第五章 祭りの賑わい(3)

 ゴエモンは言った。


「我が輩のような仲間、という点が間違っておる。この祭りにおいて、我が輩や貴殿のような思想の持ち主はあまりおるまい。だが、無関心や中立的な立場を維持したい者は多いじゃろう。そやつらを説得することが上策じゃろうな」


 それに対して、僕はこう返した。


「決闘の条件は双方の合意だから、それっぽいことを吹っかけられても乗らないよう注意を呼びかけるんだな」


「話が早い。いかにも。我が輩たちは立場上、強く出ることができん。決闘で相手を喰らい、新たな能力を獲得することもできん。ゆえに……」


「敵は決闘で負かした相手を容赦なく喰らう。だから、決闘そのものを成り立たなくさせる」


 阿吽の会話に、僕とゴエモンは、にやりと小さく笑みを交わした。たぶん理解していないであろうミンコも、にこにこ笑っている。

 そして、僕らは、寂れた茶屋を後にした。



* * *



 出店の並ぶ広場へと戻る途中で、僕らは変な男と出くわした。


「ぬおおおおお!!」


 砂利を後ろに蹴り飛ばしながら、どどどどどど、という音が聞こえそうな勢いで、こちらに向かってくる。いかにもアブナイ感じの男だった。

 衝突しないように、僕はミンコの両肩を持って、道の端へと移動させた。僕自身も一緒に移動する。


 が。


「ゴエモン! 危ないぞ!? ぶつか…………る?」


 正面衝突の瞬間に、ゴエモンはさっと半身になって躱した。すると、くだんの男はプールの飛び込みか、と思うほど勢いよく地面に向かって突っ込んだ。砂埃と一緒にずざざざああ、という見ていても耳にしても痛そうな音が響く。


「ゴエモン、何をしたんだ?」


 僕は、ゴエモンに聞いた。


「脚を引っかけて転ばせてやった」


「どうして?」


「敵かと思ったのでな。一応、初期対応は誤らぬようにと、処理したまでよ」


「敵じゃなかったらどうすんの!?」


「敵じゃないと思っていたら敵だった。それは最悪じゃろう」


「いや、まあそうだろうけどさ……」


「心配なら見に行ってやってはどうじゃ、あの男……突っ伏したまま起き上がらん」


「!」


 だ、大丈夫ですかー!?

 僕は叫んで男に駆け寄った。


「ああいうところがアキラさんらしいですねえ」


「あれでなぜ殺人罪なのか不思議でならん」


「あら、ゴエモンさんもとってもお優しいじゃありませんか。アキラさんとわたしを守るために行動してくださったんでしょう?」


「ぬ」


「ふふふ」


「く、くだらぬ事を言ってないで、我が輩たちも行くぞ」


「はーい」


 そう言って、駆け足で男のところに向かったアキラとは違い、ゴエモンとミンコはゆっくりと近寄っていった。



* * *



「大丈夫ですか!?」


 僕が、地面に突っ伏している男に問うと、男はがばっと顔を上げた。

 そして僕を見て、真剣な眼差しで肉迫してきた。


「か、金なら持ってねえぞ!」


「は、はあ?」


 男にしがみつかれた僕は、片方の眉を歪めて怪訝な声で返した。

 男が何を言っているのかわからない。


「だから、金は持ってねえんだって!」


 揺すってくる男の表情は、相変わらず険しいままだ。僕には何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。


