第五章 祭りの賑わい(5)

「らっしゃい。お代はいらないよ。始める前に聞いておくがあんたらチームかい?」


 射的屋の手前に並んで僕ら三人が立つと、屋主と思われるおっちゃんがこんなことを言ってきた。頭に巻いた白いはちまきを縛り直し、ずずいっと、こちらに上半身が迫ってくる。


「チーム?」


 僕は、なんじゃそら、と怪訝に思い、頭をかしげた。

 そして、左隣にいるゴエモンに眼を向けた。


「わ、我が輩も知らんぞ」


 問われるとは思っていなかったらしいゴエモンは、慌てた様子で否定してきた。

 なんでも知ってるゴエモン先生みんなを導くゴエモン先生、にもわからないことはあるらしい。冗談だが。

 ゴエモンともだいぶ打ち解けてきた気がする。少なくとも、僕のことを強姦などと

下劣な容疑で見ている節は、もう完全に消えている。


「わたしたちは、おともだちですよぉ」


 眼でゴエモンに問うてしばし、間の抜けた声が右隣から聞こえてきた。もちろん、こんなことを言うのはこの場においても、おそらく会場全体を探しても、ひとりしかいないだろう。


「ほおぉ……お嬢ちゃんたちは、友達なんか。うらやましいのお」


 ミンコの発言に対して、射的屋のおっちゃんは、感慨深そうに眼を細めて、あごを撫でた。

 じじくさい仕草だなあ……と僕は思ったのだが、左隣の偉丈夫はまんざらではない

ようで、何やら腕を組んだり、あごをいじったりを繰り返している。これはなんとも渋い仕草だ我が輩も真似しよう、などと考えていそうである。


「おっちゃ……んんんっ。おじさん、チームだと何か違うんですか?」


 僕は、あえてチームとは何かと直接的に聞かず、少し遠回り気味の質問を投げかけてみた。こっちのほうが、いろいろな情報を引き出せそうだと思ったからだ。


「三人で同じバッヂをつけてもらうことになるな」


「チームじゃなければ三人とも違うバッヂをつけることになると?」


「そういうことよな」


「同じバッヂ……いや、違うバッヂをつけることに意味はあるんですか?」


「知ってのとおりだとは思うが、この祭りは普通のものではない。よって出店もまた同様に仕掛けが組み込まれておる。このバッヂは一種の防衛と攪乱を備えた装置だと思ってくれればええ」


 僕の間髪入れない質問に、射的屋のおっちゃんはすべて答えてくれた。最後のだけ要領を得ないのだが……そこは。


「なるほど、あいわかった」


 ゴエモンがにやりと不敵に笑って、そんなことを言う。ゴエモン先生はすでにこの屋台の仕掛けとやらが解けたのだろうか。


「とりあえずやってみるかい?」


「うむ。三人ぶん頼む」


「あいよ、三挺お待ち!」


 ぽいぽいぽーいと、三つの長筒が放り投げられた。

 僕とゴエモンは余裕でキャッチできたのだが、ミンコはうまく掴めなかったようで胸の前でわたわたとしていた。銃と一緒に、薄桃色の浴衣を押し上げるつつましい胸も、ぽにょんぽにょん揺れていた。


「アキラ」


 ごすっ。

 そんな音が聞こえそうな肘鉄が、僕の横腹に突き刺さっていた。


「ゴエ……なにす……」


「(見とれるのは貴殿の自由じゃがな、見惚れるようならこの計画、成功率が下がるやもしれぬぞ?)」


「(女の子の胸が揺れるのをじっと見ちゃうのは普通だろ……)」


「(だから言った。見とれるのはいい。じゃが見惚れるのは駄目じゃと)」


「? ?? ???」


 ゴエモンが何を言っているのか、僕にはわからなかった。

 その時、ぽんっ、と空気が小さく弾けたような音が間に入った。


「ああーん。外しましたあぁぁ……」


「ははは、お嬢ちゃん、気軽にやっていけ。10発もあれば1発くらいはお嬢ちゃんでも当たるかもしれんぞ?」


「む、むぅぅ」


 ぽんっ。スカッ。

 ぼんっ。スカッ。

 ぽんっ。スカッ。


 意地になったらしいミンコは、そのまま長筒からコルクの弾を撃ち続けた。

 そして……。


 カチッ、カチッ、カチッ。

 無情にも残弾数がゼロになったことを告げる、乾いた音が何回か鳴った。


「おじさん、もう一回!」


「あっはっはっは! あいや失礼。なかなか粋の良いお嬢ちゃんだねえ。残念だがなお嬢ちゃん……」


 途中から見ていた僕は、この後に告げられるであろう言葉を想像した。

 マズい!


「何回でも挑戦できるが、一回に撃てるのは10発までって決まってるんだわ。なもんで、そっちのでかいあんちゃんと、ちっこいあんちゃんが撃ち終わるまではお預けだな!」


 思わず、ずっこけそうになった。

 これで打ち止め、もう他所を探すんだな。とか言われることを想像していただけに真逆の回答がこうも易々と返ってくると、変に力が抜けた。


「だそうじゃが?」


「遊びなら、さっさと撃って、二回目いきましょう」


 即答して僕は長筒を構えた。

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