27 ぶつけて轢いて眠らせろ

「一悟さん、行ってきます」

「……へ?」


 俺に挨拶し、急に棚を上り始める美都。幸い近くに人が少なくて気付いてないけど、俺が見てる分には違和感の塊。


「タイミングが命だからな」

 いつの間にか棚の端に移動して隠れた琴さんが、美都に指示を送る準備をする。


 俺も怖くなって、慌てて琴さんの後ろに隠れた。なぜか大型のカートに展示サンプルの掛け布団を入れて、横に置いている。

 なんですかそれ、メチャクチャ気になるんですけど。


「そろそろだ……」


 白瀬さんは、包丁やピーラーを見ながら、ゆっくりと右に移動している。もうすぐ、美都の待機する場所の真下。


 その時。



「いけっ!」


 小声で叫びながら、一本指にした手をびゅっと動かして合図する。

 それを見た美都が、棚の上に並んでいた直径40-50センチほどの金だらいをガコンと落とした。


 グワワワワワンッ!


「痛ってえ!」

 何してるんだよおおおお!


 俺の心のツッコミを無視し、2つ目、3つ目と金だらいを落としていく美都。


 グワワワワワンッ!

 グワワワワワンッ!


「痛い! 痛いっ!」

 叫ぶ白瀬さんに、上を見る隙を与えない。


「桜、これを!」

「分かりました!」


 いつの間にか琴さんは、美都が登ってる棚の、白瀬さんがいる方とは逆側に移動していた。


 そして美都に、丸めた掛け布団を渡す。


「うりゃ!」


 手から蜘蛛の巣を放つおもちゃのように、バッと布団を下に投げる。

 落下に伴って花開く布団は、標的の体をぼふっと包んだ。


「え? あ? 何?」

 動揺する白瀬さんを他所に、琴さんがカートの取っ手を握る。


「とどめだ!」

 その大型カートで助走をつけ、白瀬さんにぶつけた。


 ガアアアン!


「うわあああああ!」


 大惨事! ただいま大惨事!



「よし、タマコン、逃げるぞ!」

「急いで、一悟さん!」

「何なんだよこれ!」

 天使な2人のくせに、やってることは悪魔だ。





「ふう、とりあえず良いコンボが決まったな、桜」

「ええ、浅葱さんのタイミングの取り方が良かったです」

 ホームセンターを出た休憩スペースで、ハイタッチする天使たち。


「一悟さん、どうでしたか、私達のコンビネーション」

「絶対やりすぎだと思う」

 特にカートで轢いたくだり!


「そもそもアレで倒れるわけでもないし、魔法回避に繋がらないだろ」

「いいや、タマコン。狙ってるのは正にそこなんだ」


 さっき買ったペットボトルのキャップを開ける琴さん。


「私達だって鬼じゃない、大ケガさせる気はないんだ。要はああいう不運を何回も起こして、『今日は何か良くない日だから帰ろう』となるのが理想だ」

「そううまくいきますかね……」

 と、美都が俺の袖を引っ張る。


「敵が動き始めましたよ」

「クソッ、しぶといな……もう少し体力削らないと息の根は――」

「止めるなよ!」

 愛と平和の象徴でいてくれ、アンタ達!





