5 俺だけが彼女の下着を見られれば良い
「あの、一悟さん」
持っていく教科書を確認していると、パソコンを見ながら美都が口を開いた。日光に照らされて目鼻立ちがくっきり見えるその表情は、眉を下げて困った様子。
「ん、どした?」
「課長から申請に対する質問が来ました。『なぜその魔法が必要なのか、明確な理由をお教え下さい』だそうです。確かに変わった申請ですからね」
「…………」
何だよ明確な理由って! 下着を見たいからだよ! それ以上の真っ当な理由なんか持ち合わせてないよ!
「……えっとね、うん、その、好きな人のことをもっと知りたいから、だな」
「分かりました、そう書きますね! えっと、『一悟さんは久瀬悠雨さんに恋心を抱いており、そこから生まれる好奇心が彼女の下着姿を見たい、という欲求に繋がりました。
そんなにしっかりした会社言葉で書かれると、自分がものすごいゲスな人間に思えてくる不思議。
ちょっと気落ちしているとパソコンからポンッという音。
「おっ、早い。一悟さん、課長と部長から承認おりました!」
「ナイスだ美都!」
「今日、久瀬さんに、下着で登校してくる魔法をかける方針です」
「バカかお前の会社は!」
なんでそうなるんだよ! 俺が見る前に警察に確保されるよ!
「いや、でも、一悟さんが下着姿を見たいって……」
「俺だけが見られればいいんだ! 俺だけが久瀬さんの下着姿を見るんだ!」
こんな独占欲の強い変態発言にはそうそうお目にかかれない。
「分かった、美都。じゃあ俺が久瀬さんの服を透視して下着を見られるようにしてくれ。ホームルーム始まる前くらいまででいいからさ」
これなら久瀬さんが服着てても大丈夫だ。こうなったらトコトン変態を貫いてやる。
「透視ですか……分かりました」
「そのまま部長に伝えてくれ」
「いえ、申請内容が変わるので『魔法変更申請書』を提出しないといけません」
言いながら、パソコンを高速タイプする。
「そんなことするのかよ……」
どの世界でも面倒な手順ってのは存在するんだな。
「なあ美都、そろそろ出発しようと思うんだけど。承認はおりそうか?」
食器も洗って、鞄も持った。玄関先では美都が、パソコンを左手に乗せながら右手で器用に操作している。
「ううん、返信がないですね。ひょっとしたら課長、別の書類を見てるのかも。ちょっと電話してみましょう」
ジャケットのポケットから電話を取り出して、耳にあてる。おお、天界にもスマホが!
「あ、もしもし、課長ですか、桜です」
上司への電話のせいか、声が半オクターブ高くなる美都。そういや苗字は桜だったな。
「あの、先ほどの魔法の件、変更申請出したんですが、いかがでしょうか? いえ、ちょっと急ぎでして……あ、部長から承認もらえれば良いですか、ありがとうございます。すみません、内線回してもらっていいですか」
内線って。天界のイメージが職員室と変わらないんだけど。
「あ、部長、桜です。あの、先ほど部長も宛先に入れた申請の件ですが……はい、そうです、どうしても吾妻一悟さんだけが下着を見られるようにということで……はい、服を透視したいということですので、ご承認よろしくお願い致します」
相手もいないのにペコペコ頭を下げる美都。社会人っぽさに少し憧れるけど、話してる内容の次元が低すぎる。
「はい……そうですか……しかしここでは…………はい……」
長いやりとりを聞きながら、靴を履く。
「あ、分かりました! ありがとうございます!」
明るい声で挨拶しながら、パソコンを閉じて鞄に戻した。
「承認されました!」
「おおおおおおっ! そうか! ありがとう!」
「必死の交渉の甲斐がありましたよ、ふふっ」
今日一番の笑顔に、ちょっとキュンとする。
しっかーし! きっとこの胸の高鳴りは美都のせいじゃない!
久瀬さんへの、久瀬さんの服の下への想いなのだっ!
