第五章 祭りの賑わい(2)
僕らは、やるべきことと状況を、三人で整理した。
「では、アキラは本当に強姦殺人ではないと?」
「断じて違う!」
まあ、最初はゴエモンの説得に時間を要したのだが。ミンコによる誤解を招きそうな爆弾発言のせいだ。
今は、気を取り直して、落ち着いたところだ。
ひと気のない寂れた茶屋で、屋外に設置されている赤い布の敷かれた長椅子に並び座っている。
「ミンコ女史を優勝者にする計画に異存はない」
左に座るゴエモンがそう言い、僕は小さく首肯した。
「ほんとうに、わたしなんかでいいんでしょうか……」
右に座るミンコが、不安そうに呟いた。
「問題ないよ」
「それどころか、現時点では他に選択肢がないであろうな」
間髪入れず、僕とゴエモンは真顔で答えた。ミンコの人畜無害さと、すっとぼけた天然ぶりは体験済みだし、ゴエモンにもこれまでのことを話す際に伝えてある。まあ言われなくとも察する、とまで彼は口にしていたが。
「そ、そうですか?」
きょろきょろしているミンコを隅に置いて、僕らは話を進めた。愛くるしい仕草が視線に入ってしまうと、気になってしまうから、意識的に僕は外す。
「できればゴエモンみたいな仲間を増やせれば、成功率が上がりそうなんだけど」
「それは下策であろうな」
ゴエモンが目を伏せて、ゆったりと首を振った。
「我が輩は、貴殿たちに決闘を挑むまでに何度か戦いを強いられたが、どれも悲惨なものであった」
ゴエモンの顔に憂いが浮かぶ。
「敵を潰し、我こそが優勝しようとする者ばかりであった。そういった輩をいちいちすべて相手にしていては、身が持たんであろう」
ゴエモンが空を仰いだので、僕もつられて上を向いた。
「アキラよ、おかしいとは思わぬか?」
満月が、煌々と不気味に光を放っているくらいしか、上空には何もない。雲ひとつない晴天だ。
「ずっと綺麗なお月様ですねえ」
「そうですねえ」
声の方向に眼を向けると、僕らの会話を聞いていたのか、ミンコも上空をぽわんと眺めていた。
「ミンコ女史は不思議な女性じゃな」
「アキラさん、またわたし褒められました!」
「そうですね、ははは」
僕が空笑いで返すと、左に座るゴエモンがすっと姿勢を正した。彼は両手を絡めて自身の顔の前まで持ってくると、そのまま静止した。視線はその先の、どこか遠くを見ているようだった。
彼の様子を追っていた僕も、当然ながら空など眺めておらず、視線を戻していた。どうやらゴエモンには思うところがあるようだった。
「そう、ずっと、なのだ」
「!」
遅まきながら、彼の言いたいことを僕は察した。ミンコは、正鵠を射た発言をしていたのだ。
時間を測る道具がなにひとつ用意されていないこの状況下で頼れるのは、星の運行もしくは月の動きだけだ。その月が動いていないとゴエモンとミンコは言っている。それが合っているのなら……。
僕は確かめようのない事実を自身に納得させるように、上を向いて正面に直ってを繰り返した。
「感情がすぐに表に出てしまうところは、アキラの欠点じゃな」
「!?」
「動揺がばればれじゃ。その点、ミンコ女史は優れておる。我が輩には何を考えて、何を思っているのかさっぱりわからん」
「わたし、また褒められましたよ、アキラさん!」
ミンコは素で言っているのだろうが、ゴエモンは場を和ませるためにあえてこんな発言をしたのだろう。
能力は僕のほうが格上のはずなのに、彼に先導されているように感じる。直接的に言えば、先輩や兄貴といった立場にすら思える。身体だけではない、彼が放つ大きな暖かさが、僕には心地よかった。
「話を戻そう。この永久に終わらない闘争と殺戮の夜で、貴殿は最後まで正気を保つ自信があるか?」
「…………、ない」
少し間を開けて、僕ははっきりと答えた。
僕は殺人罪を起源として具現化した存在だ。でも、そのなかで渦巻く感情は、後悔しかない。殺し合いなんて本当はしたくない。状況が許されないから仕方なくやっているに過ぎないんだ。
「であろうな。もし『ある』と答えるようであれば、正義面をしているだけの殺戮狂として貴殿を軽蔑していた」
ふっ、とゴエモンは表情を緩めた。
他人の表情を追っていると、自分が今どんな顔をしているか、実感できる。猛烈に強張った顔をしているだろう。声は出さないが、右に座るミンコが心配そうにこちらを見ていた。
「弱肉強食の舞台で、力を持ちつつもそれを誇示することなく、穏便に事を収めようとする貴殿の思想を、我が輩は改めて支持する」
「……ゴエモン」
ゴエモンの言葉を聞いても、僕は強張った顔を元に戻すことができなかった。深刻そうな面持ちのまま、次の言葉を紡ぐ。
「僕は、正しいのだろうか?」
ゴエモンは一瞬、目を見開き、しばし瞑目して、ゆっくりと答えた。
「善悪の定義とは、その世界における結果論でしかない」
ゴエモンは、絡めていた両手を解き、片手を僕の頭にぽんっと置いてきた。
「ここは人間の世界ではない。我が輩たちも人の姿をしているが、人かどうかを測るすべはない。裁くべき法も、秩序すら示されていない。だから……」
ゴエモンは立ち上がり、僕の前に立った。長身を腰で調節して、僕の両肩に両手を乗せると、力強い眼とともに言い放った。
「正しいと思ったことをやれ。お前の心のままに動け。それに突き動かされた者が、ここには二人もいるのだから」
ゴエモンが、右を向いたので、つられて僕もそれに倣う。
ミンコがにこりと、僕の眼をまっすぐ見据えて、微笑んでいた。
泣きそうになったが、僕はぐっと堪えた。
涙は出ていないはずだ。
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