「マズい、書店の方に向かってるかもしれない……」


 エスカレータ―を降りて2階に向かった白瀬さんを追う。2階はアパレルの他に書店がある。ここで朱夏と会えばデートになってしまうということだ。


「浅葱さん、ここで止めましょう!」

「もちろん、そのつもりだ。桜、考えがある、協力してくれ」


 そしてまた、2人の耳打ちによる作戦会議。あの、そろそろ教えてくれませんか。事前に知っておかないと心の準備が。


「よし、じゃあ桜、タマコン、抜かりなく」

「何を! 何をする気なの!」


 俺の心からの叫びを軽々とスルーし、美都は重症の花粉症患者のように大きなマスクをつけた。


「浅葱さん…………行ってきます」

「ああ……気をつけろよ」

 ムダに重々しい挨拶を交わし、美都が書店のある側の通路を小走りしだした。


「他の人からは、魔法で衣装はカジュアルな服に見えてるけどな。顔はそのままなんで、あれをつけてもらった」

「なぜ変装を……」

「顔を覚えられないようにだ」

 もう、その答えがもう。割と不安な未来しか浮かばないんですけど。


「お、スタンバイできたみたいだな。私達も行くぞ」


 書店までもうそんなに距離がない場所にある、小さな休憩スペース。

 ソファのような2人掛けの椅子と自動販売機だけがあるその場所は、少し奥まったところで電気もついていないため、両隣の壁に見守られる路地裏のように暗がりになっていた。


 そこを今まさに通り過ぎようとする白瀬さんと、彼に近づく美都。そして、何食わぬ顔で美都との距離を詰める俺と琴さん。


 と、美都さんが話しかけた。



「あの、すみません。ちょっと気分が悪くて……」

「え? え、あ、大丈夫ですか?」

 辛そうに顔を斜め下に向けて、美都が弱々しく頷く。


「あそこに座りたいので、手貸してもらっていいですか?」

「あ、はい、どうぞ」


 美都の手を引き、白瀬さんを人気のない休憩スペースまで連れていく。ううむ、良い人じゃないか……。


「ふう……少し落ち付きました、ありがとうございます……」

 壁にもたれかかりながらずるずるとしゃがむ美都を、覗き込むように心配する。

 そこに忍び寄る、エリート天使と男子高校生の影。


「あの、体調悪ければお店の方とか――もごっ!」


 突然、琴さんが彼の背後から手を回し、白いガーゼを口に当てた。

 数秒後、彼はゆっくりと崩れ、ソファに座らされて寝かされる。


 ええええええっ! それアレじゃん! クロロなホルムじゃん!



「よし、これで大丈夫だ。疲れて仮眠を取ってるだけに見えるだろう。桜、ナイス演技だった」

「ありがとうございます、頑張ってみました!」

 ガッツポーズを決める美都。


「ちょ、ちょっと琴さん! 何もここまでしなくても! 魔法で寝かせるとか出来ないんですか!」

「魔法で寝かせるのは本人の生命活動に関わることだから承認は難しい。だからクロロホルムを申請したんだ」

「承認の基準がイマイチ分からない!」

 そっちの方が危ない気がしませんかね!



「浅葱さん、万が一のときに疑われないように、そのガーゼ処分した方がいいんじゃないですか?」

「もちろんそのつもりだ。ビニール袋に入れて捨ててこよう」

 慣れている……! この人、この犯行に慣れているぞ……!



「寝てれば反野朱夏と会うこともないはずだ。ふう、どこかでお茶でも――」

 犯行現場近くのゴミ箱で用を済ませた琴さんが、歩いていたその足を止める。


「琴さん、どうしたんですか?」


 その答えは、彼女の横から視線の先を覗いてすぐに理解した。


 白瀬君が、いない。


「しまった、少し吸わせる時間が足りなかったか」

「マズいですよ浅葱さん、書店に向かってるかもしれません!」

「クソッ、こうなるとアクシデントの一つでも起こってくれないと厳しいぞ!」


 話し終わるや否や、号令をもらったかのように走り出す琴さん。美都と一緒に、その後を全力で追う。その時間、僅か1分。



「あ、あれ、書店に着いちゃいましたよ。一悟さん、白瀬さん見ました?」

「いや、見てない。ひょっとしてもう書店の中に――」

「おい、あれ、反野朱夏じゃないか」


 琴さんが指差す先、ベストセラーの特設棚の前にいたのは、ボーダー柄のカットソー、デニムのショートパンツで夏らしい恰好の朱夏。


「わっ! 後ろ、白瀬さん来てます!」

 顔がバレてる美都が、ササッと俺の体に身を隠す。


 ちくしょう、ダメだったか……。


 朱夏が彼を呼ぶ声を想像した、その時だった。


「ひったくりよ!」


 この場所から数十メートルの場所で、おばさんの甲高い声が響く。

途端に騒然とし、書店から出てくる雑踏。その中で、なじみの顔から肩を叩かれる。


「あれ、イチゴに桜じゃん」

「陽、なんでここに!」

「いや、暇ならモール来るのがこの辺りの高校生の習性だろ……」

 そこに被さる、陽気な声と胸を高鳴らせる声。


「あ、イッちゃんと陽ちゃん! ミッとんも!」

「吾妻君達、みんなで来たの?」

「あ、いや、みんなたまたま、ここに」


 なんだ、魔法なんかかけなくても、会えるもんだな。白瀬さんも通り過ぎてしまった。

 後ろで琴さんの「回避されたみたいだな……」という声が聞こえる。


「オレも蜜と来たしな。今、夏服見て――」

「誰か! 誰か捕まえて!」


 陽の話を遮る、さっきのおばさんの声。そして。


「きゃあっ!」


 おばさんより何歳も若い、聞き覚えのある、まるで中学生のような、まるで俺の友人の義妹のような、女の子の悲鳴。


「鞄! 鞄盗られました!」

 彼女の声と気付いてすぐ、地面を強く蹴る3人。


「追うぞ、イチゴ!」

「おう!」

「アタシも行く! ミッとん、蜜ちゃんのことお願い!」

「あっ、ちょっと、一悟さん!」


 美都や久瀬さんを残し、陽と朱夏と一緒に全速力で走り出した。

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