第五章 祭りの賑わい(6)

 先ほどとは変わって、不規則なリズムで、コルク弾が宙を駆ける。

 僕とゴエモンは、互いに五発ずつコルク弾を放ち、違和感を覚えた。


「アキラよ」


「僕もおかしいと思った」


「うむ。この距離とこの銃の性能を加味して、三発撃ったなら何発で当たる?」


「悲観的に見たとしても、一発目の命中率が7割、二発目が9割、三発目にもなれば絶対に当たる」


「我が輩もほぼ同じ見解じゃ」


 最初の二発は油断していたとしても、三発目からは本気で狙いにいった。数えて、五発目には確実に目標にコルク弾が命中しているはずだ。


「仕掛け、か。それとチーム分け……ふむ」


 何やら妙案が浮かんだ様子のゴエモンは、仕切り直して銃を構えた。

 ただし、どう見ても当てる気のなさそうな、片手構えのカッコつけポースだった。眼だけは威容な迫力を放っていて、気圧されそうになってしまうが。


「ゆくぞ」


 ごくり。僕は生唾を飲んで見守った。

 果たして結果は……。

 コトッ。小さな音を立てて、マッチ箱が見事に倒れた。


「やはりか」


「デカいあんちゃん、いい勘してるねぇ」


 木箱に座って、僕らの様子を見ていた店主が、適当な拍手を送ってきた。


「そっちのちびすけは気づかねえか」


 どうやら僕のことを指しているらしい。


「い、言われるほど小さくないと思うんですがね」


「デカいあんちゃんと比べれば、お前さんがちびに見えるのは当然だ」


 この店主、僕に何か思うところでもあるのだろうか。喧嘩をふっかけられていると考えるのが妥当だと判断してしまうんだが。


「こっちはタダ働きさせられてんだ。客で遊ぶくらいは祭りの範疇だろ。髪の毛ぼさすけ、真っ黒ちびすけ、ぼさちびってのもあるな」


「ちびすけで結構だ」


 僕はげんなりして、店主の言葉遊びをぶった切った。


「アキラ、相手のペースに乗せられるな。それも悪い癖じゃぞ」


 そして、ゴエモンが援護してくれた。

 さらに、ぼそぼそと僕に耳打ちしてきた…………え!?


「それ本気で言ってんのか、ゴエモン!?」


「もちろん。何ならもう一度見せよう」


 ゴエモンは、背を仰け反らせ、明らかに無理のある体勢で、銃を構えた。偉丈夫と言えども静止とはいかず、銃口と照準が噛み合っていないことが、横から見ていても

はっきりとわかる。


 ぼんっ、という音とともに、今度は小さなおもちゃの人形が倒れた。


「間違いあるまい。やってみせい、アキラ」


「わ、わかった」


 僕は、長筒を普通に構えた。

 そして撃つ。


 ぽんっ、という発射音とともに、コルク弾はどの景品にも命中することなく、奥へ消えていった。


「アキラ」


「確認のためだって!」


 ゴエモン先生の眼が怖い。

 早くしろと迫っている。


 次弾装填……発射の前に照準を合わせる……これだけじゃ足りない。

 そう、僕は、あの景品を――。


「殺す」



* * *



 ズダアアァァァンッ!!


 耳をつんざく轟音が響き、コルク弾とは思えない威力が炸裂し、対象の景品は吹き飛んでしまった。


「ほ、ほんとだ」


「すっごい音がしましたけど、どうなったんです!?」


「言ったとおりだったじゃろう。これは能力を利用した射的なんじゃよ。じゃな? ご主人?」


 はっはっは、と豪快、痛快とばかりに、店主は笑った。


「その通り、これは能力を使った射的ゲームなのさ」


 店主は続ける。


「見たところ、デカイのは《盗む》系統の能力だな? んでちっこいの、お前さんは《破壊》系統の能力だろう。お嬢ちゃんは……残念ながら向いてなさそうだな」


 ずばりだった。

 強盗罪のゴエモンは、強奪する、と念じながら撃ったという。

 僕は殺人罪だから、景品を人と見立てて撃った。

 ふと、不安がよぎった。じゃあ、道路交通法違反で、赤信号を無視して歩いて渡る

という極めて罪の浅いミンコは?


「どうするかね? 景品にはわずかながら能力を強化するものも隠されておる。まあ不服そうなお嬢ちゃんは不憫だったの」


「アキラ、この手の者に耳を貸すな。早々に立ち去るが吉じゃぞ。役に立つ景品すら怪しいものじゃ」


 でも…………、と僕が悩んでいるうちに、規則正しい射撃音が三回響いた。


「ゴ、ゴエモンはともかく、僕が撃ったらさっきみたいな爆音が周囲に漏れちゃうんじゃないか!?」


「そのためのバッヂなのだろう」


 ゴエモンが間髪入れずに付け加える。


「我が輩たちの会話が外部に漏れることも、ここで起こったことも、ましてや能力による何らかの副次効果が露見してしまうことすらあるまい。これはそういった障害を防ぐためのものなのじゃろう」


「デカいのは鋭いねえ。おかげでこっちのネタは弾切れだよ」


 本当に、そうだろうか。

 チームというからには、もっと別の……それこそ複数で挑むことで発現する仕掛けがあってもいいものではないだろうか。この祭り、この舞台は参加者にとってかなり快適に、そして楽しく過ごせるように設計されているように思える。店主の意向だけではなく、もし開催者の意向も反映されているのなら。

 決闘すらも見越したものであるならば――。


「ミンコさん」


「アキラさん……やっぱりわたしなんて、ただの足手まといですよ。きっとこの出店みたいに、わたしじゃ楽しめないものが多いんでしょうね……」


 ミンコの顔は憂いで陰っていた。


「僕だって楽しめていませんよ。僕が撃ったところで、景品を破壊してしまうんですから。だから、やれることをやってみましょう」


 そう、能力があまりに強すぎてしまう場合だって困りものなのだ。なぜなら一切の手加減ができないのだから。ならば、力を借りれば良い。強すぎる力を、強烈に抑えつけることのできる制御力を。

 僕は銃を手にしたまま、ミンコの背後にぴったり回り込んだ。


「ア、アキラさん?」


「二人で撃ちましょう。共同作業です」

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