第三章 希望の少女(1)

『詐欺罪』を顕現した男との決闘から、もうしばらく時間が経った。

 すぐにでも活動を再開したいのは山々だった。しかし、祭りを楽しむ人々を見て、凄惨な現実から眼を背けたいという思いが勝った。

 その中に、薄い桃色の浴衣を着た少女を見つけた。長髪のポニーテールが印象的な小柄な少女だ。

 思わず僕は彼女に駆け寄った。


「あの……」


「…………」


「あの!」


「…………あ、はい。わたしでしょうか?」


「はい。これ貴女のものだと聞いて……」


 自分でも馬鹿だと思う。

 男を斃してから、自分の袖の中に何か柔らかい物が入っていることに気づいた。

 それは…………桃色の女性下着だった。もっと直接的に言えば、パンティだった。

 奪われた物は持ち主に返したい。そう思っての判断にしても、どう見たって変態でしかない。

 張り倒される覚悟はしている。


「はあ……確かにわたしの下着です。下がすぅすぅして困っていました。ありがとうございます」


「そ、それだけですか?」


「他になくしたもの、ありましたっけ?」


「いや、それ、僕に訊かれても……」


「ああ、そうですよねえ」


 なんだろうこの娘。すごく……気が抜ける。

 地味が印象的という変な感じだったが、今は間抜けが印象的に変わった。


「申し遅れました。わたしは『道路交通法違反みんなで渡れば怖くない』という者です」


 ちょっ!?


「なぜ急に怖い顔をしていらっしゃるのです?」


 少女から、怖い顔、と言われた僕は小声で続ける。


「いやいやいや。今はあんまり騒ぎになってませんけど、この祭りは危険なんです」


「危険ですかあ。わたしは今、危険なのでしょうか?」


「危険というか…………貴女はその……もう戦われたんですか?」


「はあ。『詐欺師騙されるやつが悪い』という好戦的な殿方と……あれは戦ったのでしょうか?」


 僕が殺される寸前まで追い込まれたあいつと戦った!?

 しかも負けているはずなのに、生きている!?

 どういうことだ!?

 僕は、頭が混乱しそうになりながら、慎重に質問を重ねていく。


「そいつは貴女に何か言ってませんでしたか?」


「ええと。『こんな阿呆を喰ったら阿呆が移るわ。下着を脱いで渡せ』と申しておりました」


「それに貴女は従ったと……?」


「はい。敗者は必ず勝者に従うものだと仰っていましたから」


 そ!!

 ……落ち着け。


「そんなことは今すぐ忘れて捨ててください!」


「そうですか。ご恩は返さなければいけませんよね」


 そういうと、彼女はぽいっと捨てた。

 桃色の下着を。


「拾ってください!!」


「拾えばいいのですか?」


 とろんとした瞳で、少女は自分の下着を手にしたままこちらを見ている。

 長い前髪の奥から、緑色の玉が光を放っている。


「穿いてください!!」


「はい。わかりました。すぐに穿くので少々お待ちくださいね」


 衆目の中で下着を穿こうと、浴衣を崩す彼女。

 僕は、もうどうにでもなれ、とやけっぱち気味に彼女の下着を奪い取った。そして彼女を伴って、人気のない茂みへと身を隠したのだった。

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