33 そして僕らは動き出す

「なんですか一悟さん?」

「美都、お願いがある。魔法で夜食と栄養ドリンクを出せないかな」


「ほうほう、部員全員分ですか?」

「だな。美都のも含めて8人分」

 おにぎり1人2個として……と計算を始めた美都。


「うん、任せて下さい!」

 いつものパソコンを開いて打ち始める美都。


「……このため……全員分の夜食及び栄養ドリンクを……申請致します、と」

 口に出しながら申請フォームを埋めていき、タンッとキーを押した。


「よしっ、ちょっと確認の電話が来ると思うので、そこでの説得が勝負ですね」

「なあ美都、電話来ること多いけど、だったら電話の申請でもいいんじゃないか?」


「ダメですよ! 形に残さないとホントに申請したかどうか分からなくなるじゃないですか! 不正をする天使が出てこないよう、ブレーキの意味もあるんです」

 天使って不正するんですか。誠実で純真なイメージしかなかったです。


「おっ、部長からだ。はい、桜です…………はい、そうなんです、一悟さんの珠希祭に懸けるアツい想いに共感しました。」

 折れるくらい手帳を握って、電話に大声をぶつける美都。


「私は今までずっと一悟さんを見てきました。一悟さんがここまで燃えてるのを見るのは初めてなんです! 天使として、彼の想いを、心からの祈りを聞き届けたいんです!」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような、彼女のアピール。


「……はい、分かりました。ありがとうございます」

 何度も誰もいない空間に向かってお辞儀する。

 そして電話を切って、俺の肩にポンと手を置いた。


「ダメでした!」

「……はい?」

「予算がないので難しいそうです」

「どう考えても承認される流れだったでしょ!」

 肝心なときに役に立たない!


「代わり、にはならないかもしれませんが、私がお金立て替えていいのであれば買いに行きますよ!」

「ホントに代わりにならないな」

 天使パシらせたらバチ当たったりしないかな。


 死ぬほど大きなため息をつきながら承諾する。スーパーで大量の安いおにぎり、薬局で栄養ドリンク箱セットを買ってもらうよう注文。


「なるべく安いのにしろよ、俺のおこづかいなんだからな」

 部室に戻る廊下で、胸を張る美都。


「信用してくださいって。私を誰だと思ってるんですか? 魔法の使えるOL天使ですよ!」

 魔法使えてないじゃん! 申請通らなかったじゃん!


「ところで一悟さん、私のおにぎりは高いヤツでもいいですかね? 最近発売した『黄金の鮭&いくら』ってやつを――」

「安いヤツって言っただろ! 却下だ却下!」

 人間の分際で失礼ですが、さっさと買って来て下さい!

 


「よし、夜食と栄養ドリンクだぞ!」

 美都からお釣りと一緒に渡された袋を、ドサッと部室中央の机に置く。


「吾妻先輩ナイス! 飯だ飯!」

「ありがとな、イチゴ!」


 束の間の休息。手が空いた人から、好みのおにぎりをガサガサと探す。

 この時間になっても暑さは引かない。

 窓の外に張り付いてお腹を見せている虫は、涼ませてくれと言っているよう。


「月野さん、そろそろ戻ってきますね」

「吾妻先輩、複合機のコピーってどのくらいのスピードなんですか」

「カシャ・カシャって感じだから……1秒間に2枚くらいかな。でも紙切れとか、印刷された紙の整理とかあるから、そんなに単純計算できないけどね」


 昆布とシーチキンを頬張ったら、また動き出そう。



「イッちゃん、ツッキーから原稿届いたよ! これで全部!」


 朱夏からクリアファイルを2部受け取る。手書きの表紙や目次、囚人探偵シリーズを2作、そして部員全員の作品。総計300ページの原稿が分けて挟まっている。


「朱夏、サンキュ! じゃあ陽、一緒に印刷手伝ってくれ。あと井上と月野さん、一緒に印刷室来て! 久瀬さん、こっちでポスター作成とか任せていいかな。古橋は絵上手いからこっちに置いておく!」

「任せて。印刷お願いね」


「うっし、それじゃ行くぞ」

 用務員室の近く、印刷室まで、夜の学校を走る。


 渡り廊下を渡って、階段を下へ。

 もうほとんど明かりの見えない校舎は、いつもとは全然違う表情。


「イチゴ、まけねーぞ! 勝ったら亜子はオレのもんだ!」

「勝っても俺のもんにする気ないし、負けてもお前のもんにはならねえよ」


 怪談の定番スポットなのに、怖がりもせず競争する自分達がに妙におかしくて、ニヤニヤしながら走った。


「とうちゃーく! 完勝だ!」

 陽を先頭にゾロゾロと入る。印刷室には、複合機と大量の包装された白紙が佇んでいた。


「イチゴ、用紙はここにあるもの使っていいのか?」

「うん。先生と話して、使用した用紙は後で部費から払うって話にした」

 原稿をファイルから出し、複合機の電源を入れる。


「先に表紙だけカラー用紙で刷っちゃおう。その後に、原稿を両面出力で印刷するよ。陽、原稿が出てきたらそこの机で一緒に整えよう」

「合点!」


「井上、ある程度枚数が溜まったら部室に運ぶの手伝ってほしい。月野さん、ガンガン刷ってくから、紙がなくなりそうになったら補充して」

「分かりました!」

 1年生2人がユニゾンで答える。


「なんだ、2人とも元気だな。栄養ドリンク飲んだから?」

「いや、なんか夜の学校ってテンション上がるじゃないですか!」

「分かる分かる。楽しいよな」

 陽と井上君の楽しげな会話。


「よっしゃ、印刷スタートするぞ! 準備はいいかあ!」

「うおおおおおっ!」

 ひどいテンションでコピーボタンを押す。


 そうそう。珠希祭の準備は、久瀬さんに跨られるのもステキだけど、こういうのが楽しいんだよな、きっと。


「井上、とりあえずこの塊持って行ってくれ!」

「持っていきます! 人足りないから呼んできますね!」

「イチゴ、部室で紙の山が1つバラバラになっちゃったって」

「そっちは久瀬さんに任せる!」

「時原先輩、紙補充します!」

「ヤバい、インクが切れそうだ!」

「応援に来ました! 持っていくものありますか!」

「吾妻先輩! ステープラーの針ってどこですか!」


 電話と叫び声。部室と印刷室を行ったり来たり。てんやわんや。

 簡単に印刷できる魔法はないかな。いや、そんなのないから面白いんだな。



 俺達の作業は、日付が珠希祭当日に変わってもしばらく続いた。

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