第二章 罪の意識(2)
「お前、俺の邪魔すんの?」
「邪魔というわけじゃない……ただ…………あまりにもあの娘が可哀想だろう!」
「はい、敵確定」
男の短い発声で、世界が変わった。
周囲の景色が歪んでいく。祭りの賑やかな音楽や会話が、壊れた音声データを再生しているかのような、耳障りな音に変わる。うっすらと白い帯が、視界の端で波打つ幻覚さえ見えた。
「き、貴様……いったい、何……を…………」
「強制わいせつ罪ってのは本当だぜ。だがな、そいつは俺が喰ったやつの罪だったんだわなぁ」
「喰った……だと……?」
僕は、平衡感覚すら危うくなりながら、男に問いかける。
「あれ? ガチで知らなかったのか? こっちを試してシラぁ切ってたのかと思ってたんだが……とんだ間抜けもいたもんだ!」
「何を、言って、いる」
「これから消えるやつが知ってもどうしようもねえことだが……俺ってば優しいから教えてやるよ! 冥土の土産ってやつ? あ、俺らって生きてんのかね、死んでんのかね? あーっはっはっは!」
「ぐっ、うおぉっ」
その時、僕は自分の内側が熱くなるのを、確かに感じた。
「喰っちまったってのは文字通り、相手を喰らうことで能力をごっそり吸収できるんだよなぁ、二つの意味で美味しい! パンツパンツほざいてたやつはきめぇが、油断させるにはもってこいの能力だったってわけだ」
確かに油断させるには充分すぎる話題の振り方だった。僕が目の前の男を見誤り、窮地に立たされているのは事実だ。
だがそれでも、僕には納得のいかない部分がある。
それは……
「どうして俺がこんな真似をできたのか、って疑問に思ってんだろう? それこそが俺の罪の証であり……存在そのものなのさあ!」
「ま、まさ……か。貴様の罪は…………騙すこと……か。ぐぅっ」
「ご、め、い、さ、つぅ!」
ついに倒れ伏した俺の頭を、男が踏み付けてくる。
どんな表情をしているのか見ることはできないが、声の調子から察する。
不覚、不覚、不覚にも程がある!
なんてことだ。自分の手でこの狂った祭りを収束させてみせると意気込んだ結果がこれか!
悔しさからか、内側から発せられる熱が、さらに強くなっていく。
「俺の罪は『詐欺罪』さあ! 詐欺なんて罪に問われるのがおかしいと思うだろ? そう思うよなあ? 騙されるやつが悪い。名言だよなあ?」
「くたばれ外道が」
「あっそ、んじゃそろそろいただきますわ。じゃあね、ちんけなキブツソァァァ?」
「?」
男の声が乱れた瞬間、僕は自分の眼を疑った。
ごとり。
地面に、重い何かが落ちたような鈍い音がした。
それは黒い球体のようだった。
男の足から感じられた圧力が薄れ、素早く抜け出すと――その音の正体を知った。
男の頭部、首から上が地面に転がっていたのだ。
いったい何が、と思う暇もなく、自分の右手に握られた物を見る。
刀。
人を殺すことのみを追い求め、やがて裁縫道具や調理道具へと時代の流れとともに変化した、いにしえの斬殺武器がその手にあった。
殺されかかっていた自分が、殺している。
その現実を受け止めるのに、しばらく時間がかかった。
自分の手から長刀が消え、男によって歪められたと思われる空間が元に戻りまでの時間……どのくらいなのかはわからない。
しばらくその場で状況を整理した。
男の言葉の断片を拾い集める。
『罪の証』
『存在そのもの』
『能力』
『喰らう、吸収』
推測だが、男に対して怒りを覚えた時点で、僕の罪の証の能力が発動した。
人を殺すための能力。
内側に発生した熱は、発動までの予備時間。
そして、殺人のきっかけとなったのは……
「くたばれ」
そう、確かに僕はそう言ったのだ。
つまり「死ね」と言った。
すると、男の首が落ちた。即死だろう。
僕は、この祭りの過酷なルールと、決闘の一端を垣間見た。
そして……この時、すでに僕は一つの『解答』へとたどり着いていたことを、後々知ることとなる。しかし、あまりにも多くのことが一度に起こりすぎて、その事実に気づくのは、遅すぎるほどに遅かった。それはまだ先の話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます