第六章 運命の時(6)

「お待ちしておりました。早速ですが決闘に移らせていただいてもよろしいでしょうか?」


「話をする暇すらないのか?」


 表面上は好青年を装っている男の言葉に、僕は疑問を投げかけた。


「ええ、残念ながら


「そうか」


 簡潔に僕は締めくくった。

 署名をした場合は、決闘を申し込むことも、受けることもできなくなる。設営本部で聞いた情報なので確かだろう。チョッパヤが署名をした時点で、残りは二名であることはわかっていた。

 正確に言い直そう。

 二名になるまで減らされていたのだ。目の前の二人組、ひょっとしたら彼らに同調する者たちが、もっといたのかもしれない。そいつらすら、もはや存在していない。

つまり、喰われたか殺されたのだ。


「我々とあなた様がたによる、乱戦です。のせいで、決闘を行うことはできませんが、これを使わせていただければ存分に闘うことができます。呑んでくださいますか?」


 そう言って、男は二枚のカードを袖口から取り出し、投げつけてきた。ひらり、と二枚の紙が宙を滑った。

 わざとらしく強調するところが嫌味ったらしい。僕らがまだ署名していないことは漏れているだろうから、これは脅迫だ。呑まなければこれらをどう使うかはわかっていますね、と挑発している。

 予想通りの内容が書かれている、カードの記載を確認する。


『強制決闘(団体)』と、表面に書かれている。

『このカードを所持している者は、いかなる場合であろうとも決闘を断ることができない。なお、このカードはチームにのみ適応され、個人への使用は不可である』と、裏面に説明書きがあった。


『破却(団体)』

『このカードの対象となった者たちは、景品により獲得した効果をひとつ失う。破却する効果は対象に選択権がある』


 設営本部のお姉さんから聞いた景品の内容が、これらだった。

『強制決闘』は、もし仲間を人質に取られた場合、決闘によって取り返す手段として使える。『破却』も同様に、使い手によって善し悪しが分かれる代物だ。いろいろと景品があり、僕らはミンコに護身用のものをいくつか持たせている。

 能力をひっくり返すような代物はないので、これらは状況を変化させる類いの道具くらいに考えておいたほうがいいだろう。

 やはり確実な方法は、僕とゴエモンでミンコを護り、チームを維持することだ。


「わたくしからはこの二枚を提示させていただきます。そして残りは我が盟主からとなります。お受け取りください」


 カードの内容を確認し終えたところで、男はさらに一枚、漆黒のカードを飛ばしてきた。

 こちらの確認を待つあたり、律儀な性格をしているのかもしれない。


「おい」


 カードを見て、僕は短く言葉を発した。


「なんでしょうか?」


「何も書かれてないんだが……。白紙、じゃない黒紙じゃねえか」


「では、あなた様がたは獲得に必要なポイントを満たすことができなかった、ということですね」


 男は、柔和な笑みを浮かべている。


「ここで呑まないって言ったらどうするつもりだ?」


 彼の提案に、僕が返すと、彼はにこりと笑った。ほがらかな笑みであったが、邪悪に満ちた思惑が見て取れた。言うなれば、笑顔をいう名の仮面を被っているようで、その裏側からは、殺意が漏れ出ているように感じる。


「その場合はを使わせていただきます」


にされちゃ呑むしかねえだろ」


「さて、何のことやらわたくしには解りかねますが」


 痩身の男は、ひょうひょうと答えた。

 僕は隣にいるゴエモンにアイコンタクトを送る。


『ミンコさんを連れて、ぎりぎりまで後退していてくれ』


『あいわかった』


 ゴエモンは、こくりと相づちを打った。

 僕らの予想が正しければ、『強制決闘(拡張)』と『破却(拡張)』が相手の切り札だろう。決闘場を拡張して他の参加者を巻き込み、破却を拡張してより強力な効果を打ち消す。これらに対抗するための景品は軒並み品切れだったのだ。


「戦う前にひとつ聞いておいてもいいか?」


「なんでしょうか? わたくしで答えられる範囲であれば何なりと」


「あんた、名前は?」


「『銃刀法違反完全武装』と申します。盟主からは『カンブ』という略式名称を賜っておりますので、そのようにお呼びいただければ光栄です」


「簡単に答えてくれるのな。僕の名は」


 僕も名乗ろうとしたところで、カンブという名の青年は手のひらを立てて、胸の前で左右に振った。


「わたくしは名などに興味はございません。ただ、あなた様という『殺人罪』を前にして、勇猛に戦うことこそが唯一の望みですので」


「僕の罪を勝手に決めつけるのは悪手だと思うぜ?」


「ふふふふ、それはあなた様が我らの書状に応じて、この場に立っていることで証明されているではありませんか」


 違いない。

 僕はやれやれと、腰に手を当てて、上半身を深く折り、背後の様子をうかがった。

ミンコとゴエモンは距離を取ったみたいだ。

 顔を上げると、ちょうど白い浴衣、白い髪の少年も、カンブの後ろに下がり、腰を落としたところだった。まるで観戦でもするかのような余裕っぷりである。


「ああ、我が盟主ならお気になさらないでください。気まぐれな御方なので」


「そうかい。ところでさっきあんたが言った、僕らがこの場に来たこと自体ってやつさあ、あんたの盟主が何の罪なのか教えてることにならないか?」


「おや、聞きたいことはひとつだけ、と仰っておりませんでしたか?」


 揚げ足取りか。


「はじめろ」


 ドスの効いた重低音が、はるか前方、カンブの向こうに座る少年から発せられた。その眼は、提灯の橙色と月光の純白を含み、獲物を見定める獣のごとき迫力を放っているのが離れていても伝わってくる。

 きりきりと場の空気が張り詰めていく。


「参ります」


 カンブが重心を落とし、両手、両脚を大きく開いた独特の姿勢に移行した。


「ああ……来い!」

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