35 その天使は魔法使い

「さて、そろそろ行きますね」

 珠希たまき祭も終わって、明日学校に行けば夏休み突入の木曜日夜。美都はカバンの中をゴソゴソと整理していた。


「中間報告会、だっけ?」

「ええ、課長と部長に説明ですよ。緊張します」

 若い人を取り込むために必要な魔法のリサーチ。その経過を報告するために、一旦天界に帰ることになったらしい。


「レポートは無事作れたのか?」

「うう、8割くらいです。今日は徹夜かなあ」

 しょげる美都。でもその表情はどこか楽しそう。今の仕事、好きなんだな。


「でも、書くことは決まってるんで頑張ります。ふっふっふ、傑作になる予感ですよ。これを読めば若い子の欲望が丸わかりです」

「ホントかよ」

「ちょっと結論の部分を読んで差し上げましょう」


 彼女は左手に印刷されたレポートを持ち、右手で緋袴の帯リボンを回しながら深呼吸した。


「つまり、高校生前後の年齢は欲求に素直であり、特に恋愛欲は顕著である。デートのために晴天を望んだり、ハイセンスなカフェの設立を要求されたりと、我儘とも言える要求水準である。また性欲に関しても同様の傾向があり、足を覗いて歓喜する、下着の透視を望むといった不埒な人間もいる」

「好き勝手書いたなあ!」

 天界での俺の評判はダダ下がりだよ!


「まあ続きを聞いて下さい」

 パーを前に出して俺を制止し、もう一度レポートに目を移す。


「しかし部活等では、友人との協力の中で実現したい目標も多いようであり、その領域には不用意に魔法を使うべきではない。例え失敗したとしても、運に頼らず、自分達だけの力でやりきることに達成感や『青春』を感じる年齢と考えられる」


 さっきの怒りはフワッと消えて、ドヤ顔する美都の顔をジッと見る。


「……いかがでしょう?」

「うむ、よく調べたな。及第点だ」

 しばらく黙ったあと、2人で吹き出す。


 トラブルばっかりだったけど、なんだかんだ言って楽しい3ヶ月だった。

 それだけは、どっかの会社にいる神様に誓って本当だ。



「なんか寂しくなるな」

 荷物を持った美都と玄関へ。朝いつも一緒に出ていたこの玄関を見ると、余計に寂しさが募る。


「私も一菜さんの料理食べられなくなるかと思うと寂しいです」

「そこかよ」

 肉じゃがや筑前煮に負けるのか俺は。


 美都はフフッと笑った。

「報告してちょっと雑務やって、すぐに戻ります。8月末には帰ってきますよ。リサーチは継続が大事ですし!」


「おう、じゃあ俺も部活に打ち込むかな」

「一悟さんは恋愛も頑張らなきゃですよね! 悠雨さんもいいですけど、私は朱夏さんもステキだと思いますよ」

「なんだなんだ急に」

「幼馴染だろうと何だろうと、これからどうなるか分かりませんしね、ふふ」


 まあ確かに、これからどうなるかは分からないな。急に美都が来たみたいに、何かのきっかけで何かが大きく変わることがあるのかもしれない。


「そうそう、一悟さん。私、勝手なんですけど、ちょっと一菜さんのこと調べちゃいました」

「イチ姉のこと?」


「一菜さん、少なくとも花織神社では魔法をかけたことなかったです。陽咲神社ではかけたことがあるかもしれませんが、あそこが真剣に魔法を生産しだしたのは最近なんで、あんまり可能性高くないかと……」


 瞬間、言葉を失って、でもすぐに笑顔に戻る。


「……そっか」


 うん、あの珠希祭前日から、何かそんな気がしていた。


 魔法なんかじゃなくて、イチ姉が幸運を呼び寄せたに違いない。掴み取ってもらえると感じた幸運が、イチ姉のそばにやってきたんだろう。


「ってことは、一悟さんにもそのうちすっごくラッキーなことがあるかもしれないってことです!」

「なんだよその理屈は」



「人生はこの先どうなるか分からないってことですよ」

 大人の表情で、優しく諭すように言う。


 くそう、こんなときだけお姉さん顔して。

 悔しいけど、やっぱりとっても綺麗だ。


「よし、とりあえず2人で良い夏にするか!」

「ええ、頑張りましょう!」

 握手した後、ジャケットをピンと伸ばして草履を履く。


「じゃあな、美都。また来月」

「はい。一悟さん、暑いけど体に気をつけて下さいね。あ、それと……」


 ドアを開けて振り向き、ニッコリ笑う。


「今後とも我が社をご贔屓に!」

 ペコっと頭を下げて、また笑った。

 釣られて笑顔になるような、文字通りの天使の笑顔。


「では!」

 手を振りながら走っていく美都。月明かりと街灯が、輪っかを照らす。


 巫女服にジャケットに草履、会社員で天使で魔法使い。

 メチャクチャな彼女とのハチャメチャな日々も、しばしの夏休みを迎えた。




***




「あれ、一悟、今日も部活?」

 夏休み3日目。曇っているけど、窓を突き抜けるセミの声が猛暑を演出する。


「うん。今まで珠希祭でしか文芸誌出してなかったんだけど、冬にも作って同人即売会に出してみようと思って」

「へえ、面白そう! でき上がったら私にも見せてよ」


「もちろん! 高校生は勉強以外に青春を捧げてナンボだしね!」

「おう、その通り! 行ってらっしゃい!」

「行ってきます!」


 夏休みだから自転車で通学。自転車のスタンドをキックして、イヤホンを片耳に。

 胸ポケットのスマホをカチカチ動かして夏の曲を探し、ギターと一緒に走りだす。


 立ち乗りで一気に加速して、いつもよりちょっとだけ高い世界から植え込みや公園を眺める。

 突っ切る風の音と息を切らす呼吸が音楽を邪魔して、でもそのスピードがたまらなく心地いい。



 学校の前にちょっと寄り道。まだ幾つかのシャッターが下りている商店街を抜けて、奥の道を左へ。散歩してる人もまばらな道路を走ると、花織神社に着いた。


 自転車を止めて、鳥居をくぐる。


「とりあえず、今後ともよろしくお願いします、と」

 財布から小銭を取り出して、賽銭箱に入れる。



 アイツの給料には全然足りないだろうけど。入れて何が変わるわけじゃないだろうけど。

 でも、感謝の気持ちを表すくらい、やってもいいだろう。




「うわ、あっつー」


 手を合わせ終えた途端、分厚い雲から晴れ間が覗いて神社を照らす。




 さて、偶然か、それとも誰かの魔法かな。

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「部長、服を透視したいので、ご承認の程よろしくお願い致します」 六畳のえる @rokujo_noel

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