2 「我が社」の社って何ですか?

「株式会社、花織はなおり神社……」


 名刺を見ながら脳内に芽吹くクエスチョンを収穫する。


 右下に印刷された、クローバーを変形させたようなマーク。会社のロゴかな。袴に描かれているのと同じマークだ。



「花織って、あそこだよね? 商店街の奥の」

 ここから自転車で20分くらいの比較的大きい神社。多分うちから一番近い。


「そうですそうです、あそこの神社です。あそこに勤めて、この辺りのエリアに幸運をもらたしてします。といっても、普段は私も天界にいますけどね」


 言いながら、輪っかを皿回しのようにクルクルと回す。あ、それ回せるんですか。


「どうでしょう一悟さん、質問は終わりですか?」

「いや、逆に増えてるけど」

「そうですか? 私、ほぼ出し切ってカラカラに乾いてる感じですけど」

「まだ水浸しだっての」

 分かんないことだらけだよっ



「つまり、その、天界に美都の会社があるってこと?」

「はい、職場は天界のオフィス街にあります。だからこのカッコなんですよ」


 なるほど、神社の会社だから巫女服でスーツなのか、納得し……きれない!


「あのう、美都様、お手数ですが、さらに質問を重ねてもよろしいでしょうか」

「うむ、いいぞ。何でも聞きなさい」

 ノリの良い天使だな。



「会社ってことは売上とか出してるの?」

「もちろん! 会社ですから売上も利益も出しますよ。私達の給料がかかってますからね」

 胸をドンと張る美都。


「でもどうやってお金なんか集めるんだ?」

「そりゃあ、人間に魔法かけてるんですから、人間からもらわないとですよ」


 人間から会社にお金? ん、待て待て、人間から神社にお金ってことか?


「なあ、その売上ってひょっとして……」

「お賽銭や奉納金、御守の売上代とかですね。神社から少し頂く魔法かけてます」

「やっぱりか!」

 すごいシステムが構築されている!



「あ、いや、泥棒じゃないですよ? 私達の魔法のおかげで、『ご利益がある』って有名になって人が来てるんですから、その対価です」

「まあ、そりゃそうだけど……」

 もっと天使って「無償の愛をあげましょう」みたいな感じじゃないの。



「ちなみに神社の神主さんは君たちのこと知ってるの?」

「一悟さん、私達は天使なんですよ、知られてるわけないじゃないですか」

「いや、全然天使に見えないもんでつい」


「まったく、巫女服にジャケットっていったら天使スタイルの定番じゃないですか」

 こっちの知らない常識を披露しつつ、美都は鞄から、花織神社のパンフレットを取り出した。



「で、我が社ではもともと、病気治癒の魔法に力を入れていました」

 我が社って。その社は神社の社なの、会社の社なの。


「特に交通安全は他社の追随を許しません」

「待て待て、他社ってなんだ他社って」

「他の神社です」


 少し暑くなってきたのか、スーツの袖をちょっと捲り、美都はカバンを漁りながら話を続けた。


陽咲ひさき神社、知ってます?」

「ああ、うん。隣町にあるヤツだろ。初詣に車でよく行くよ」

「そう! そうなんです!」


 急に熱を帯びて、前屈みになる美都。顔のアップ。

 ……か、かわいい。


 天使とはいえ、魔法使いとはいえ、見た目はほぼ人間。

 柔らかそうなほっぺに少し高い鼻。怒っても怖くないその目は、白と黒がはっきり分かれたキレイな色合い。普段テレビとネットでしか見られないような顔立ち。


 ううん、こんなかわいい子、人間界にも滅多にいないぞ。



「ほら、これです!」

「ごわっ!」


 赤くなった顔を押さえながら目を逸らしていると、美都は俺の顔に陽咲神社のパンフレットを押しつけてきた。


「見てください、陽咲は最近、『正月には陽咲に!』って路線で売ってるんです」

 パンフレットには、初詣の賑わいとご利益が長々と書かれていた。


「この戦略は敵ながら見事でしたね。正月に行ってご利益があれば、通常のお参りも陽咲を使いたくなる。よく考えました。」

 うん、確かに。ニュースの地域情報でも見た気がする。


「それにもともと陽咲は、受験必勝のご利益が強かったんです」

「ねえ美都、さっきから言ってる、力を入れてるとか強いとかってどういうこと?」


「そのまんまの意味ですよ。その領域の魔法に注力してるってことです。神様も色々な魔法を作れますけど、能力には限界がありますから、ある程度領域を絞って魔法を作った方が良いんです。シェフだって、中華もフレンチも和食も作れる人より、イタリアン一本って人の方がレベルも高いし、負担も少ないですよね?」


 確かにその通りだけど、神様とシェフを一緒にして良いのか。



「それに、お参りに来る人にとっても強みが大事なんです。アレもコレもご利益があるっていうより、受験に効くって神社の方が、受験生は行きたくなりますよね?」

「確かに、効果がはっきりしてた方が良いかもね」


「そうなんです! 陽咲の神様は最近、『直前に勉強した問題が出る魔法』とか『緊張しても腹痛にならない魔法』とか、受験に関連する魔法の質を圧倒的に高めて、『あそこに行けば受かる!』と受験生を取り込みました」


 ああ、なんか聞いたことあるな、そういう話。


「ここで、『正月に陽咲に行こう』と広告を打てば、一緒に初詣に来る親も取り込めます。そして、そのうち色々な神社に行く必要がなくなって、陽咲にしか行かなくなる。これは正に、おまけのおもちゃをつけることで親も一緒に食事させるファストフードやレストランと同じ戦略……っ!」

「おい、落ち着けって……」

「いいえ、これが落ち着いてられますか!」


 グワーッと叫びながらパンフレットを丸める美都。こんなの俺の知ってる天使じゃない。



「陽咲のせいで、このエリアの売上も落ちてるんです」

「でも、花織神社も病気には効くんだろ? それでいいじゃないか」


「ダメですよ! そんなご利益じゃあ、ジイさんバアさんしか取り込めません。老い先短い人々ばっかりでは、この先の赤字は必至です!」

 おい、どさくさに紛れてメチャクチャひどいこと言ってるぞ。



「そこで我が社では、恋愛絡みの魔法を中心に、若者にウケる魔法に力を入れようということになりました。ただ、そもそもどんな願い事がウケるのかがイマイチ分からないので、リサーチすることになったんです」

「なるほど、それでマーケティング調査ってことか」


 ようやく話が見えてきた!

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