9 転校と天候と
「暑い、なんでこんな暑いんだ一悟。まだ5月なのに暑すぎないか。鬼のように暑い」
「暑い暑い連呼するな、余計暑くなる。あと『鬼って暑いのかよ』ってツッコみたくなるから鬼を比喩に使うのはやめろ」
始業前にグデーッと机に伸びながら、後ろの席の谷本と中身のない会話。
珠希祭に期待を膨らませながら部活に打ち込む日々。気付けば5月も中旬を華麗に通過しようとしている。
「ったく、一時間目から英語小テストなんてしんどいな。一悟、勉強してきたか?」
「構文30本も丸暗記できるわけないだろ。小倉先生も鬼だな。鬼のように鬼だ」
分厚い構文集でバッサバッサと仰ぎながら2人で愚痴りあう。
ホントに暑いけど美都は今日もカフェかな。あ、でも「飽きたから違うところ行きます」とか言ってたからファミレスかな。
「今日から急遽転校生が来ることになったぞ。入れ」
ショートホームルームで電撃発表する担任。
ああ、なんかこういうシーン知ってる。漫画でも小説でも映画でもドラマでもアニメでも、この世界より1つ次元の低いあらゆるメディアで見たことある。
予感を焦らすように少し間をおいて、教室に入ってくる美少女。
他の人にはきっと魔法で制服に見えているその格好は、神に仕えし白装束・緋袴・グレージャケット。
「吾妻一悟さんの親戚の桜美都です。しばらくの間、一悟さんと一緒に住むことになったので、このクラスにお世話になります。よろしくお願いします!」
ニコッと元気に挨拶する美都に、ザワつく教室、呆然とする俺。
後ろの谷本がせわしなく叩く衝撃が、ダダダンと鬼のような高速で肩に響いた。
***
「朱夏さん、こんにちはー!」
「お、ミッとん今日も元気だね!」
「もちろんです、文芸部楽しいですから!」
藍色のブックカバーをかけた本を鞄から取り出し、美都がニコーッと顔を綻ばせる。
「イチゴ、ホントに桜と2人暮らしなのか? 一つ屋根の下で寝てて何にもないのか? 天使みたいな子なのに!」
「何にもないっての」
陽、その比喩はやめてくれ。比喩になってないから。
美都が珠希に入学し、魔法で一緒のクラスになって一週間。
「美都さん、これは一体どういうことでしょうか」
「はい、もっとしっかり一悟さんに張り付いてリサーチしようと思いまして! 転校の許可や制服はもちろん魔法でカバーです!」
僅か1往復の会話で無理やり納得させられた。
いきなりこんな美人がクラスに来て、同棲発言。「イケナイ関係だ」と散々クラスで噂され、さらに悪い予感の通り文芸部に入って、今度は陽や朱夏から質問攻めにあった。
「イッちゃん、ふしだらだよ! どうせ夜な夜なミッとんの首筋にマジックで『ペリカン』とか書いてハアハアしてるんでしょ!」
「お前の中でペリカンは何なんだよ」
相変わらずどこに興奮していいのかサッパリ分からん。すっかりアダ名ミッとんで定着してるし。
「イチゴ、オレだって蜜に『ペリカン』って書いてみたいぞ!」
「だからお前らにとってペリカンって何なんだ!」
何、俺の知らない隠語か何かなの? 逆に怖いんですけど。
「桜も何か文章書くのか? 『ラン・ドッグ』に出すんだろ?」
「はい、考えときます! 陽さんは何書くんですか?」
「妹の成長日記を書こうと思ってる」
「アタシは『味噌汁に4センチの女の子が溺れる』っていう萌えを描写するよ!」
「お2人ともステキですね!」
「美都、ツッコんでいいんだぞ」
こうして、さらっと文芸部に溶け込んでいる美都。
「ところで美都、牛乳って残ってたっけ?」
「いえ、パックに半分しか残ってなかったんで、昨日全部飲んじゃいました」
「あれ1ℓだからな。その感覚はおかしいからな」
500ml一気飲みするなよ。
「じゃあ買って帰るか」
「はーい」
「……イッちゃんはホントにミッとん一緒に住んでるんだ」
「ん、ま、まあな、親戚だし」
「…………うりゃ!」
「イテッ!」
突然朱夏に頭をゴンッと叩かれる。
「何だってんだ急に」
「別に。ふしだらだからお仕置きだ!」
「だから何にもしてないっての」
ったく、どうしたんだよ……。
「桜さん、その本なあに?」
「あ、悠雨さん! んっと、結構前のベストセラーですけど『悪魔になりたかった女』です」
お前天使じゃん! どんな天界ギャグだよ!
