11 いざゆかん、青春の古本市
5月最終週の土曜。
気温は毎日上がっていて、まだまだ湿気混じりの空気とは無縁の道路を歩く。
古本市のスタートは10時。ここから3駅乗った明橋町の駅に9時半集合。
「そういえば、今週は一菜さん帰ってこなかったんですね」
「ああ、陸上の大会近いから練習あるんだってさ」
美都と話しながら駅まで歩く。
「一悟さん、集合時間のこんな前から行くなんて張り切ってますね! 早起きでしたし!」
「お前が起こしたから早起きになったんだろうが」
このままだと多分9時には集合場所に着きそうだな。
6時に美都に「もっかい行く予定の場所教えて下さい!」と叩き起こされ、寝惚け眼で説明してたらすっかり起きてしまった。
まあ、ちゃんと言っておかないと雨になっちゃうから仕方ないけど。
「ふわあ、イイ天気ですね、一悟さん」
トコトコ歩きながら、体を後ろに反らして両腕をグイーっと伸ばす美都。ジャケットがズレて、巫女服がバッチリ見える。
おおっ、あの穴は確か手を入れて襟を直すための
「美都さ、今日はみんなからどんな格好に見えてるんだ? 制服じゃないんだろ?」
「もちろんです。んっと、ちょっと待って下さいね、今お見せします」
バッグからパソコンを取り出し、歩きながら左手で持って、器用に右手で操作する。
「そんなにすぐ変えられるものなのか?」
「ええ、要はこの魔法の効果対象に一悟さんも含めれば良いってことですから。SNSのプロフィール公開範囲を変更するようなもんです」
そう言われると一気に魔法感が薄くなります。
「よし、30秒くらいしたら一悟さんにも見えるようになりますよ!」
そう叫んで間もなく、美都の体を霧のような煙が包み込む。煙がほわっと晴れると、美都はクルッと回って読モのスナップのようなポーズを決めた。
「ほい、これです!」
青・白・黒3色チェックの長袖に淡い青のデニム姿。神秘性を帯びる白色の髪とボーイッシュな格好のギャップが、可愛い顔立ちを更に可愛くみせる。
「おお、似合うな」
「ふふっ、ありがとうございます。髪はさすがに白のままですけどね」
すぐさま煙が姿を隠し、元の姿に戻った。ううむ、もうちょっと見たかったな。
「いいんですよ、みんなが知ってる天使ってのはこのカッコなんですから」
「いや違うと思う」
俺達の知ってるエンジェルは羽があるし巫女服もスーツジャケットも着てないやい。
「やあ、しかし快晴快晴。魔法バッチリですね!」
「ああ、ホント助かったよ、ありがとな」
「なあに、私の交渉術あっての成果ですよ」
自分の腕をポンポン叩く美都。まあ交渉術っていうか、飲み会開くって条件でOKもらっただけなんだろうけど。
「おっす」
「イッちゃん、ミッとん、2人揃っておっはよ!」
「陽さん、朱夏さん、おはようございます!」
「うっす。お前ら一緒の電車で来たのか」
集合場所。先に待っていた俺達のもとに陽と朱夏2人揃って走ってきた。
「ああ、一緒の電車で来た。イチゴ達は早かったんだな」
陽は白いポロシャツに黄色の七分袖カーディガン。180センチ近い背丈だと、こういうカッコが良く似合う。
俺も青いTシャツに水色のシャツと白っぽいパンツで、2人揃って少し早い夏の色合い。
「イッちゃん、そのTシャツ、似合うね! 新しいの買ったの?」
「ん、ああ、先月買ったんだ。朱夏のそのワンピースも初めて見るな」
水色のミニワンピースにグレーのショートパンツ。ワンピの中で苦しそうにしてる胸は、幼馴染とはいえ生唾ものだ。
「わはは、一昨日学校の帰りに買ったんだ。どう?」
「おう、似合うぞ」
変なヤツだけど、こういう女子っぽい格好はとっても朱夏に合ってる。
「ふふっ、そかそか! 良かった良かった!」
ニマーっと口を緩める朱夏。そんなに喜んでもらえると褒め甲斐がある。
「そういえばイッちゃん、陽ちゃん。電車乗りながら考えてたんだけど、網棚の網目をもう少し細かくしてさ、その上にうどん粉練った巨大な塊置いてグッて教えたら、座ってる乗客の頭と膝に細長いうどんが落ちてくるよね? どう、綺麗じゃない?」
「多分綺麗じゃない」
「分かったよ、もちろん着色料で好きな色つけていいから」
「色の問題じゃねえんだよ!」
もう金網でうどん作る時点で綺麗とかそういう次元じゃねえよ!
「あのな反野、確かに電車の中っていうシチュエーションは妄想が膨らむよ。オレも、蜜が電車でつり革に掴まってるのを想像すると、つり革になりたいって思う。オレに全力で掴まってくれ、その代わり蜜はオレに捕まって身動き取れなくなってくれてもいいぞ、って思うんだ。でもそれを差し引いても、反野の妄想はちょっとアブないと思うぞ」
「お前の愛情も大分アブないっての」
2人して朝から妄想飛ばし過ぎだ。
「さて、後は悠雨さんだけですね」
美都が腕時計をチラッと見る。集合時間ピッタリだ。
「みんな、おまたせ」
「あ、久瀬――」
声に振り返って、言葉を失くす。
「ごめんね、ちょっとお茶買ってたの」
黒いキャミソールに、白いブラウス。その上からベージュっぽいベスト、前は留めずに白と黒のコントラストが映える。そして下は少しフワッとしたネイビーのスカート。
…………眼福。その一言に尽きる!
「ユメちゃん、カワイイねそのカッコ! 本物のモデルさんみたい!」
「そんなことないって。朱ちゃんや美都ちゃんもかわいいよ」
「確かに! ミッとん、そのチェックの長袖かわいいぞコイツめ!」
「そ、そうですか、2人にそう言ってもらえると照れちゃいます」
いつの間にか久瀬さんの美都の呼び方が「美都ちゃん」になっている。うう、仲良くなってズルいぞ。
「よしイチゴ、出発するぞ」
「そ、そ、そうだな。よし、じゃ行こっか」
世界中の皆さん、これが久瀬悠雨さんです! 日本の宝です!
カワイイ! 犯罪的にカワイイ! 君の美しさは犯罪だ! 法に触れるレベルだ!
ああ、やっぱり魔法であんなことやこんなことしたいなあ! 承認おりないかなあ!
「それにしても晴れてよかったね、陽ちゃん」
古本市を示す矢印看板を見ながら、朱夏が口を開く。
駅から伸びる通りをまっすぐ。文房具屋、古い喫茶店なんかを横目に、ツツジが色づく花壇の隣を1列で行進。
「そうだな。でもいつ雨降るか分からないぞ。あっちの方、雨雲スゴいし」
陽が指差した空は、真上の空とは別の色。使いこんだ雑巾のように、うす暗いグレー。
「うっわ、ホントだ。そもそも今日雨の予報だったしね」
「急に降ってきたりしないといいけど」
少し困ったような表情を見せる久瀬さんに、心配ないですよ、と美都が微笑む。
「悠雨さん、今日はきっと晴れます。ね、一悟さん!」
「おう、大丈夫。俺達5人で祈って晴れにしようぜ」
あの雨雲はこっちへは来ない。今日の晴れ間は、俺が通るところに出来るのだ!
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