「部長、服を透視したいので、ご承認の程よろしくお願い致します」

六畳のえる

ファンタジーじゃないから、魔法は一瞬ではかからない

1 その天使は会社員

 ベルの音が玄関に響いたのは、まだ宅配便や新聞勧誘が来るには早すぎる月曜午前7時ちょっと前だった。


 ゴールデンウィークを過ぎて急に暑さが増してきたからか、寝苦しくなって早起き。「牡羊座は思わぬ出会いアリ!」という占いに若干期待を寄せながら、朝食の準備をしようとしていたところ。



「誰だよこんな時間に……」

 軽く文句を言いながら、玄関に向かう。イチ姉の靴は左に寄せて、と。


「はーい」

「あ、おはようございます。えっと、吾妻一悟あがつまいちごさんですか?」


 優しい声がドア越しに響く。俺とそう年は変わらなそうな感じの声。


「はい、そうですけど……」

「私、桜美都さくらみとと申します。ちょっと一悟さんに用がありまして……あ、あの、別に勧誘とかではなくてですね、あの、ホントに、その、怪しくはないんですけど、はい」


 本来、自ら怪しくない宣言するなんてどう考えても怪しいフラグなんだけど、その慌て方が真に迫っていて逆に信じ込んじゃうレベル。



「ちょっとだけ、開けて頂けませんか? あの、ホントに怪しくないんです、本当に!」

「あ……はい、ちょっと待ってて下さい」


 サンダルを履いて、内鍵を開ける。


「なんでしょ――」


 言葉を飲んだ。

 ふうむ、予期しない出来事に遭遇すると、「ふえ?」なんて漫画みたいな声も出ないんだな。



「おはようございます、一悟さん」


 さて、怪しくないって宣言を大きく裏切るこの子は何なんだ。


 新手の詐欺か? コスプレ? なんかの撮影? 単にアブナい子? 友達に助け求めた方がいい感じ? いやいや、友達に言ってどうなる?



 思考がグルグル回る傍らで、視線は彼女から剥がれない。



「あれ? あの、一悟さん?」


 やっぱり友達に言ってもダメだな。こんな状況、寝起きに聞いて誰が信じるだろう。


 使が、玄関先にいるなんて。






「急にお邪魔してしまって、すみません」


 呆然としている俺に、さくら美都みとと名乗るその娘は「少しの間お邪魔させて下さい」と丁寧に頭を下げる。

 キャパオーバーで働かない頭のまま、彼女をリビングに通した。



「本当に突然すみませんでした。ビックリしてますよね?」

「は、はい、うん、まあ」


 お互い立ったまま、彼女をよく見る。



 白色のストレートの髪は、肩につくかつかないか。顔は……俺達と同じような日本人顔。結構若いな。俺と同じくらいかも。


 顔はかなり可愛い。いや、可愛いと美人の絶妙な境界線上。

 優しい目に、キュッと両端が上がった口元で、明るい印象が真っ正面から伝わってくる。ほんのり頬が明るいのはチークってヤツかな? クラスメイトと比べて、薄化粧がとても上手。



 が、しかし、それよりも服装が気になって仕方がない。


 白衣の下に映える赤の掛襟かけえり袂緋袴たもとひばかまに、何か家紋みたいなマークが入ってる。完全な巫女さんだ。



 そこまではいい。その上に、白ストライプのグレージャケットを着てるのはなぜだ!


 あれは完全に社会人用だ。うちの両親がたまに出張から帰ってくるときに、こういうのを着てる。


 そして、頭の上に微動だにせず留まっている蛍光灯のような輪っか。



 ………………分からん、ちっとも分からんぞ! 何だ君は! 君の職業は何なんだ!



「ふふ」

 ニコッと笑って、彼女は一礼した。


「あの、何かご質問あれば、どうぞ」

 間の抜けた一言に、カクッと肩の力が抜ける。



「えっと、そもそも君は……?」

「あっ、そうだったそうだった」


 エヘヘと照れ笑う巫女スーツ。


 お互いそのままダイニングテーブルに座った。

 時計を見ると、あと40~50分は彼女から話を聞く時間が取れそうだ。



「コホン、では改めて。私、桜美都と申します。天使です」

「……天使……?」


 さらっと衝撃発言しながら、頭と頭上の輪の間に手を入れて、その手をヒュッヒュッと前後させてる。輪っかがホントに浮いてることを示してくれてるんだろう。


 えっと、スーツ着た巫女服女子の正体が天使?


