26 始まった尾行と退治
「イチ姉も出かけるんだっけ?」
靴を履く俺を見送る姉に、紐を結び直しながら声をかける。
「うん。もう少ししたらね。それにしても一悟、今日はなんか張り切ってるね」
「ああ、まあね」
今は白瀬さんを食い止める防衛軍の気分だからね!
「あそこのモール行くんでしょ? 私も今日友達と行くから、向こうで会うかもね」
ヒラヒラと手を振って送り出してくれる。
「今日ものんびり青春しましょー」
「……イチ姉もな」
特に差がない双子のはずなのに、イチ姉がいると構えてしまう。青春の度合というか、充足感のようなものは負けてる気がして、変に対抗意識を燃やしてしまう。
そうやって、なんだかうまく会話もできないまま、家を出てきた。
「で、その相手の男の人、どうやって探すんですか?」
駅前で、2人の天使と合流。近所の有名なパン屋で買ったハムとチーズのクロックムッシュを咥えながら、美都が俺の方を見る。
「それはもう、浅葱さんに任せて下さいよ!」
同じようにパンを頬張る琴さんが、ニイッと歯を見せて笑った。
「探索用のアプリがあるんだ」
琴さんがスマホの画面を見せてくれた。
この街の細かいマップ、そしてマップの上に「対象ID」と書かれた入力スペース。
「ここに番号を入れればすぐに見つかる。この地域だけだから、見つけてから移動するのにも大して時間はかからないだろう」
「便利なものがあるんですね」
「この仕事になってから必要になってね。急いで作ったんだ」
「琴さんが作ったんですか!」
アプリ開発ってスゴいな!
「毎回、探すの大変だったからさ。休日に本見ながら何とか作ったって感じだよ。だから画面の設計とかはそんなに良くはない」
「いえいえ、探せればいいんですから。そんな風に作れちゃうって、やっぱり浅葱さんはデキる天使だなあ。ね、一悟さん、浅葱さんエリートでしょ?」
首を細かく縦に振る。
もちろん、若くしてアプリ開発してる人だっていっぱいいるけど、仕事しながら必要だと思って独学で作り上げるって、やっぱりスゴい人だと思う。
「ったく、褒めても何も出ないぞ。よし、では問題の白瀬君を探そう」
茶色のビジネスバッグからクリアファイルを取り出し、挟まれたA4用紙を見ながら数字を入れる。
「お、いたいた。早速モールに向かってるな」
バスに乗っているのか、赤い丸がかなりのスピードで動いている。
「一悟さん、なんかみんなモールに行くんですね」
「まあこの辺りは遊ぶところ少ないし、電車乗らずに行けるのはあそこくらいだからな」
シネコンもあり、アパレルから雑貨までお店も豊富、フードコートも広い。すっかり休日の「とりあえず」おでかけスポットになっている。
「琴さん、これ朱夏の現在地は調べられないんですか? そっち調べて、朱夏をモールへ行かせなきゃいいのかなあって」
「冴えてるな、タマコン。でもそれはできないんだ。このアプリで誰のことでも調べられるようになるとプライバシーの問題が絡んでくるからな。これで探せるのは、カスタマーサポート部が登録した対象だけだ。今回なら、間違えてかけてしまった白瀬君だけ」
地上も天界も、プライバシーには厳しいご時世なんだなあ。
「さて、私達も早めにモールへ向かおう。いつ反野朱夏と接触することになるか分からない」
「で、どうやって行くんですか琴さん。やっぱり何か特殊な移動するんですか?」
空飛んだりとか! 一瞬でワープしたりとか!
「ああ、経費で落とせるよう説得してあるから、バスで行こうと思う」
「さっすが浅葱さん、抜かりないですね! よし、一悟さん、バス停まで行きましょう!」
「…………そうだな」
魔法らしい魔法は夢のまた夢。経費に阻まれるのであった。
「ここか」
モールに着き、一番近い入口から中に入る。
「タマコン、アプリで探せるのはここまでだ。ここから手分けして探そう」
「分かりまし……わっ! 久瀬さん!」
少し先、通路を歩いていたのは、クリーム色のTシャツに水色のフレアスカート姿の久瀬さん。
「来てるなんて……うう、今日もかわいいなあ」
会えて嬉しいなあ! 声かけたいなあ! 一緒に書店でプチデートしたいなあ!
