3 復活は君たちの仕業

「魔法の内容を決めるからには、細かく、具体的にしなきゃいけません。好きな人と席替えで隣になる魔法とか」

「なるほどね。でもさ、それなら始めから両想いになる魔法を作ればいいじゃないか」


 あそこにお祈りしたら告白成功した、なんて話になれば、一気に大人気になるだろうし。


「いやいや、そんな簡単な話でもないんですよ」


 フハーッと深い溜息をつく美都。


「そもそも若い人はお参りに行くことが少ないじゃないですか。そういう人がいきなり両想いになって、神様の存在を信じると思いますか? 始めから両想いだった、って誤解して終わりです」

「そうかもしれないな」


「むしろ、班分けで一緒になったり、近くの図書館でバッタリ会ったり、そういう偶然が重なった方が『もっと距離を近づけてください』って神様に祈ると思うんです」

「うん、確かに」


 ちょっとずつ小出しにされると、より多くを願ってしまう。うん、心理を上手くついた作戦だ。


「それに、相手が好きでなかったら両想いは難しいです。なかなか承認がおりなくて」

「承認?」


「魔法には申請が必要ですから、そこには当然課長や部長の承認が必要になります。片方が大して好きでもないのに両想いにするっていうのは、感情を書き換えるってことですよね? そうすると『倫理的規範に反する』みたいな理由で却下されるんです。ちょっとずつ距離を縮めて両想いになるような魔法にしろって」

「へえ、そんな仕組みなのか」


 大変ですよう、と目線を下げる美都を前に、納得して頷く。魔法をかけられた本人は気付かないのかもしれないけど、勝手に感情が曲げられてたらイヤだもんなあ。



 それにしても、魔法って杖振ったら勝手に出てくるもんだと思ってたけど、申請書にハンコもらってるなんて。ホントに会社なんだな……。



「世界中の天界を見ても、難しい魔法や秩序に反する魔法ほど承認が大変なんです。明確な理由がないといけません。例えば人を生き返らせるなんて、過去何千年と歴史があるなかで、『救世主だから』って理由で承認されたキリストくらいです」

「アレ天使がやったの!」

 教徒が聞いたら発狂するぞそんな話。


「というわけで陽咲に勝つ魔法を探すべく、しばらく一悟さんを対象にどんな魔法が求められているのかリサーチすることになりました」

「あのさ、美都。なんで俺なの? 他にも若い人なら町内にいっぱいいると思うけど」


 ランダムで選ばれたのかな。


「はい、弊社のマーケティング部も、しっかり候補者探しをしています」

 美都は、手帳を右に捲りながら話した。


「一悟さんのご両親、あちこち出張が多くて滅多に帰ってきませんよね? それにお姉さんの吾妻一菜いちなさんも平日は一人暮らしみたいですし。、バレるリスクが低い人の方が良いんです。高校生男子が一番即物的で俗物的な願い事をするだろう、という予想もありましたし」

「そんな予想するなよ」


 まあ当たってると思うけど……って、待て待て待て待て!


「い、今、一緒に住むって言ったか」


 緊張と興奮入り混じる俺の質問に、「はい!」とイノセントに微笑む美都。


「朝から晩まで見ていないと本当の欲求は見えてきませんから。というわけで今日からお世話になろうかと思います」


 な、何だこの展開。天使みたいな女の子なんて騒ぎじゃない、天使の女子と一緒に住むなんて!


「いや、その、どうだろう、いきなり一緒に住むとか……」

「私、天界では1人暮らしなんで、家事は一通りできます。まあ料理については一菜さんが週末にまとめて作ってるみたいですから、心配ないと思いますけど」


「どのくらいいる気なんだよ」

「そうですね。具体的には、ある程度なんとなく成果が出るまでですね」

「具体性のカケラもない!」

 成果が出るまで居候じゃん!


