10 「晴れときどき雨」の生まれた理由
「美都、魔法を申請したいんだけど」
「
夕飯、里芋の煮っ転がしを詰め込みすぎて発声が曖昧になる。
「来週の土曜を晴れにしてほしいんだ」
「んぐっ……んぐっ」
こっちに「ちょっと待って」と言わんばかりに手のひらを向け、もう片方の手で胸をドンドン叩いて飲み込む。おい、袴に煮物落としたぞ。
「ふう、せっかくの里芋、急いで飲んじゃいました、台無しです」
一気に大量に食べる方が台無しだと思う。
「ほいで、天気のお願いですか。ははあ、古本市ですね」
「まあな。そういうこともお願いできるのか?」
「んー、基本的には自然界で決まるものですけど、この近辺のエリアなら多少は魔法で変更することができる、って感じです」
よし、それなら話は早いぞ!
「一悟さん、やっぱり天気に関するお願いって需要あるんですかね?」
「そりゃあるよ。友達と遊び行くときとか街でお祭りあるときとか、5日くらい前から天気予報チェックしてるもん。雪が降ったら積もってくれって思うし」
「そうですかあ、そうですよねえ。難しい魔法ですけど、みんな望んでますよねえ。ふう」
薄く溜息をつきつつ、コロッケを咥えながら手帳にメモを取る。
「そんなに難しいのか?」
「いや、その、天気を変えること自体はそんなに難しい魔法じゃないんです。ただ天気って、他にもお願いしてくる人が多いんですよね。遠足だから晴れにしてほしいとか、イベントが面倒だから雨で中止にしてほしいとか」
なるほど、同じ地域で晴れと雨を同時にお願いされても困るってことか。
「とりあえずご飯終わらせて申請書出しちゃいましょう」
残ったご飯とインスタントの味噌汁を掃除機のように吸い込み、食器を片づけて、いつものようにパソコンを取り出す。
「まあでも、花織神社の担当エリアはそんなに広くないので、毎回苦労するって感じではないですけどね」
「担当エリアって、他の神社と明確に線引きされてるのか?」
「いいえ。一部被ってるところもありますから、そこは神社間で調整ですね」
なるほどね、知らないところで色々苦労してるんだな。
「この辺りは秋に運動会やりますけど、あの時期はヤバいですよ。運動会やりたい子の晴れろってお願いと、運動嫌いな子の雨降れってお願いが、住宅地から一斉に聞こえてきます」
「確かに調整が大変そうだな」
「そういうときは、敢えて何もしないで自然界に任せるときもありますね。毎年神社に多額の寄付をくれるような上得意様がどっちかにいたら、そっちの願いをきくこともありますけど」
「寄付で変わるのかよ」
「魔法も意外とお金で買えるんですよ。あ、冷蔵庫からコーラ取って下さい」
なんか今すごいブラックジョークを放たれた気が。
「ったく。ほらよ」
「ありがとうございます! いやっほう、食後のコーラは最高だぜ!」
CMのように喉を鳴らして飲みつつ、申請フォームを開く美都。あれ、いつものフォームとちょっと違うな。
「普段の申請書じゃないのか?」
カチカチと自分の名前を打ちながら、後ろに立つ俺に返事する。
「はい、これは『天候魔法申請書』です。『魔法申請書』は一般的な魔法について使用するんですけど、天気の場合は天候部を通さないといけないので、こっちが必要になるんです」
「天候部? ちゃんと専門の部があるのか?」
「はい、そうなんです。大変ですよ、天候部は。一番キツい部かもしれません」
「ふうん、そうなのか」
「そうですよ! 天気ってみんな頻繁にお願いするうえに、評価がシビアなんです。いろんな事情で雨降らせたら、遠足前日にお参りしてくれた子から『神様のバカ!』って悪口言われますし。全員が満足する天気なんてないのにさっ。ええいっ腹立ってきた!」
申請フォームを送信しながら、缶コーラを飲んでゲップする。酔った人がクダ巻くのってこんな感じなんだろうな。
酔っ払いがコーラを飲み終えた頃、スマホがラッパ音を奏で、着信を告げた。
「お、ユウ君だ。天候部の天使ですよ」
画面を見せながら説明してくれる。
「お願いが被ってる時とか、連絡が来るんです。もしもし、ユウ君? そうそう、来週末晴れにしてほしいなあって。雨の希望者多いの? 結構いる? でも、ほら、この前飲み会で後輩紹介してあげたじゃん? ね、頼むよ、また飲み会開くから、ね?」
…………ノリ軽っ!
自然の摂理で決まった天気は、飲み会1つで書き換えられていくのか。
「そういえば、ミキが怒ってたよ。ユウ君、ダメだよデートであんなこと言っちゃ! あ、それから、この前なんでBBQ誘ってくれなかったのさ!」
冷凍庫から大福型の大きいアイスを取り出し、包装を破りながら、すっかり天気とベクトルの違う話を続ける美都。おいこら、久瀬さんとのデートが懸かってるんだよ、BBQなんかどうでもいいんだよ!
