魔法でカフェを出しても、店員は人事部と調整しなきゃならない
6 椅子にスクール水着を着させると
「よう、イッちゃん! 何読んでるの?」
文芸部の部室で、
「ん、ああ、『人間の絆』だよ。結構好きだからもう1回読み直してる」
「おお、サマセット・モームか。アタシ、『月と6ペンス』しか読んだことないなあ」
ちょっと見せて、と言い、巻末の書評を読みだした。
ゴールデンウィークボケが直ってない、と遅刻を怒られた散々な日から数日経った放課後。文芸部の部室では、各自が思い思いにテキストに向き合っている。
「面白そう、今度貸して!」
「おう、いいよ」
「ありがと! アタシからも何かオススメあったかなあ」
ニコッと笑いながらブツブツとタイトルを呟きだした。
快活な元気印で本好きという、どっちかというと相反しそうな2つの属性を兼ね備えている。
「朱夏、それ似合うな、頭の」
かなり明るい茶色の地毛にゆるいパーマを当てた、鎖骨の隠れるセミロング。その髪の前には、テントウムシがちょこちょこ飾られた草をモチーフにしたリボンがついていた。
髪を見てるはずなのに否が応でも目に入る、美都よりも大きい水晶玉のような胸は見ないフリ。
「お、そっか? でもイッちゃんに言われても嬉しくないなあ、うへへ」
顔を赤くして笑いながら、ちょっと体を縮める朱夏。いや、割と嬉しそうだぞ。
でもなあ。ここまでなら割とまともなヤツに聞こえるのに、コイツと来たら。
「ホントに可愛いよね、このクリップ。スクール水着を着た椅子くらい可愛い!」
「……?? ……椅子に水着?」
「へ? 教室の椅子だよ、可愛くない? あの細い細い足が、紺の薄い布の横から覗くんだよ?」
「全然可愛くないだろ」
「じゃあイッちゃんは教室の椅子が何を着れば可愛いの?」
「そもそも椅子に何か着せる発想がねえんだよ!」
朱夏の感性というものは、なんというか、どこかズレている。
カッコいいものは眼鏡イケメン、カワイイものは制服の女子、素敵なものは生クリーム。そういう世間一般並みの基準からは完全に外れた不思議なセンス。
性格のおかげで友達も多いけど、この追加属性のせいで友達を話が合わないことも多いらしい。そりゃそうだろ。
「ったく……それじゃ、椅子じゃなくて教卓でもいいから、何着せるか決めておいてね」
「難度の高い宿題だ」
後輩に助けを求めようかと思ったが、目が合うと厄介事を避けるためにススっと移動する。ううむ、見破られているか。
「反野、その本何だ?」
「あ、陽ちゃん。ねえ、これ読んだことある?」
俺の不安を余所に、文庫を見せながら陽に答える。
「ああ、あるよ。サマセット・モームは、去年イチゴに薦められて何作か読んだ」
「陽に『月と6ペンス』の話したら『何冊か貸して!』って言われてさ」
朱夏がふうんと息で話すと、「人間の絆はオレもオススメだ!」と笑った。
黒髪は俺より短め、スポーツ刈りの
朱夏と同じように今はクラスは別だけど、部活で毎日顔を合わせてるからちっとも離れた気がしない。
やれやれだぜ。ここまで聞くと割とまともなヤツなのに、コイツと来たら。
「陽ちゃん、
「ちょ、バカ、朱夏」
それは言っちゃいけないお約束――
「元気だよおおおお! 蜜は今朝も納豆ご飯食べながらニコニコしてた! いやあ、妹が笑ってるだけで世界はこんなに明るくなるんだな!」
「おう、そりゃあめでたい!」
朱夏と陽、2人でガッハッハと笑う。
また始まった……陽の妹語り……。
「イチゴも反野も蜜の写真見るか? 先週自宅で撮ったんだ!」
「いや、多分2回見せてもらってるけど……」
「何回見てもいいもんだって!」
肩を掴まれて、スマホを突きつけられる。
ベランダにある植木鉢の花に水をあげている、ピンクブラウンのショートヘアが似合う女の子。
「わっ、蜜ちゃんキレイになったね! もう中3だっけ?」
「そう、来年は高校生だよ。こんなキレイで可愛い中学生って現実に存在するんだな」
「……相変わらずのシスコンだな」
言ってから後悔する。
しまったああ! これを言うとまた例の解説が始まってしまう。
「だからイチゴ、普通のシスコンと一緒にしてくれるなって。いいか、蜜は俺の妹じゃない、『義理の妹』なんだ。だからシスコンじゃなくてシルコン、Sister-in-low Complexでシルコンだぞ!」
「真顔で変な造語を力説するなよ」
蜜ちゃんは再婚相手の連れ子で、陽が小学校低学年のときから兄妹になったらしい。
でも陽のシルコンとやらは、確かにただのシスコンとは一味も二味も違っていて、もう一般人には試食できないレベル。
俺もイチ姉に対して多少はシスコンの自覚はあるが、陽と一括りにされるわけにはいかない。
「なあイチゴ、オレ怖いんだ。今までオレら普通に兄妹として生活してたワケだろ? でもひょっとしたら突然蜜がオレのこと男として意識しだしちゃうかもしれないだろ? その日を考えると何とも言えない気持ちになるんだ」
「俺はその話を聞いてなんとも言えない気持ちになるよ」
溺愛と恋愛未満の感情が同居する、ちょっと危ないコンプレックス、シルコン。
「おっ、陽ちゃん、この写真見て思ったんだけど、蜜ちゃんの髪の色、マヨネーズが合いそうじゃない? 少し赤身がかってるから、明太マヨみたいになりそう!」
「うわ、なんかそれすごい! 蜜にマヨネーズかける男がいたら許せないって気持ちと、自分がいつかマヨネーズかけたくなるんじゃないかっていう恐怖に心が揺れる!」
「黙ってろ変態コンビ!」
朱夏も陽も、クラスの友達にもこの素顔を出しているっていうのが信じられない。みんな器がデカすぎるでしょ。
「ったく、1年生に変な影響与えるなよ」
わざとらしく舌打ちしながら部室を見渡す。昔は大所帯だったらしく、部室は結構広い。ただ、今は俺達2年生が4人、1年生が3人と小規模(3年生は幽霊部員がちらほら)。
1年が少ないのは、絶対この2人が部活見学の時に妄想をぶちまけていたからだと思う。
そこへ、この曇り空な心に光を射す、4人目の2年生。
「みんな、相変わらず元気ね」
「わっ、久瀬さん」
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