19 映画でも、どうですか
そこからの俺の日常は、いつか訪れる出会いに気を揉む日々。
いつ、どんな形で蜜ちゃんと会い、どんな風に手が触れ合うのか。予想がつかないけど全く気にせずに生活することも出来ず、結果的に俺が蜜ちゃんを十二分に意識するという逆の結果に陥っている。
くそう、こんなはずじゃなかったんだぞ。本当ならあの久瀬さんと、天使のような久瀬さんと、家にいる天使よりも天使のような久瀬さんと、お近づきになれるはずだったのに……。
「ううむ、いつ何が起こるか分からないから逆に不安だ」
家に帰ってからも、悶々とシーリングライトを眺める。
「うーん、そろそろだと思うんですけどね」
カーペットに横になってテレビを見ながら、こっちも向かずに答える。それは俺の知ってる天使の姿じゃないぞ。
「大体、なんで日付指定じゃないんだよ。そしたらこっちも毎日緊張することないのに」
「生産ラインの調整ってことで指定できなかったんです。ここ最近、魔法の申請件数が多かったみたいで、可及的速やかに対応する必要がないものについては、順次取り組んでいこうってことになってるんですよ」
「なるほどね、天界ってのも忙しいんだな」
そうなんですよ、と相槌を打ちながら、俺用に出しておいた柿ピーの小袋を開け、ザーッと流し込んだ。
「天使や神様って休みないのか? 毎日魔法作ってるんだろ?」
「あ、もちろんちゃんと休みますよ。みんな家庭の都合とかありますからね。有給も消化しないとブラック企業みたいな扱いになりますし、天界でも『働き方改革』はバズワードで育児休暇なんかも奨励してますから」
「色々ツッコみたいけど敢えて深くは聞かないでおくからな」
家庭って何ですか。育児って誰と誰のどんな子ですか。
「まあ、『魔法は寝て待て』ってことですよ。根気が大事です」
「やかまし。ちょっと映画借りてくる」
ウマいこと言ったとドヤ顔する美都を白けた顔で見つつ、レンタルショップに自転車を走らせた。
「えーっと、ノーリ、ノーリ……」
DVDのタイトルを指差しつつ並行移動。探しているのは「ノー・リデンプション」。
ひょんなことから密室空間に閉じ込められるエイベルとフィオナが、謎を解きつつ敵を
せっかく来たんだから過去のシリーズを借りようと思ったものの、今週末から最新作の「ノー・リデンプション5」が封切りになるからか、シリーズの半分以上はレンタル済で、パッケージだけが口を開けて本体の帰りを待っていた。
「2がないかな、2が……」
体を横にスライドさせていると、そこに立ち止まっていた1人とぶつかった。
「すみませ……おわっ、蜜ちゃん!」
「あ、吾妻さん! こんばんは!」
ここで出会ってしまうとは! どこで魔法がかかるのか、ちょっと緊張して背筋が伸びる。
時原蜜。陽のお父さんが再婚したときの、お相手の連れ子らしい。陽と血は繋がってないけど、陽が彼女のことを大事にしているのは普段の会話を聞いていれば分かりすぎるほど分かる。というか気持ち悪いほど分かる。いや、分かりすぎて気持ち悪い。
小学校5年生で陽と友達になったとき、彼女は既に義妹だった。昔は家に遊びに行ったとき、よく一緒にゲームしたな。陽が捕まらない時のために連絡先も交換したっけ。最近は家に行くことも大分減ったけど、写真と自慢話をしょっちゅう兄貴に披露されてるから、よく会ってる気になってる。
「ご無沙汰だね、1年ぶりくらいかな?」
「そうですね。吾妻さん、また遊びに来て下さいね。お兄ちゃんも寂しがってますよ」
「おう、行かせてもらうよ」
「はい、待ってますね!」
自分のことのように喜ぶ蜜ちゃん。陽、そんなに寂しがってたのか、知らなかったぜ。
久しぶりに会う実物の彼女は、大分大人っぽくなっていた。
耳周りも襟足もスッキリしている茶髪のショートボブ。淡いラベンダーのような色のチュニックに、花柄のハーフパンツと涼しげな白のサンダル。夏らしさと可愛らしさが共生する、ステキな装い。
「あの、吾妻さんも、『ノー・リデンプション』シリーズ好きなんですか?」
パッケージを指差しながら、蜜ちゃんが目を輝かせて聞いてくる。
「ああ、うん。これ面白いよね。何回も見直してるよ」
「私も好きです! 3の地下牢獄が一番好きかなあ」
「おっ、マジで! 俺は2だな。洋館のホラーっぽい感じがスリルたっぷりで好き」
「えー、2ですかー? 真犯人役のラストの演技が微妙ですよね」
「おい、それは言わない約束だろ」
ファン同士でアツい立ち話。好きなシーン、エイベルとフィオナの恋の行方、撮影トリビア。こんなに話せる人も多くないので、話すネタは尽きない。
そっかあ、蜜ちゃんも好きなのか。こういうマイナーな作品を共有できると楽しさもひとしおだなあ!
「今週末から5上映するよね。見に行かないと」
俺が素直に率直に発した言葉に、彼女は3秒ほど止まってから口を開いた。
「吾妻さん、もし良かったら今週の土曜、一緒に見に行きませんか?」
「…………え? 一緒に?」
「母が鑑賞券当てたんですけど、周りに行ってくれる人いなくて。お兄ちゃんは誘えば来てくれるとは思うんですけど、やっぱりあのシリーズ好きな人と一緒に行って色々話したいじゃないですか!」
「え、う、うん。別にいいけど……」
あれ、何これ? そういうこと? そういう流れ?
「連絡先知ってますよね? 後で集合場所とか決めましょう! とりあえず鑑賞券先に渡しておきますね」
手をギュッと握られ、券を渡される。彼女の細い人差し指が手のひらに触れ、くすぐったい感触を置いていった。
「よおしっ、久々に4借りたし、家で見るぞ! 吾妻さん、楽しみにしてますね!」
「ああ、またな」
去っていく彼女を目で追いつつ、足を休める
「手、触れたな……」
もらった鑑賞券を、ジッと眺めた。
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