「海外小説か。私も何冊か持ってるから、良かったら貸すからね」
「わあい! 悠雨さん、ありがとうございます!」
まあ、美都も正体隠せてるし、みんな受け入れてくれてるから良しとしよう。
「あ、そうだ」
部活も終わりに近づいたとき、陽が急に声をあげる。
「今週の土曜なんだけどさ、オレ達5人で、
制服のポケットから、四つ折りにしたビラを取り出した。
「古本市か、そういえば去年もやってたな。ポスター見た気がする」
明橋町は、ここから電車でそう遠くないところにある。
「うん、結構大規模な古本市でさ、あの町の古本屋はほとんど参加するみたいだし、一般の人から寄贈された本も売りに出されるらしいよ」
「へえ、そんな大きいのか。陽ちゃん、去年行ったの?」
文庫本に紺色の栞を挟みながら、朱夏が陽を見る。
「うん、行った。売り方が結構面白くてさ。各古本屋が売る本を出し合って、『ミステリー』『図鑑』『鉄道』って感じでテーマ毎に分けて売ってるんだ」
「おおっ、面白そう!」
「ミステリーのコーナー覗きたいな。名前も知らない名探偵の作品かいっぱいありそう」
「だろ? 久瀬も気に入ると思うぞ」
ノートパソコンをカチッと閉じて、久瀬さんも話に入ってきた。確かにテーマ別に本を探せるって面白そうだな。
「よし、じゃあ土曜日決定! ミッとん、楽しみだね!」
「はい、楽しみです!」
腕をグンと突き上げる朱夏に、本を閉じて喜ぶ美都。
「そういえばイッちゃん、文芸部のメンバーで休日出かけるの初めてだね!」
ビラの日付を見ながら、朱夏が俺の腕を嬉しそうにトントンと叩く。
「そういや確かに初めてだな」
朱夏や陽とはよく出かけてたけど久瀬さんとは――久瀬さん!
がわっ、ほわっ、これ、ひょっとして、ひょっとして、なんちゃって休日デート?
久瀬さんと出かけるの? 私服の久瀬さんと町に行って、一緒に歩いて、本見て、ご飯食べたりするの!
これは残念ながら行くしかない! 万障お繰り合わせのうえ行かざるを得ない!
「一悟さん、どうしました? 顔、ニヤけてますよ」
「うはは、そうか? いやいや、部活のみんなで休日遊べるなんて楽しみでさ! それに良い本にも巡り合えるかもしれないし! 幸せだよ、うへへへ」
久瀬さんの私服も見られるしね! 私服で至福だね!
「うはは、イッちゃんも楽しそうだな」
朱夏が顔を文庫本で押さえて笑う。お前も大分楽しそうだな。
「小雨決行、荒天中止かあ。雨ちょっと怖いわね。もうすぐ梅雨だし」
「天気予報は、と……降水確率30%かあ、微妙だなあ。ううん、晴れてほしいなあ」
久瀬さんと朱夏が、スマホから窓の外に視線を移す。不安を煽ってからかうように、意地悪な天が空に雲をまき散らしていた。
「ああ、大丈夫だといいな。とりあえず晴れるように祈ろうぜ」
俺も神様に、いや、天使様に祈っておくぞ。
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