8 その輪っか、鋭利につき

「さすがに足りなくなるねえ」


 美都が来てから賑やかにはなったけど、この食いしん坊のせいで絶望的におかずの量が間に合ってない。もともと俺1人分のおかずを2人で分けてるから、当然といえば当然だけど。

 で、今日のメンチみたいに惣菜を買ってきて、おかずの足しにしているわけで。



「そういえば美都、お前、俺が学校にいる間はどこにいたんだ?」

「近くのカフェでレポートまとめてました」

「レポート?」

「昨日からのマーケティングリサーチの成果は、レポート形式で会社に提出するんです。まあ、まだ経緯の部分だけしか書けないですけど」


 椅子に座って足をブラブラさせながら、あむっとメンチをかじる。

 身長が150ちょっとだから、この高い椅子だと足が床に届かないらしい。172の俺だと気付かなかったことだな。


「まあ、毎日同じカフェも飽きたんで、そろそろ違うところに行ってみようかと」

「そっかそっか。まあ飽きるよな」

「ええ。あ、そうそう、レポートの他に、一悟さんのことをより詳細に調べてました。文芸部では毎年珠希祭で文芸誌出してるんですね!」


 煮物のお椀を空にしながら言う美都。さすが天界、そんな細かい情報まで分かるんだな。


「一悟さん、本が好きなんですね」

「うん、それもある。昔から親いないこと多くて、暇なときによく読書してたんだ」

「なるほど、それで陸上部辞めて文芸部に――」


 言いかけて、慌てて口を閉じる。言わない方が良いと思ったんだろう。

 そんな美都を箸で差して笑ってあげた。


「気にしなくていいっての。確かに中学のときはそうだったな。珠希で文芸部入ったのは、中学の時に珠希祭に来て『ラン・ドッグ』読んだのも大きいかもな。すっごく面白い小説も載ってたし、ベストセラー小説の書評とかもあったしさ。印刷会社に依頼して雑誌発行するとか、青春っぽくていいだろ?」

「ほへえ、なるほど。いいですねそういう青春! 私は高校行ってないので、そういうの羨ましいです」


 そっか、中学出たらすぐ神社で働くんだもんな。


「あ、でも楽しくやってますからね私。気にしないで下さい。ご飯もこんなにおいしいし!」



 ガッツポーズを取りながら煮物をかきこむ。美味そうに食べるな……ん?


「美都、なんで空っぽだったお前のお椀に、また煮物が入ってるんだ?」

「魔法です」


「なんで俺のお椀から煮物が無くなってるんだ?」

「魔法です」

「ウソをつくな!」

 こっそり奪うなよ! 食い意地張りすぎだろ!



「ったく。なんで魔法で俺が不幸にならなきゃいけないんだよ」

「確かに。幸せになる魔法がモットーですからね」

「あ、それ。幸せってことはさ、テレビや雑誌で良く見る、奇跡の生還みたいな出来事も天使の仕業なの?」

「いえ、ああいうのは大体ホントの奇跡です。神様は基本的に申請を受けてから魔法を生産しますからね、事故現場の救出とかは間に合いません」


 なるほどね。魔法が絡まない本当の幸運っていうのも、存在してるんだな。




「あ、そうだ、ちょっと魔法お願いしたいんだけどいいかな。煮物の分、頑張ってくれよ」

「はい、何でしょう? 今度は何を透視しますか?」

「透視はもうしない!」

 あんなドタバタはもうたくさんだ!


「えっとね、お金を録画用のブルーレイディスクと交換してほしいんだ」

「交換……ですか?」

「うん。20分後にテレビでやる映画録りたいんだけど、ディスクの買い置きがなくてさ。で、タダに手に入れるなんて犯罪チックな魔法じゃなくていいから、お金とディスク交換してほしいんだ」


 そう言ってテーブルにお札を乗せる。これがディスクとお釣りに変われば言うことなし。

 コンビニでも買えるけど結構遠いし、こういうときのための魔法だよな。



「お安い御用です! ちなみに一悟さん、恋愛以外の魔法の参考として聞いておきたいんですけど、『欲しかったものが急に魔法で机の上に置かれてる』って魔法はウケますかね?」

