第五章 祭りの賑わい(4)
開始から体感で六時間くらいは経ったんじゃないだろうか。
僕らは、いくつもの提灯の橙色が夜空に映える広場へと戻ってきた。血生臭いことにはなっておらず、僕が会場を駆け回っていた時と変わらずに、祭りを楽しんでいる人たちであふれていた。
音楽に合わせて浴衣を翻しながら踊っていたり、出店でわいわいと遊んでいたり、和やかな賑わいを見せている。やはり、多くの参加者たちは、最初に少年が宣言した
不穏な発言は無視して、祭りを堪能しているようである。
「どこから回ります?」
ゴエモンが所持していた、小冊子を僕らも設営テントでもらうと、ミンコがそんなことを口にした。遊ぶ気マンマンで、ご機嫌な様子だった。にこにこ笑顔を振りまきながら、僕のほうを見ていた。
「これだけ参加者がいるんだから、出店もめちゃくちゃ混んでそうだなあ」
僕が、悲観的にぼやくとゴエモンが付け足した。
「安心せい。出店の数も半端ではないわい。同じような出し物をしている場所も多くあるのは確認済みじゃ」
同じ、という言葉に、何か意識の隅を突かれたような気がしたが、かぶりを振って
払った。
「どうした、アキラよ?」
「いや、なんでもないさ」
ゴエモンは僕の様子に気づいたようだったので、僕は軽く肩をすくめて答えた。
「アキラさん、ゴエモンさん、あれ食べてみたいです!」
興奮気味のミンコが目を丸くして指差す方向には、一軒の出店があった。なにやら割り箸に赤い球状の物体をぶっ刺したものを扱っているようだ。表面が、きらきらと光っていて、独特の赤い宝石に目を奪われる。
「りんご飴だったっけ?」
「じゃな。我が輩は口にしたことはないが、りんごの味がするのか飴砂糖の味がするのか、はてさて……」
「はい! お二人ともどうぞ!」
そうこうしているうちに、りんご飴を自分の分も含めて三つ持ったミンコが帰ってきた。無邪気に笑顔を向ける彼女から、それを受け取り、僕はさっそく囓ってみた。しゃりしゃりした食感はりんごだが、後から予想外の強烈な甘味が襲ってきて思わず硬直し、落としそうになってしまった。
「は、はじめて食べたけど、これは……くるなあ」
「う、うむ……。これを好むのは、相当の甘党であろう」
「ええー、美味しいじゃないですかー」
むーっと頬を膨らませてむくれるミンコに、僕らは苦笑いしてしまった。
この辺りは飲食の出店が並ぶ場所のようだった。たこ焼き、焼きそば、かき氷などなんでもござれ。飲み物はラムネが定番だろう。これだけ食って飲んでと舌鼓を繰り返しても生理現象が起こる気配がまったくないのだから、ある意味で便利な肉体だ。
他の参加者が祭りに夢中になるのも頷ける。
「これがぜんぶ無料っていうんだから、やっぱ主催者は異常だな」
「どういった意図があるのかはわからぬが、害意はなさそうじゃな」
「主催者……声は子供だったけど、あいつは今頃なにをしてるんだろうな……」
「高みの見物でもしているか、もしかすると我が輩たちに紛れて、自分も祭りを堪能しておるやもしれんぞ」
あれだけ最初に不穏なことを煽っておいて、それはどうだろうか、とも思ったが、あり得なくはなさそうと考える自分がいた。
過酷な戦場でもあるが、現在はどう見回しても楽しく賑やかな祭りといった風情が
強い。最初の宣言から、参加者に対して一切の干渉をしてこないところを考えると、なんか遊んでいそうだな…………いったいどんな奴なんだろうか。
「あっ、次のお店が見えましたよ!」
立ち食い、立ち飲みをしながら、会場を探索していると、右隣を歩くミンコが声を上げた。
僕と、僕の左隣を歩いていたゴエモンも、反応して視線を前方に向ける。
「ほう、射的屋か。ちょうど良いではないか」
「なにがちょうど良いんだ、ゴエモン?」
「アキラは猟銃を使っておったであろう。腕前を試す機会ではないか?」
「んんー。そんなもんかなあ……」
「どうせ無料なんじゃし、とりあえずやってみればええ」
ゴエモンに背中をどんと叩かれ、僕らは射的で遊んでみることにした。しかし……ゴエモンには、もう少し体格差を考えてほしいものだ。スキンシップにしても、この偉丈夫の張り手は、ずっこけそうになるには十分なほどの破壊力がある。
ひりひりする背中を僕はさすりながら、屋台の灯りを目指して歩いていく。両手に持っていた食べ物、飲み物は、地面にぶちまけられることなく、あたかも霧のように衝突する寸前に消滅していった。清潔管理まで行き届いているようである。なるほどゴミ箱がどこにもないのも納得だ。
「アキラさーん、ゴエモンさーん、早く早くー!」
一足先に出店の前まで進んでいたミンコが、こちらに手を振っている。やれやれとばかりに僕は姿勢を整え、ゆっくり歩を進めていった。
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