魔法が使えたって、使った方がいいとは限らない

29 本番より準備が楽しい

「一悟さん、珠希祭いよいよ明後日からですね。何だかテンション上がってきました!」

 朝、リビングでパソコンを打つ美都。


「何してるんだ?」

「さっきまで原稿書いてたんですよ、ラン・ドッグに載せる原稿。中身知りたいですか?」

「まあちょっと気になるな」

「もう、一悟さんのエッチ! そんな簡単に教えませんよう!」

「なんてウザいキャラだ」


 ハイテンションのまま、焼きウィンナーとご飯をテーブルに置く俺の肩をボンボン叩く。



 落ちこんだ日から数日経ち、心の微かな濁りは消えていないものの、大分元気は取り戻した。



「今は報告レポート書いてます。だんだん若者ウケする魔法が分かってきたので、どんどん提案していきますよ! あ、ところで一悟さん、そのウィンナーをチーズ入りにする魔法は若者ウケしますか?」

「いや、それはお前の趣味だろ」

 俺は普通のウィンナーの方が好きなんですけど。


「大体、パッケージに何も書いてないのにチーズ入ってたらびっくりするだろ」

「でもそういうときに人間って奇跡を信じるんですよね」

「もっと高いレベルで信じたいです」

 安上がりな奇跡だなおい。



「早く食べろよ。そろそろ学校行くぞ」

「一悟さん、学校に歩いていくの面倒じゃないですか? 車にぶつかって、気付いたら轢いた車が学校まで運んで行ってくれてる、っていう魔法どうですか?」

「そんな激痛受けるなら歩く!」

 ウケる魔法が分かってそうにない魔法使いと、鞄を持って玄関を出た。





「吾妻先輩、当日廊下の外にはるポスター、こんな感じでいいですかね?」

 放課後、ガヤガヤと賑わう部室で後輩2人、井上君と月野さんから呼ばれる。


「んっと、それでいいと思うけど。あ、久瀬さん、どうかな?」

 装飾に使えそうな色紙を運んできた久瀬さんを呼びとめる。


「んーと、『売り切れ次第終了となります』って加えてもらっていいかな? ふふっ、なんかそっちの方が売れ行きいい感じするし」

「なるほど、ありがとうございます!」

 そのままポスターとポスカを持って、2人は机に戻っていった。



 原稿を練り直す日々を繰り返し、気がついたら梅雨明け。太陽が張り切って地表を照らし、下敷きは文房具から仰ぐツールへと進化した。


 珠希祭まであと2日。文芸部は、毎年出している文芸誌「ラン・ドッグ」の発行準備と部室の飾り付けに勤しんでいる。


「イチゴ、表紙の絵描けたぞー」

「おおっ、陽ちゃんスゴい! イッちゃん、見て見て!」


 朱夏に呼ばれて、部室の角のデスクトップまで軽く走る。授業を受ける机より二回りくらい大きい、ダークブラウンの机の上に置かれたパソコン。


「どれどれ……お、いいな」

 絵心のある陽が、デザインソフトで疾走感溢れる犬の絵を描いてくれた。うん、タイトルにぴったりの絵だな。


「朱夏、原稿データは全員分集まってる?」

「うん、全員分このパソコンに入れてあるよ。ただ目次とか編集後記とかは手つかずだね」



 ラン・ドッグには部員全員が寄稿する決まりになっている。小説でも書評でも漫才の台本でも何でもオッケー。

 俺が書いたのは、夏休みオススメの文庫10選。久瀬さんは、幽霊が主人公のオリジナル短編小説を書き上げた。



「一悟さん、ここで私が書いた原稿の正解発表です! 気になりますよね? ね?」

 後ろから美都がひょこっと顔を出す。朝の話、まだ続いてたのか。


「ああ、気になるよ。教えろ教えろ」

「評論文を書いてみました。『神社における、家内安全・交通安全による集客の限界』です」

「ミッとん何かスゴい! 専門家みたい!」

 そんな記事誰が読むんだよ! 高校生の文芸誌だっての。


「よし、朱夏。あとは大校正大会で誤字脱字チェックしていこう。目次とかも今日進めなきゃだな。明日には製本だし」

「ラジャー!」


 明日夕方、近くの印刷所に持ち込む予定。珠希祭の朝、製本されたラン・ドッグを200部部室に持ってきてもらえることになっている。


「わ、陽さん、この表紙いいですね! ホントに走ってるみたいです!」

 美都の絶賛に、陽は嬉しそうに「そうだろ」と眉を上げた。


「……あれ、なんかパソコンの画面おかしくないですか? 固まっちゃってません?」

「ああ、デザインソフト重いからな。コイツもそれなりの年だし」

 陽が溜息交じりに言う。


 このパソコンは文芸部の共有物。みんな原稿は家で書いてるけど、ちょっとした手直しとかはこれを使ってできる。俺が珠希に入るずっと前からある先輩格で、もう8年目とかだった気がする。