「まあまあ一悟さん。ほぼ一人暮らしですもん、寂しいですよね? 少しくらい家が賑やかになるのもいいんじゃないですか? ね?」

「……まあ、そうかもしれないけど……」


 ううん、天使に日常を覗かれるのはアレだけど、確かに退屈はしなそうだ。

 半信半疑だけど、魔法にも興味がある。



 でも。だけど。確認しておきたいことが。



「なあ美都、一つ聞いていいか」

「はい、何でしょうか」


「幸運を作ってるってことだよな? この町の人達に起こった幸運の幾つかは、美都達が魔法で作ったってことだよな?」

「そうですね。もちろん私達が絡まない純粋な幸運もありますけど」


 だとしたら。そうだとしたら。


「俺の姉貴に、イチ姉にも天界が魔法かけたのか?」



 イチ姉、吾妻あがつま一菜いちな。二卵性双生児でそこそこ顔が似ている俺達だけど、今の進路は大きく異なる。


 小学校5年生のとき、揃って運動の得意だった俺達は、一緒に陸上長距離の地区大会に出た。イチ姉はそこで自己ベストの大会記録を出し、見事優勝。同じ場所で行われていた中学校大会に来ていた、進学予定の中学の陸上部顧問に名前を覚えてもらった。



「えっと……一菜さんも一悟さんと同じ中学に進んだんですよね?」

「ああ、進んだよ。一緒に陸上部に入った。でも、入部当時からスター扱いされていたイチ姉と比較されるのが窮屈で、途中で文芸部に移ったんだ。本は好きだったしな、親不在のときも多かったから」



 一方のイチ姉はといえば、陸上の成績も上々。そして1年の文化祭、彼女はクラスの劇で、脚本と演出を担当することになった。劇は大成功、来場者投票の結果、最優秀企画に選ばれ、イチ姉は学校でもスターになった。



「んで、2年ではその人気のまま推薦を受けて生徒会役員」

「ん……順風満帆ですね」



 そしてイチ姉は陸上の強豪私立、澄吉すみよし高校に推薦で入学。

 ここからは都合の良い交通機関はなく、自転車で1時間以上かかるので、学校の寮で平日だけ1人暮らしをしている。




「イチ姉が今みたいに成功しているのは、実力だけじゃなくて運もあったからだって思ってる。小学校の地区大会も、劇の脚本も。それは、ひょっとして美都達がやったことなのかなって」


「そ、そうですね……魔法申請書のデータは5年間しか保存義務がないので、一悟さん達が小学校5年生のときのデータが残ってるか分かりません。それに、エリアが重複してる陽咲神社とかが魔法をかけてる可能性もあります。なので、確実な回答は出せないと思いますけど……」



 少し怖がってるような美都の表情に、自分の顔が強張っているのを知る。ちょっと苦笑いして、細く息を吐いた。



「ああ、ごめんね。別に責めてるわけじゃないんだ。そりゃあ羨ましいと思ったことがないって言ったら嘘になるけど、別に俺が不運になったわけでもないし、今の高校生活もこれはこれで気に入ってるしね」


 コクコクと、何度も頷く美都。


「でも、やっぱり双子の片方だけにそんな幸運を振りかざしてたなら、残酷だなって思うね。そんな意地悪なことするなよ、って」

「そう、ですよね……」


 しゅんとしぼむ美都。何を言おうか迷っているのが、一点に定まらない目線で分かる。



「あの、一悟さん、調べましょうか……?」

「ん、まあいいや。気が向いて、やることないくらい暇になったら調べてよ。知ってどうにかなるもんでもないし」



 久しぶりに胸に巣食った憂鬱を笑顔で追い払う。そうそう、俺だってそれなりに幸せだ。



「っつーわけで、大して広い家じゃないけど、改めてよろしくな、美都」


 手を差し出すと、美都は「大丈夫です」とニンマリ笑って握手してくれた。



「よろしくお願いしますね、一悟さん!」

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