第三章 希望の少女(2)
「落ち着きましたか?」
僕が言うと。
「どちらかと言えば、あなた様のほうがお疲れのようでしたが」
そんなことを彼女は言う。
察しが良いのか悪いのかわかんねえ! と僕は心底、嘆いていた。
「ええと……ミンコさん」
「ミンコ?」
「『みんなで渡れば怖くない』から取ってミンコです。あなたのコードネームです」
「ふふっ、なんだか楽しいですね。ミンコ……あなた様はどうお呼びすればよいのでしょうか?」
僕は確信していた。
この子こそ、優勝者に相応しいと。
だから、正直に名乗ることにした。
『殺人罪』と。
「『
「原初を殺す者、でしょうか? 縮めるとアキラさんですね、素敵な名前です」
さつじんざい。
そう発声したつもりが、ア・キラーと発声していた。
これは彼女の能力なのだろうか。それとも祭りで定められたルールなのだろうか。
勝手にミンコと名付けてしまったので、僕もアキラという名前を受け入れることにした。
「まあ、ではアキラさんは詐欺師さんと戦われて、勝利なされたのですね」
「ええ……ぎりぎりでしたけど」
僕は、ミンコにこれまでのことを全て話した。
この祭りがただの祭りではないこと。戦いの基本であろう自身の罪の起源と能力。そして……本題は今まさに語り続けている。
「なぜわたしを優勝させようということになるのでしょう?」
「いいですか、ミンコさん。これは祭りと称した……もうただの殺し合いです。これに勝利はないんです」
「どういうことでしょう? アキラさんほどの力を持った方なら優勝も容易なのではないですか?」
「僕が優勝したら駄目なんですよ。もし僕が優勝してしまうと……人間界で殺人の罪がなくなってしまうんです」
「悪人を成敗できる素敵な世界になるのでは?」
「正しい運用をすればそうかもしれません。ですが、僕を形作る意志たちがささやくんです。人類にそんなことなど出来はしない。必ず戦禍まで発展し、滅ぶ運命を人間は歩むだろう、と」
「滅ぶのであれば、それは罪の問題ではなく、人間自体の問題なのではないでしょうか?」
僕には、彼女の指摘に返す言葉がない。
「正論です。殺人という罪自体がすでに人類の抱える起源であり、欠陥であり、もしかしたら進化の鍵となるのかもしれません。でも、それを決める権利を得るにはまだ人類は幼すぎるんです」
「難しいのですね。赤信号を渡って、うきうきしてしまう程度のわたしでは、理解の及ばない場所にある問題のように感じます」
「そのくらいでいいんです。僕はやはり……ミンコさん、貴女に勝ってもらいたい。貴女が人間界でもう一度やり直すに相応しい。そう思います」
「アキラさん…………どうか悲しそうな顔をなさらないで」
「えっ」
気づくと、僕の右眼から顎にかけて、煌めく細い線が出来ていた。確認するまでもない。これは涙だ。なぜ泣いてしまったのかは解らないが。
「ちょっと動かないでくださいましね」
小柄なミンコさんはそう言うと、背伸びをして、浴衣の袖を引っ張る。
引っ張った袖を僕の右頬に当てて、優しく拭き取る。
「でも」
ミンコさんは続ける。
「でも、わたしなんて大した罪じゃないですし、そのせいで何の力もありませんよ?それでも……本当に良いのでしょうか……」
良いに決まっている。
そう言おうとした瞬間だった。
「その女の言う通りだ。力なき者が勝ち上がるなど、道理ではない」
突然、否定の言葉を被せてきたのは、知らない偉丈夫だった。
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