13 望みは建物

「じゃあユメちゃん、大通り歩きながら、近いお店探そ!」

「うん、ありがと、あやちゃん」

「よし、じゃあそうしよう。あ、俺、出る前に家に電話かけてくる。美都、ちょっと来て」

「はいはい」


 コインパーキングまで手を引いて連れて行くと、美都は手で顔を扇いだ。


「あっつー、ジャケットはさすがにキツいですね」

「脱げばいいだろ」

「いえ、サラリーエンジェルたるもの、忍耐が必要なのです」

「なんだそのダサいネーミングは」


 巫女服の襟をバサバサと前後させる。やめろ、巫女のイメージが崩れる。


 と、胸をグイッと張って、右手のペンで俺を指した。


「ふふん。一悟さん、ズバリ、魔法の申請ですね! カフェじゃなくても美味しいランチが見つかる魔法とか!」

「……いや、惜しいな。美都、近くにオシャレなカフェを造ってほしいんだけど」

「へ?」


 そのまま頭が回転するんじゃないかと思うほど首を傾げる美都。


「せっかくだから久瀬さんの願いを叶えたいだろ」

「いやいやいやいや、無理ですって!」


 高速で手をブンブンと振る美都の肩をガシッと掴む。


「頼むよ、この通り!」

「一瞬でカフェを造るなんて、それじゃまるで魔法じゃないですか!」

「お前らが作ってるのはその魔法だろうが!」

 そんな断り文句があるか!



「これで久瀬さんの心をガッチリ掴みたいんだ! お願いします!」

 念仏の如く手を摺り合わせると、美都は「ううむ」と声を絞り出した。



「……分かりました、天使に不可能はないってことをご覧に入れましょう!」

「ホントか、ありがと!」

 よし、久瀬さんに喜んでもらえるぞ!



「んっと、申請内容は『オシャレなカフェを建造する魔法』でしたよね」


 その場でしゃがみこみ、パソコンで申請を始める。日の高さも結構なもので、2人一緒のタイミングで、額に浮かんだ汗を袖で拭った。



「ん、そうそう」

「申請理由、と。『一悟さんは悠雨さんに喜んでもらいたく、また、ステキなカフェを知っている俺、というキャラクターをアピールしたいため、本魔法を希望しております。低次元の理由につき大変申し訳ありませんが、ご承認の程、何卒よろしくお願い致します』」

「バカにしてんのかお前は」

 高校生のリアルな姿だよ!



「さて、あとは課長達の承認を待つだけですね。あんまり他の3人待たせないといいなあ」

「そうだな。まあ、電話が長引いたって言えば何とかなるだろ」



 ほどなくして、美都のスマホからラッパの音が鳴る。



「おっと課長からだ、質問かな? はい、もしもし、桜です。…………はい…………はい、あ、そういうことなんですね。じゃあちょっと内線回してもらって良いですか?」

 スマホから一旦口を離して俺を見る。



「なんか、カフェを作るために空き地を確保する必要があるみたいで、不動産部と話さなきゃだそうです」

「なるほどな。確かに勝手にどこかの建物潰すわけにはいかないしな」


「ですね。このタイプの申請初めてだったんで知らなかったです……あ、はい、お世話になっております、マーケティング部の桜です。あの、申請したカフェの件なんですけど…………はい、いえ、ですから一時的で結構ですので空き地をですね…………はい……はい、あ、そこは人事部ですか、分かりました。すみません、内線お願いします」


 眉をハの字に曲げる美都。


「カフェの人材は人事部と調整して下さい、だそうです……あ、もしもし、お世話になっております、マーケティングの桜です」

 さっきやったぞこの自己紹介。



「あの、先ほど不動産部にお話聞きましたら、とりあえず人材確保から先にやって、とのことでしたので…………不動産の方が先? いえ、ですけど確かに先ほど不動産部でですね…………いや、結局同じ話になると思うんですけど……はい……ええ……」


 肩をガクッと落としながら相槌を打つ。


 これが音に聞く「お役所のたらい回し」ってヤツか。目の当たりにするとこんなにイライラするものはない。美都からもその苛立ちがよく伝わってきた。



「分かりました。では不動産部と人事部にまとめてメールお送りしますので、そっちで調整お願いします!」


 言い切って電話を切る美都。ウガーッと唸る。


「日が暮れちゃうよまったく! 一悟さんすみません、少しだけ承認時間かかりそうです。細かい調整するんで、先に行ってて下さい」

「あ、うん、分かった。美都、ありがとな」

「フフ、すぐに追いつきますね」


 よろしくと挨拶し、急いで3人のもとへ。美都は野暮用でちょっと寄り道していると告げる。


「ミッとん、大丈夫かな。ピンチになったりしてないかな」

「なんだよピンチって」

「例えばミッとんが鯖だったとして、たくさんの釣り人が周りを囲んで踊ってるとか」

「もう発想がズレすぎててピンチかどうかも分かんねえ……」

 いきなり鯖に例えた時点でもう共感は無理だ!


「分かった。よし、じゃあ先にアタシ達でお店探しとこう!」

「オレ、こっち側の通り探すから、久瀬や反野は反対側の店見といてくれ」


 4人で小さな通りを歩き出す。3人は、すぐにお店が見つかることを願いつつ。俺は、すぐにカフェが建つことを祈りつつ。


 4~5分歩いていると「すみませんでした!」と美都がダッシュしてきた。

「あ、ミッとん、用事大丈夫?」

「ええ、無事終わりました。さっ、カフェ探しましょう!」


 最後尾に俺と美都。トントンと、歩いている俺の太ももを叩いて耳打ち。

「そこの路地を右に曲がると、もうカフェが出来てます」

「サンキュ」


 よし、イイところ見せなきゃ。オシャレな吾妻一悟アピールだ!



「あ、そういえば俺、前この町に来た時に結構良いカフェ見つけたんだよなあ。ネットには載ってないお店」

「えっ、そうなの、イッちゃん?」


「吾妻君が前に行ったお店って、この近くなの?」

「んっとね、確かここを右に……」


 風に揺れる久瀬さんのスカートに見蕩れつつ、右に入って奥まで見通す。

 カフェ、カフェ、カ――



 少し奥、昔ながらの洋食屋の道向かいにある、「Angel Café Beautiful City」という看板に釘付けになる。


 天使のカフェ 美都。また分かりやすいネーミングを……。



「あ、アレだよ久瀬さん。エンジェルカフェって書いてあるログハウスみたいなところ」

「わっ、あそこね。へえ、結構良さそう。吾妻君、こういうとこ好きなんだ」

「えー、イッちゃん、どこ? お、あったあった。よし、じゃあネットでも分からないマル秘カフェ、行ってみよう!」



 食欲を満たす場を見つけて、急いで店に向かう俺達。



 よし、あとはメニュー見ながら「このランチプレートがオススメかな」とか言えばオシャレさんに聞こえるな。我ながら完璧な作戦だ!

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