 ジャケットの胸ポケットから手帳を取り出しメモし始める美都。仕事熱心だな。


「んん……勝手に置かれてたらむしろ怪しむと思うぞ。それよりは欲しかったものが値下げしてた、とかの方が現実的で嬉しい気がする」

「なるほど! そうすれば『花織神社に欲しいって祈ったら安くなってた! 神様ありがとう!』ってことになるかもですね!」

 コクコク頷きながらハイテンションに話し続ける。



「さて、ディスクとお金の交換でしたね、お任せ下さい。『魔法申請書』は、と……」

 首をずいっと前に出しながら入力し、タンッと軽快にエンターキーを押す。


「よし、これで大丈夫です」

「こんな遅い時間でも課長や部長っているのか?」

「ええ、緊急の魔法申請もあるんで、結構遅くまでいます」



 しばらくすると、ポンッという音。返信が来たらしい。


「どうだ、承認されたか?」


 ちょっと楽しみだな。さっきのメンチカツみたいに、お札がディスクに一瞬で変わるんだろうな。正にハリウッドで見る魔法の世界!


「あ、すみません一悟さん。申請日の日付、間違って書いちゃいました。再提出です」

「……日付くらい向こうで修正してくれないのか?」

「ダメですよ、最近は天界もコンプライアンスにうるさいので、融通きかないんです」

 規則が厳しいってことか。ホント、人間界と似たようなもんなんだな。



 再提出して数分後、また軽快な音が鳴る。


「課長、返信早……ほわっ! 申請者の社員番号、間違ってました。再提出です」

「お前おっちょこちょいすぎるだろ!」

 あと10分で映画始まるんですけど!


「よっし、課長の承認おりました。あとは部長の承認さえおりれば!」

 よし、早く承認するんだ。そして俺に魔法を見せてくれ!


「あ、部長から自動返信メッセージです。『今から本部長と飲み会なので、明日承認します』ですって」

「間に合わないだろそれじゃ!」

「いやあ、そういえば飲み会とか言ってましたね、しまったしまった」


 わざとらしく自分の頭をコツンと叩く美都。お前絶対この状況楽しんでるだろ。



「あ、課長からメールです。『近くのコンビニにディスクが売ってるようなので、それ買って下さい』」

「結局それかよ!」


 慌てて玄関まで走り、家族写真横の小箱から自転車の鍵を取って、ドアを開ける。


 まったくもう。魔法が使える権利はあるのに、ちっとも思い通りに行使できてないぞ!

 Tシャツのお腹を風で膨らませ、溜息をつきながらペダルを漕いだ。






「はあ、はあ、なんとか間に合った……」


 息を整えつつ、ディスクをレコーダーにセットし、予約完了。

 結局割高で買ったうえにムダに体力使ったじゃないか……。


「っと、手洗わないと」


 そういえば美都がいない。シャワーの音は聞こえないけど、洗面所にでもいるのかな? 服でも脱いでたらマズいな。


「美都、美都、いるのか? おーい」


 引き戸の前で呼びかけるも反応なし。なんだ、2階にでも行ったのかな。


「あとは宿題済ませて――」


 ガラッと引き戸を開けるとアラ不思議。


 目の前に、下半身は下着、今にも襦袢を脱ごうとしていた美都がいた。



「ふひゃああああああ! い、いいいい一悟さん!」

「ぐおっ! いや、あの、お前、わははは。ほら、その、返事しないし、わはははははは」


 しどろもどろ。色々な何かを色々ごまかすために、とりあえず笑う。


「ご、ごごごごめん美都!」


 と言いながら、目線はつい胸に。


 うおおおお、胸おっきい!

 巫女服がタイトだから普段は分からないけど、かなり着やせするタイプなんだな……。



「一悟さん、どこ見てるんですか!」

「あ、すみませ――」


 涙目の美都が、頬を膨らませながら、輪っかを手に持って構えた。


 え、投げるの。っていうか投げられるの、それ。


「えいっ!」

 俺の横を通り過ぎたその輪っかは、リビングの壁にザクッと突き刺さった。


「…………へ?」

 …………あれの外側って……刃物?


「戻れっ!」

 俺の恐ろしい想像を余所に、輪っかはシュルシュルと美都の手に戻った。



「いや、あのう、美都さん、誤解です。ね、その、話し合おう、ね?」

「もう……もう……一悟さんのバカーッ!」

「ごめんなさいってば!」



 美都が来た後も俺の生活は変化してないような気がしてたけど、変わったこと、あったあった。


 お色気シーン目撃のチャンスと、その後の惨劇だ。

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