「……うん、了解! よろしくね、じゃねー」
電話を切って、アイスをはむっとくわえる。丸かった大福が半月になった。
「一悟さん、OKですって! 予報も雨みたいですし雨のお願いも多かったみたいですけど、場所や時間見て両立させるみたいなので」
「両立って?」
「ええ、一悟さんの行動予定に沿ってその場所だけ晴れさせる、って感じですね。いわゆる『晴れときどき雨』『晴れところにより雨』ってヤツです」
「アレそういうシステムで生まれてるの!」
必要は発明の母。
「ということで、あとで行動予定教えて下さい。晴れにする場所決めるので」
「分かった。ありがとな、これで久瀬さんとデートだ!」
「あ、このタイミングで言っちゃいますけど、一悟さん」
2歩前進してどアップになる美都。どわわっ、胸元の掛襟と襦袢が緩んでチラッと肌色が……!
理性で右に逸らしたはずの目を、不思議な引力が引き戻す。
「天使の勘ですけど、朱夏さんは一悟さんのこと好きだと思います」
「……はい?」
「今回のおでかけ、とっても嬉しがってましたよね? あれは一悟さんと一緒だからだと思います」
「いやいや、待て待て。あのな美都、そんなわけないだろ? 朱夏だぞ、朱夏」
スライドグラスとカバーグラスの密着感に興奮してるようなヤツなんだぞ。
「10年以上の付き合いだし、今さら幼馴染にどうこうないだろ」
「いーや、幼馴染だからこそ今の距離を保ってるのかもしれませんよ。まあ、とはいえ一悟さんは悠雨さんに夢中なんでしょうけど、天使の勘は当たりますからね、覚悟しといて下さい!」
「何の覚悟だよ」
朱夏が俺を? そんなバカな。幼稚園から一緒にいて、ありがちな「お嫁さんになる宣言」すらされたことのないのに?
ないない。アイツはずっと変わらず、どこかズレた感性の親友だ。
「あ、一悟さん。今日のコロッケのレシート下さいね」
「ああ、昨日のも渡してなかったな。まとめて渡すよ」
おかずが足りなくてで買い足した惣菜のお金は、美都の生活費の一部として会社の経費で落ちるらしい。
ううむ、つくづく人間社会みたいんだな天界って。
「さて、デザートデザート」
冷凍庫から大福型の大きいアイスを取り出し、包装を破って、はむっとくわえる。丸かった大福が半月になった。
………………あん?
「ときに美都さん、お前さっきも同じアイス食べませんでしたっけ?」
「一悟さん、ロクな証拠もないくせに適当な疑いをかけて糾弾していくから冤罪が生まれるんですよ」
「俺は見てたんだよ!」
バッチリ証拠あるだろ!
「残った半分だけでいいから俺のアイス返せ」
「いいえ、口をつけたので、これは私のものになります」
「そんなルールはない」
「いいえ、口に出すと、それがルールになります」
「ずいぶんな暴政だなおい!」
お前どんだけ偉いんだよ。
「とにかく返しませんから。魔法申請の手間賃です」
パソコン画面を見つつ、俺に背を向ける。
「そもそも何でも申請して下さいって言ってたのはお前だろ。よこせよこせ、うりゃっ!」
後ろから手を伸ばし、アイスを掴んだ。
ふにゅっ。
「ひゃうっ!」
甲高い声をあげる美都。
「ほら、叫んでもムダだぞ。俺にも一口よこせ。ったく、こんなに溶かして」
俺はアイスは溶けてない方が好きなのに、もうこんなにぷよぷよになってるじゃないか。
「あ、あうう、一悟さん、やめ、やめてくりゃさい……」
「ダメだ、俺だって食べたいんだぞこれ!」
しっかし、ホントに溶けてるな。天使って体温高いのか? なんかマシュマロみたいになって…………マシュマロ?
「い、一悟さん、それ、あうっ、ア、アイスじゃ……」
「…………へ?」
後ろから見ても真っ赤なのが分かる美都を覗きこむと、手はアイスの横、美都の胸をがっしり掴んで動かしてた。
「がああああっ! ご、ごごごごごめんっ!」
ゴキブリレベルの速さで後退する。
う、うわわわわわわ、おお落ち着け落ち着け、ああああんな柔らかいのか。
そうだ、巫女服着るときって下着つけないこともあるって昔本で読んだような……じゃあひょっとして今、服越しに生の胸を……いや、そんな情報思い出してどうする!
「いいいい一悟さん、なんてことするんですかっ!」
涙目で振り向く美都。
「もうっ! もうっ!」
輪っかに手をかけ、頭から外す。
マズい、あれ刃物みたいに切れるんだった。
古代インドでそんな投擲武器あったなあ、チャクラムだっけ。
「出でよっ!」
「は?」
美都のかけ声で、輪っかの周りから何本もの鋭いトゲがザクザクっと生えた。
「よし!」
「よしじゃねえ!」
なんでその魔法は申請要らずなんだよ!
「これなら仕留められますっ!」
「いや、仕留めるなよっ!」
天使の輪は幸福と平和の象徴じゃないのか!
「いっけえええ!」
「バカバカ、やめろ美都っ! ごめん、ごめんってば!」
輪っかが俺の上を掠めて髪を数本ハラッと切り落とすまで、2秒もかからなかった。
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