第五章 祭りの賑わい(7)

 決闘で敵を喰って、能力を吸収するとかいう荒技が当たり前のようにあったんだ。それに通じる概念の仕掛けが出店に組み込まれていても、なんらおかしくはない。


「どうすればいいんでしょう?」


「ミンコさんはほしい景品を意識して、的を絞ってください。あとは、僕がなんとかします!」


「わ、わかりました」


 ミンコの背後にぴたりとくっついた僕は、首だけ横にずらして、自分の視界を確保した。彼女の手の甲に、自分の手の甲を添え、引き金を引く指まで覆う。


「あっ」


 ミンコが小さく声を発した。


「どうしましたか?」


「あ、あれです! あの大きなぬいぐるみがほしいです!」


「あれですか……」


 どう考えても、まともに当たったところで倒れそうもない、立派なぬいぐるみだ。かと言って、僕がぶっ放せば間違いなく綿が散乱する事態になるだろう。

 僕はゴエモンに断言している。

 一発目の命中率は7割。

 二発目の命中率は9割。

 三発目なら絶対に外さない。

 命中率を威力として考えて……残弾数は3。やってやる。


「一発目、いきます!」


「はい!」


 ミンコが力強く答える。


 ダアアァァンッ。

 やや控えめな炸裂音が宙を裂いた。


「肩口に命中、威力を修正します! ミンコさんはぬいぐるみの頭に意識を集中してください!」


「はい!」


 てこの原理で、肩よりも頭に当てたほうが、倒れやすいだろう。肩に当てた感じ、もう少し威力を上げないと巨体は倒れてくれなそうだ。


「二発目いきます!」


「どうぞ!」


 ドオオォォンッ。

 射的用の銃から放たれたものとは思えない重低音が響いた。


「頭に命中、右に3cm、下に2cm、焦点を動かしてください! 威力誤差、修正します!」


「はい!」


「三発目、最後!」


「おねがいします!」


 ズドオオォォンッ!

 コルクの弾丸がぬいぐるみの顔の中心にめり込む。まるでこちらをあざ笑っているかのようだ。口を模した刺繍が、ぐにゃりと引きつった口角を演出している。弾丸の進行が止まり、駄目かと諦めかけたところで……

 ぼにょん。

 巨大なぬいぐるみは、反動でひっくり返った。


「やった……やりましたよ、アキラさん!」


「ええ、成功してよかったです、ホント」


 今までの決闘以上に集中したし、疲れた気がした。

 ミンコは、銃を手放し、僕の両手を包んで、ぶんぶん振り上げたり下ろしたりしている。よほど嬉しいのだろう。

 しばらくして、じーっとその様子を見ている二人組がいることに気づいたようだ。彼女は恥ずかしそうに手を引っ込めた。


「す、すみません。はしたない真似を」


「あははは……」


 僕は空笑いを返した。

 大広場で、平気でパンツを脱いじゃう君がそれ言うか? と思ったからだ。

 彼女は、顔を赤くしてその場で縮こまってしまった。


「ずいぶんと必死だったではないか。これを逃してもまた何回でも挑戦できると店主は説明しておったじゃろう?」


 事の成り行きを見守っていたゴエモンが、口を開いた。


「この出店が特別だった可能性もあるし…………」


 僕は言葉を濁しつつ、呼気を整えてゴエモンを正視した。


「もしこれが、


「!」


 ゴエモンは驚いたようで、固まっていた。


「なるほど。出店も遊びではなく、決闘の準備として貴殿は臨んでおったのだな」


 こくりと僕は頷いた。


「我が輩は謎を解いたところで満足してしまった。だが、貴殿は別のところで戦いを継続していたというわけか……」


「べ、別にそこまで大それたことは考えてないって」


「いやいや、これは貴殿の評価を上方修正せねばなるまい」


 この言い分。やっぱりゴエモンは、先生体質だな、と僕は思わず苦笑した。

 ところで、とゴエモンは僕に変わって店主へと話題の矛先を変えた。


「このチーム連携プレイは店主殿のお考えだったのかな? だとすれば我が輩はとんでもない思慮の浅さを見せてしまったことになるのだが」


 ふっ、と店主は息を吐いた。

 その顔には今までとは違う、どこか挑戦めいたものが浮かんでいるように思えた。


「うんにゃ、俺っちの考えた仕掛けじゃねえよ。祭りが始まる前に宣言があったろ。こう、生意気でガキっぽいやつの声で、自分は神だとか抜かしてた奴」


 僕らは顔を見合わせて、こくりと頷いた。


「そいつの意向だろうねえ。俺っちには想像もつかねえ代物だよまったく」


 やってくれるぜ、と店主は吐き捨てて、口調を戻した。


「さあ、お嬢ちゃん、お約束の景品だ。でっかいぞお!」


「わふっ!? わっとと!」


「はっはっは、そいつと盆踊りすりゃあ目立てるぜえ!」


 まあ確かに。

 巨大なぬいぐるみを抱えて、足踏みを繰り返すミンコは、踊っているように見えなくもない。

 僕はミンコを助けようと歩み寄った。


「うちの看板景品をぶち抜いた報酬と……俺っちも知らなかった仕掛けを見事に解きやがった報酬と合わせて、こいつもくれてやる!」


 店主が僕に向かって投げてきたのは、薄桃色を基調とした白い桜の花弁が描かれている、巾着袋だった。


「ちびすけー! そいつの口を広げて、その馬鹿でかいぬいぐるみに押し当ててみな!」


 誰がちびすけじゃ、と反撃したい気持ちを抑えて巾着袋を受け取り、言われるまま

ぬいぐるみに押し当てた。

 すると、ぬいぐるみは、互いの大きさを無視して、しゅるしゅると袋のなかに吸い込まれていった。

 ぬいぐるみが消えると、目の前にミンコの顔があった。

 僕らはしばし見つめ合い……ぷっ、となぜか互いに笑い合ってしまった。


「出したいときは、手ぇ突っ込んでブツをイメージして引っこ抜けー。そうすりゃあデカさなんぞ無視して出てくる!」


 店主は最低限とばかりに、追加で説明を加えてきた。


「ふっ。では、我が輩たちはこれにて失敬する」


「おう、達者でな」


「このバッヂは返却せずともよいのかな?」


「記念品だ。そいつもくれてやるさ」


 ゴエモンは、店主とそんなやり取りをして、少し離れた僕らと合流した。

 別れ際に店主が叫ぶ。


「ちびすけー! 寂しくなったらまた来いやー!!」


「うっせえ、おっさん! もう来ねえよー!!」


 憎まれ口であることを隠そうともしない店主に、僕もお返しして、僕らは射的屋を後にした。

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