「金なら我が輩が払っておいたぞ」


 そんな時、後方から聞き慣れた声が飛んできた。


「ゴ、ゴエモン?」


 何を言って……、と言おうとした僕を、ゴエモンはまあ任せておけと言わんばかりに手で制してきた。


「ほ、本当か? あんたが払ってくれたのか?」


「無論。店主には我が輩が事情を説明し、お主の代わりに払っておいた」


「あ、あ、あ……ありがてえ! あんたは俺の救世主だ!」


「うむ。替わりにちと頼まれごとを引き受けてくれぬか?」


「お、俺に出来ることなら、何でもやらせてくれ!」


 ゴエモンと男が何やらやり取りしている様子を、僕は横から口を開けて見ていた。気づくと隣には、僕の袖を軽く握るミンコがいた。


「『決闘なんてお断りだ。俺はあんたに殺されるつもりはねえ!』もしこの先も走り回ることがあるなら、こう叫びながらにしてくれぬか?」


「そ、それだけでいいのか?」


「我が輩の気が変わらぬ限りは、それだけで良い。気が変わらぬ限りは、な?」


「ひ、ひぃいい!」


 男は、凄まじい速さで道の向こうへと消えていった。

 偉丈夫が威圧感を込めて言葉にするとおっかないなあ……と思いつつ僕はその場を見ていた。よくもまあ、僕はこんな男に勝てたもんだ。


「待たせた。これで走る警告板が一枚だけじゃが出来上がったわい」


「ゴエモン、正直なとこ僕には何がなんだか……」


「わたしも……いったい何が起こったんです?」


 僕とミンコが二人してゴエモンに問うた。

 ゴエモンは一考した様子で、そうか、と呟いた。


「貴殿らは、出店がどのくらいの料金で出し物をしているか、知っておるかな?」


 ゴエモンは少し意地悪なところもあるようだ。


「僕が祭りに関してまったく調べていないこと、話しただろう……」


「じゃったな」


 ははは、と笑いながらゴエモンは言った。


「ミンコ女史は?」


「わたしはずっと盆踊りをしていましたので、当然わかりません」


 きっぱりと答えるミンコ。

 そのすがすがしさはどこから来るのか、と僕は問いたかった。


「うむ。答えは……すべて無料じゃ」


「は?」「え?」


 僕とミンコの声が重なった。


「無料って……タダ? んな馬鹿な」


 いやでも待てよ、と僕は言いながら思った。いきなり強引に招いておいて無一文はおかしい。せめて最低限のお金は用意されてしかるべきだ。もしくは、お金かそれと同等の価値のあるものを手に入れる手段がなければ、出店で遊ぶことができない。


「論より証拠と言うじゃろ。結果は出店に着いてからわかることじゃ」


 さて、とゴエモンは教師然として仕切り直した。


「アキラよ、抜けていたピースは揃ったはずじゃぞ。あの男の事情と正体を看破してみせい」


 あの男は猛烈な勢いで走っていた。そうしなければいけない理由があったはずだ。そして男は怯えていた。何かから逃げていたと考えるのが妥当だろう。それがお金に絡む問題であり、ゴエモンのさっきのやり取り……あっ。


「ああ、無銭飲食か」


「正解じゃ」


 ゴエモンは、太くたくましい指をぱちーんと豪快に鳴らした。


「食い逃げとも言うのお」


「罪状は何になるんだ?」


「我が輩は六法全書ではないぞ? 興味のない犯罪の知識は持ち合わせておらんよ」


「そうかあ」


 あの逃げ足の速さ――機動力は、自分にはない武器だ、うらやましい。そんなことを僕は考えていた。この時、本当にすべてのピースが揃っていたことに気づくのは、やはりあまりにも遅すぎた。『解答』の正否を確信し、『全容』に至っていなければならなかった。


「ところで、あの男に頼んでいたあれはなんだったんだ?」


「んむ? 我が輩たちは罪が具現化した存在じゃろう? 強い意志があれば反発することもできようが、あの手の輩にそれが出来るとも思えん」


「つまりどういうこと?」


「あの韋駄天男は、またやらかす。そして、会場中を走り回る。これ以上にない警報装置の完成というわけじゃ!」


「ああ、あの人が注意の呼びかけ役なわけね」


「端的に言ってしまえばそういうことじゃ」


「お話、終わりました? さっ、お祭りに行きましょ!」


 明るい笑みでそんなことを言うミンコに苦笑しながら、僕らは出店の並ぶ広場へと進んだのだった。

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