「ちょっと待ってみるか。しばらくして動かなかったら再起動だな。イチゴ、こっちはオレに任せて、校正の方頼むわ」

「うい、任せろい」

「そういえばイチゴ、珠希祭は蜜も来てくれるって!」

「お、そっか。頑張れよ、兄貴」



 最近は蜜ちゃんから、最近見たオススメの漫画や学校の出来事など、たまにSNSで連絡が来るようになった。「また遊びに来てくださいね!」と誘ってもらってるけど、陽にはちゃんと俺とやりとりしてること話してるんだろうか……。



「蜜が来たら良いところ見せなきゃな! イチゴもその時は、オレにひれ伏してくれよ」

「お前は家で自分のことをどう説明してるんだ」

 むしろ友人を従えてる兄貴とかイヤだろ。


「陽ちゃん、せっかくだから奴隷っぽく扱ってみたら? 小さくしたイッちゃんをラーメンに入れて海苔に掴まらせて泳がせるの。なんか支配欲が満たされるよね」

「確かに。反野、それ悪くないな」

「斬新ですね、朱夏さん!」

「朱夏、お前が入ると話がややこしくなるからやめろ」

 まず俺を小さくするって何なんだよ。


「あとよ、話ちょっと変わるんだけど、『蜜が子ども産んだら母乳が出るのか』と思ったら、オレが父親になってもいいから産んでほしくなった」

「危ない! 今までの話の中で一番危ない!」

 シルコンだめ、ぜったい!





「さて、ちょっと休憩、と」


 部室を抜けて自販機に向かう。珠希祭2日前とあって、廊下も外もガヤガヤしている。



 先週くらいから大きくなっていた祭の足音は最高潮。造花やキラキラのテープで部室がちょっとずつ飾られていくのを見ると、非日常に侵食されている気がして心が躍りだす。


 俺達の想いが文章になって、その文章が形になって、誰かの目に触れる。それは何だか気恥ずかしいけど、とても貴重な経験。


 去年のそれが楽しくて、今年もその楽しみを味わいたくて、春から準備していた。明日にはその成果が見られると思うと、気持ちが弾む。



「一悟さん!」

 コーラのプルタブを開けていると、後ろから走ってきた美都に声をかけられた。


「一悟さん、あのパソコン古いですよね」

「あ、ああ……」

 口元がニヤニヤしている。なんだなんだ?


「こういうときこそ我が社に任せて下さい。あのパソコンを買ったときの状態に戻す魔法はいかがですか!」

 ずいっと顔を近づける。


 うっ、やっぱり可愛い顔だなあ。見慣れてたけど、改めて見ると巫女服ってのは尋常じゃなく男子を刺激するカッコだ。


 とはいえ、それとこれとは話が別で。


「いや、大丈夫。多分まだ寿命じゃないと思うし、もう少しやってみる。古いやつだから、アレが新品同様になっても仕方ないしね。冬頃に部費の申請あるから、買い換えのお金申請してみるよ」


「うーん、そうですか。では一悟さん、あの文芸誌に魔法をかけましょうか! ラン・ドッグを飛び出す絵本に変形させる魔法はいかがでしょう!」

「よく文字しかない媒体に対して提案する気になったなお前」

 何が飛び出してくるんでしょうか。テキストでしょうか。


「文芸誌もこのままでいいって。飛び出す絵本もそれはそれで楽しいんだろうけど、俺らだけの手で作るってのが良いんだからさ」

「ううむ、そうですか」

 ふむふむと半分納得したような表情で俺のコーラを奪って飲む。


「なんか随分積極的に提案してくるな」

「はい、一悟さんが全力で取り組んでる企画なので、私なりに応援しようと思いまして!」


 両拳を前でグッと握ってガッツポーズ。

 ぐはっ、巫女服でやられると破壊力が倍増だっ!



「ありがとな。まあ、とりあえず明日までやれるだけやってみるよ」


 応援されると嫌が応でも張り切ってしまう。よし、部室戻ってもうひと頑張りだ。

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