「ちょっと一悟さん」
呆れたように呼びながら、よそ見していた俺の顔をくいっと戻す。
「今は一悟さんの欲丸出しの恋煩いに付き合ってる暇はありません」
「言い方、言い方!」
その恋煩いを観察しに来てるのはお前だろうが!
「じゃあ2人とも、何かあったらSNSで」
「分かりました!」
「了解であります!」
3人で散り散りになり、俺は1階を素早く回る。1周、そして2周。
雑貨が多いエリアだけど、ここには見当たらない。ってことは2階のアパレル……いや、音楽やゲームが好きなら3階かもしれないな。
3周目を回ろうとしたところで、はたして美都からグループ通知が来た。
「3階のゲームコーナーにいました」
自動販売機の横を通り、階段を駆け上がる。
コンシューマーゲームのコーナーに隣接したゲームセンター、UFOキャッチャーの横で尾行しているみたいに張り付いている2人のところに走った。
「いましたか」
「ああ、あれ見てみろ」
琴さんの指差した先には、パッケージを手に取る茶髪の標的が。
「よし、ここで食い止めるぞ」
3人で忍者の忍び走りのように腰をかがめて移動し、棚の反対側に陣取る。
よし、ここまで来て……あれ? ここからどうやって食い止めるんだ? 魔法? いや、多分もっと頭脳プレイで――
「あ、動きますね」
美都が小声で呟く。白瀬君がその場を離れようとした、その時。
「いくぞ、桜」
琴さんの低い声と同時に、棚に体当たりする女子2人。
ソフト本体が入ってないからか、そこまでの重さのない棚は、ガクッと大きく傾いた。
ドスンッ! バサバサバサバサ!
「どわああああああ!」
「きゃあああ!」
彼の声と、近くの中年女性の悲鳴が響き渡る。本棚が倒れて、彼に襲いかかった。
「よしっ、ナイスタイミング! タマコン、離れるぞ!」
「一悟さん、足がつく前に早く!」
ええええええっ!
動揺しながら、少し離れた幼児向けのパズルエリアまで何食わぬ顔で移動する。
「ちょ、ちょっと琴さん! こんな乱暴な方法でやるんですか!」
「いや、そうは言ってもな、タマコン。私達が大事にしているのはカスタマー、つまり申請書に書かれた人達なんだ。今回で言えば、時原陽と反野朱夏が一番大事なんだぞ」
いや、そうなんだろうけどさ……。
「この仕事をする以上、優先順位はつけなければいけない。それに」
自分を抱きかかえるようにして恍惚の表情。
「こういうのが悶えるだろ! 男がいたぶられてる感じがさ! たまんないだろ!」
「個人的な趣味を持ち込まないでください!」
怖い! この人怖いよ! 逃げたい!
「あ、浅葱さん! 敵はまだ動けるみたいですよ!」
背伸びして棚から頭を覗かせ、状況を確認する美都。
「チッ、仕留めたと思ったのに歩けるのか……しぶといヤツだな」
「次です、浅葱さん。次で確実に仕留めましょう」
「お前ら楽しそうだな」
なんで白瀬さんを敵呼ばわりしているのか。
「おっ、移動するようだぞ」
太ももをさすりながら歩き出す白瀬さん。だんだん不憫になってきたぞ。
「ついていきましょう、一悟さん」
3人でわかりやすく後を追う。
傍から見たら明らかに怪しい俺達3人。誰を尾行してるかまで悟られそうな尾行だ。
「ホームセンターか」
白瀬さんが入っていったのは、同じ3階、棚から枕まで揃うモール内のプチホームセンター。
彼はそこで、キッチン用品をしげしげを見始める。
「アイツ、結構料理するんですかね、浅葱さん」
「かもな。料理好きに悪いヤツはいないが、今回ばかりはお縄だ」
「お縄になるようなこと一つもやってませんけど!」
むしろ悪いのはシステムに不具合あった会社側なんですけど!
「よし、次の作戦だ」
そう言って、美都に耳打ちする琴さん。内容が分からない分、余計怖い。
「おい、美都、俺にも作戦を――」
「じゃあ浅葱さん、抜かりなく」
「ああ、勝ってまた会おう」
「まぜて! ねえ、俺もまぜて!」
何をやる気なんだよ!
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