2人並んで登校。美都もどっかに出かけるらしく、草履でぽこぽこと隣を歩く。
「お前さ、みんなに見えてるんだろ? そんなカッコでいたら怪しまれないか?」
巫女服にジャケット着て、頭に輪っかだぞ。コスプレにしてもコンセプトが不明すぎる。
「ああ、とりえあず他の人には違和感なく見えるように魔法かけてるんです。今は珠希高校の制服に見えてるはずですよ」
「なるほどね」
一本道を歩きながら、今日会ったばかりの女の子とちょっと不思議な会話。
天気予報の通り、日射しが強い。梅雨の前にちょっとでも夏の準備を進めておこうと、
「あ、友達が来たら、他人のフリして結構ですから」
「分かってるって、分かってる、ふっふっふ」
「一悟さん、楽しそうですね」
「まあな」
もうすぐ好きな人の下着姿が合法的に見られる。しかも、漫画でおなじみ、見た後のビンタも無しに。
こんな楽しいイベントが高校生活で他にあるだろうか、いや、無い! 反語が勝手に口をつくくらい上機嫌だ!
「会社からメールだ、おおっ!」
スマホをいじりながら、美都がぴょんぴょん跳ねる。150センチくらいしかないと、こういう仕草もよく似合う。
「もう一悟さんに魔法かかってるそうです!」
「よしよし、ありがとな美都!」
来たぜ来たぜ透視能力のスキル! 俺もちょっとしたエスパーだあああ!
と。
「おーい、イチゴ!」
後ろから飛んできた男子の声は、幼馴染の
「おう、陽、おは――」
恐怖を感じた瞬間、人間は黙り込んでしまうという。
大きなストライドで走ってきたヤツは、その身に下着一枚しか纏っていなかった。
「なっ……! なんっ……!」
恐怖を感じた直後、人間は咄嗟に逃避の姿勢を取るという。
気が付くと、俺は陽に背を向けて全速力で走っていた。
「おい、イチゴ、どしたんだよ! 何かあったのか!」
お前の体に何も無さすぎるんだよ!
「ちょっと待てって、一悟!」
陽の声は無視し、角を右へ。回り道して学校を目指す。どうしたんだ陽のヤツ!
と、前方、別の角から女子2人が出てきた。
女子の2人、下着姿。シンプルな水色とオレンジの花柄。
「おわあっ! ほわっ!」
奇声に反応してこっちを向く女子2人。瞬間的に目を覆ってしまう。
「いや、あの、その、見てないです! その、ほら、さあ、どうぞ先に!」
しどろもどろになりながら、手をブンブン振って学校の方角を示す。
不思議そうにこっちを見る2人の顔を薄目で見る。
「これは、どう考えても……」
「あ、ちょっと一悟さん!」
学校から遠ざかるように公園まで走り、茂みの中に隠れる。やがて、怪しいスーツの女子がパタパタと合流した。
「一悟さん、どうしました?」
暑かったらしく、完全にジャケットの腕を捲っている。
「なんだこれ! なんで他のヤツも下着なんだよ!」
「あ、実はですね。特定個人のみを対象に透視する魔法はかけるのが大変みたいで……とりあえず全員のを透視できる魔法にしたんです! この対応力、グッジョブですよね!」
そんなこったろうと思ったよb!
「全然グッジョブじゃない! 学校入ったら全員下着姿ってことじゃないか!」
「でも、久瀬さんのも見られますよ?」
「そういうことじゃないんだよ! 色々困るだろ!」
いくら欲望に塗れた高校生とはいえ、そんな環境耐えられない!
「美都、この魔法どのくらい続くんだ?」
「あと1時間くらいですね」
「そんな続くの!」
「はい、時間についても、かなり部長と交渉しましたから。『これが現代高校生の性に対する飢餓なんです。これが若者が神様に求めることなんです!』って!」
「現代高校生を何だと思ってんだ!」
こうして、しっかり早起きした俺は、魔法が切れるまで誰も視界に入らない公園トイレの個室で待ち、バッチリ遅刻。
魔法使いの巫女服会社員エンジェルとの同居生活は、不安な幕開けで始まった。
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