は何の魔法なんだ!


「って、マネキン!」

 俺のおでこをかすめた、夏服を纏ったクリーム色のマネキンが、俺と蜜ちゃんの間に顔を出していた。


「はーい! 終わり! 今日のおでかけは終わりでーす!」

「……陽かよ」

「お兄ちゃん!」


 大型の銃を構えるかのようにマネキンを脇に抱えている陽。


「そうです、終わりです!」

 後ろから朱夏も宣誓のように右手を上げながら登場する。


「いやあ、偶然だなあ、蜜。こんなところで会うとは」

「お兄ちゃん! 後つけてきたでしょ」

「そんなことないぞ。たまたまだ、たまたま」

 たまたまマネキンを持つなんてことあってたまるか!


「もう、お兄ちゃんたら。そんなに心配することないのに」

「いいや、心配だ。お前がイチゴに何かされるんじゃないかと思うと心が軋む」

「そうそう、イッちゃんならしかねない」

「吾妻さんがそんなことするわけないでしょ!」

 もうっ、とポカポカ陽を殴る。なぜお前らは俺を犯罪者にしたいんだ。



「とにかく、映画も見たし、もう帰るぞ」

 陽が手を引こうとすると、彼女はサッと手を引っ込める。

 そして、怒ってるせいか、紅潮した頬で俺をチラッと見た後、陽に向き直った。


「お兄ちゃん、いつまでも子ども扱いしないで! 私だってもうオトナだよ! き、気になる人だっているし!」

「なにいいいいいいいいいい!」


 ここがアパレルショップであることを完全に忘れた陽の絶叫が、店内の視線を一斉に集める。


「吾妻さん、今日はありがとうございました! あの……ま、また遊んでください!」

「え? あ、う、うん。じゃあね」


 走り去る蜜ちゃんに、戸惑いながらも手を振ってお別れ。

 店内に残ったのは、悲しみに打ちひしがれて倒れている陽と、それを見守る俺と朱夏。



「そんな……蜜が……蜜に気になる人が……」

「陽ちゃん、むしろほら、中学生で気になる人できない方がおかしいから……」

「そうだけど……そうだけどよ……」


 ゆっくり起き上がった陽が、俺の肩を掴む。半笑いで泣いている。死ぬほど怖い。


「イチゴ。これから、やけ食いだ。さっきのパスタを食おう。俺さっき食べてないしな」

「なんで俺まで!」

 俺はさっきいただきましたけど!


「イッちゃん、親友の頼みだよ、答えてあげなよ! アタシはパフェ食べるけど」

「お前だけ楽しそうだな!」

 俺もパフェがいい!


「さあイチゴ、一緒に涙味のしょっぱいパスタを食べようじゃないか。金は俺が出すから、2人前ずつ食べよう」

「そんな辛い暴食はごめんだ!」


「さあ、『救いがないノー・リデンプション』な宴の始まりだ……一緒にこの胸の中の虚無感を、パスタで満たそう……ピザ頼んでもいいからな……」

「イッちゃん、ファイトだ!」

「いやだああああああああああ!」


 こうして、両腕を押さえられ、さっきのお店に連行される吾妻一悟。



 相手を強く意識してしまう魔法、効き目がどうだったのかは分からないけど、とりあえず今回は俺の意識が半分無くなるまでパスタを詰め込む羽目になりました。

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