 真実にしては非現実的すぎるけど、ウソにしては雑すぎる。それにこの不可思議な格好。輪っかも手を入れてみたけど間違いなく浮いている。


 ううむ、非現実的な選択だけど、目の前の彼女の存在が非現実的だからなあ。


「天使かあ……まあ、ちょっと信じがたいけど、多分そうなんだろうな……」

「わっわっ、信じてくれるんですね!」

「ウソつく理由もないしね」


 絵本で見た天使とは大分違うけど。


「で、えっと、桜……さん?」


「あ、美都でいいです、美都で。私も今年18歳ですから、一悟さんと同い年ですし」

「……いや、俺17歳だよ」

「あ、ですから今年18に――」

「先月なったばっかりだけど……」

「へ?」


 慌てて横にあったカバンから手帳を取り出し、パラパラと捲る。


「えーっと、珠希たまき高校2年生……おわっ、ホントだ! 失礼しました」


 なんだなんだ、天使やら巫女やら、萌え属性のまとめ売りに「おっちょこちょい」まで加わるのか?


「まあ、大して年違わないんで美都って呼んでください。話すのもタメ口でオッケーです」


 タメ口……と少し戸惑っていると、彼女は意味深に人差し指を手に当てる。


「結構長い付き合いになるので、堅くならずにいきましょう! 私はこの口調の方が慣れてるんで、ここままでいきますけど」

「ん、わかった」


 しっかし、天使にも年齢なんて概念があるんだなあ。


「じゃあ、美都。早速質問なんだけど……ここに何しに来たんだ?」

「はい。分かりやすく答えるとですね、魔法のマーケティング調査に来ました」

「すごい、全然分からない」

 天使と魔法とマーケティングが何にも繋がってない!


「あ、マーケティング調査っていうのは、お客さんが必要としているものを調査するってことでして」

「いや、それは何となく分かるんだけどさ……」


 じゃあどこが分からないんだろう、という純度100%の顔でこっちを見ている美都。首と一緒に輪っかも傾くってのは知らなかった。



「じゃあまずさ、天使と魔法ってどう繋がってるの? 俺の知ってる天使は死んだ人を迎えに来たり恋の矢を飛ばしたりしてるイメージだけど……天使って魔法が使えるの?」

「あ、はい、そうなんです!」


 身を乗り出して元気に答える美都。


 白色の髪がさらっと揺れて、白衣の内側に襦袢じゅばんが見える。その襦袢から微かに覗く、年相応に育った胸。

 うっわ、このアングルは色々ヤバい……。


 ちょっと身を引いて、軽く息を整える。



「天使は魔法が使える……」

「使えます! よく『願いが叶った!』とか『神様に祈りが通じた!』みたいな話ってありますよね。『急に好きな人が同じマンションに引っ越してきた』『席替えで一番先生に指されにくい席になれた』とか。ああいう幸運の一部は、私達天使が天界で、神様と一緒にやってるんです」

「…………そうなんだ、へえ…………」


 こうもケロッと言われると、拍子抜け甚だしい。


 世の中にはラッキーが溢れてるけど、実際は天使がやってたのかよ……。この前友達が50円拾ってたのも天使の仕業かな。



「もっとも、私達は幸運なイベント専門ですけどね。不運なイベントは同じ神様でも疫病神とかの担当です」

「なるほどね。じゃあ神様は毎日天界から『今日はあの人に魔法かけよう』なんて言ってるわけだ」


 いえいえ、と手を軽く振る美都。


「それは違います。使

「はい?」


 生産? 流通? 何で急に経済の授業が始まったんだ? そういやさっきマーケティング調査とか言ってたな。



「正確には、私達が依頼を出して、神様が魔法を作るんですね。そうすると、天使が指定した宛先人に魔法がかかるって仕組みなんです」

「ちょ、ちょっと待って美都。魔法の依頼って、美都達が依頼を出すの? 『こういう魔法をあの人にかけて下さい』って?」

「あ、そうですそうです。申請書出すんですよ」


 申請書って……部活新設や空き教室借りるときに提出するアレか……?



「それで、うちも結構色んな魔法取りそろえてるんですけど、これからは若者にウケのいい魔法を考えたり、その魔法を作れるようになっていかなきゃいけないって話になったんですよね」

「その、じゃあ美都はその調査のためにここに来たの?」

「ん、そうですね、それが仕事ですから」


 仕事。そう、さっきから、美都の言ってることは、全然ファンタジーっぽくない。

 どっちかというと、会社みたいな感じ。うちの両親がたまに話してるような中身。


「結構大変なんですよね、マーケティングも。部長も若い時苦労したって言ってました」

「部長って何だ!」

 完全に会社じゃないか!



「あ、そういえば渡してなかったですね!」


 そういって、ジャケットスーツの左内ポケットから小さいケースを出して、そこから名刺を1枚取り出した。


「申し遅れました。私、『株式会社花織はなおり神社』のマーケティングを担当しております、桜美都と申します、よろしくお願いします」

「え……あ……どうも……」


 キレイなお辞儀で名刺を渡され、ヘコヘコと頭を下げながら受け取る。


 名刺には「株式会社花織神社 マーケティング部 桜美都」の文字。




 ゴールデンウィークも過ぎた5月中旬。夏の暑さの予感とともに、魔法使いで会社員の巫女服天使、桜美都がやってきた。

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