18 勘違いの肉まん
「美都、リサーチのレポートは進んでるのか?」
夜、イチ姉の作ったタケノコたっぷりの筑前煮を温め直しながら聞く。
「ええ、そりゃもうバッチリですよ!」
美都は
彼女の業務は、俺をターゲットとして観察し、若者にウケのいい魔法をリサーチしてレポートにまとめること。そのレポートをもとに、天界で力を入れて生産する魔法を決めるらしい。
もちろん、神様だからどんな魔法も作れないことはないんだろうけど、ある程度絞った方が数もこなせるし、魔法の効果も高まるらしい。
「昨日書いた文が我ながら素晴らしいんですよ! えっと、手帳は、と……よし、読みますよ。『また、若者は意中の相手に気に入られようとするあまり、急に当世風のカフェ等を欲することがある。本件への対応策として、常に不動産部とコンタクトを取り空地に関する情報を仕入れておくとともに、当世風な建造物のデザイニングを勉強しておくことが望ましい』 どうですか、スゴいでしょう!」
「いや、なんかスゴいようなそうでもないような……」
当世風って言い方が既に当世風じゃないんですけど。
「うーん、伝わらないか、おかしいなあ。まあとりあえずご飯装いますね」
トテトテとダイニングテーブルから離れて、ジャケットの腕を捲りながら炊飯器へ。
何気ない動きの中でフワッと揺れる白い髪は、彼女が天使であることを瞬時に思い出させてくれる。
「あ、そうそう! リサーチを進めて、一悟さんへのオススメ魔法を考えたんですよ!」
「オススメの魔法?」
2人でいただきますをしつつ、思わず聞き返した。
「そうです。花織を『恋に効く神社』として売り出すとして、魔法のメニューを考えたんですよ。お気に召しましたらぜひ、この魔法を申請して試してみてほしいんです!」
テンションを2段階くらい上げながら、筑前煮のレンコン・しいたけをバーベキューのようにグサグサと箸に差して平らげる。いや、意地汚すぎるだろそれ。
「ズバリ、『相手がより強く自分を意識してしまう』魔法です。『手が触れる』『間接キス』『顔が近づく』の3点セット!」
「おお、なんか良いな!」
思わず茶碗に残ったご飯を勢いよくかきこみ、身を乗り出す。それは確かにトキメくぞ!
「後は魔法で神社の皆さんに働きかけて、『花織でお祈りすれば、想い人と急接近!』って感じでアピールしてもらえば、若者人気は頂きですよね」
「魔法で働きかけて、って……そうか、花織の神主さんとか巫女さんとは繋がりないんだもんな」
「ええ、あくまで秘密裡に神社を変えていくんです。影の黒幕とはよく言ったものです」
「言わねえよ」
どんな天使なんだよ。
「ふう、美味しかった、ごちそうさまでした。一悟さん、この魔法があれば、相手が気にせずにはいられなくなりますよ! 申請しますか?」
「お粗末様でした。おう、もちろん申請する! よろしく頼むぞ!」
「じゃあ申請のためにスタミナつけるんで、デザートお願いします!」
お前はパソコン打つのにどんだけエネルギー使うんだ。
「残念ながら今日はプリンもヨーグルトもフルーツも切れてる」
「そうですか……じゃあ昨日スーパーで買ってた肉まん、レンジでお願いします!」
そんだけ見事に食べてくれるとむしろ気持ちいいよ俺は。
「ったく、食器片づけて、ちょっと待ってろよ」
手を振って見送ってくれる美都をダイニングキッチンに残し、トイレに立つ。
さて、肉まん、何個温めるかな。あと4つだからホントは2つ2つで2日もたせたいけど、アイツは1つじゃ絶対満足しないから俺のが半分奪われる可能性がある。でも3つだと残り1つ……そもそも夕飯後に食べる量じゃないし……。
「よし! 思い切って3つだ!」
洗面所で手を洗いながら、自分自身に言い聞かせるように叫んだ。俺も1つまるまる食べたいしな!
「おっ、肉まんが帰ってきた!」
「人をデブみたいに言うな」
すっかり片付いたテーブルで、美都はパソコンを開いていた。
「すぐ出来るから待ってろよ」
肉まんの底のシートを少し濡らしてレンジに入れる。仕上がりのメロディとともに湯気を吐き出す白いスライムは、蒸したようなモチモチ感だった。
「ほいよ、美都どうせ2つ食べるだろうから」
「わほーい! さすが一悟さん! よっ、肉まん王子!」
「何でもかんでも王子つければ良いってわけじゃないからな」
2人で頬張っていると、パソコンからポンッと音が鳴る。
「あっ、さっきの魔法、承認されましたよ! 日時は指定しなかったですけど、数日のうちにかかりますからね!」
「おお、ありがとな!」
これで久瀬さんとのドッキドキ☆ラブストーリーの始まりだ! 「えっ、私、吾妻君と縁があるのかな? ちょっと気になっちゃうな……」ってやつでしょう! よきかなよきかな、俺を意識して、恋に落ちてください!
盛り上がる俺の脳内に水をぶっかけるように、美都が不思議な名前を口にする。
「いやあ、それにしても、蜜さんをご指名とは意外でしたね」
「…………は?」
「陽さんから見せてもらいましたけど、確かに蜜さん、可愛いですしね。こういう機会ないと会うチャンスもそんなにないでしょうから、良いと思いますよ!」
「いや、待て待て。は? 何? なんで蜜が出てくるんだ?」
食べかけの肉まんを置く俺に、2つ目の肉まんに手を伸ばす彼女。
「へ? だからさっきの『相手がより強く自分を意識してしまう』魔法ですよ。『手が触れる』『間接キス』『顔が近づく』の3点セット、蜜さん相手に申請しましたよ?」
「え? あ? なんで久瀬さんじゃないの?」
お互いの頭上に巨大なハテナマークが浮かぶ。
「さっき『相手、悠雨さんで良いですか?』って聞いたじゃないですか」
「いや、まったく聞こえてないけど……」
洗面所にいたときか。ドア閉めてたし水道捻ってたからな。
「そしたら『思い切って蜜だ!』って言われたので、そのまま申請したんです」
蜜? 思い切って蜜……3つ……
「ああああああああああああっ!」
そんなバカな!
「それは肉まんの話だ! お前の聞き間違いだ! 訂正してくれ!」
「え、いや、一悟さん。もう生産部に回ってますから、取り消しは難しいと思いますよ。別に書類に不備があったわけじゃないですし、人間から依頼があったものを人間の依頼で取り消した例はありませんから」
「マジかよ……」
俺のドッキドキ☆ラブストーリーは、完全におかしな方向へ舵をきったらしい。
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