第四章 正義の在処(2)
お祭りの景色がまた変わった。
どうやら決闘状態に移行すると、自動的に変更されるようである。おそらくだが、これは戦闘を他者に見られることで能力や戦闘の癖などが筒抜けになってしまうことへの配慮なのだろう。
今回は、前回の詐欺罪と戦ったときのような、不快な異空間ではないようだ。周囲の景色はそれほど変化していない。お祭りに賑わう人々と出店の灯りは、外部空間と大差はない。ただし、それが張りぼてだということはよく判る。
半球形の空間に、祭りの風景を映し出し、音楽を流しているといったところだろうか。
時折、どーんという大きな音が響き渡り、僕はそれに警戒したが、なんということはない。ただの打ち上げ花火の演出のようだ。赤、青、緑、橙色などの輝く花弁が、夜空の黒に映えてとても綺麗である。
「決闘にあたり、規約を提示させてもらう」
偉丈夫の声に意識を引き戻された。
男との距離は四、五メートル離れているといったところか。
拳を突き出した構えは変わっていない。
「規約?」
僕は、おうむ返しした。
「知らぬのか? 決闘時に互いの了承を得られたならば、行動や能力に制限をかけることができるのだ」
「し、知らなかった……」
「…………」
表情は変わっていないが、偉丈夫はため息を吐いたようだった。
それでよくも勝ち抜けると思っているものだ、と聞こえたように感じた。遠からずといったところだろう。
「規約は二つだ。一つは殺傷行為の禁止。もう一つは……その女も戦闘に参加させることだ」
「ふむ。えっ? なぁっ!?」
一つ目の規約は、僕としても願ったりだった。
しかし、二つ目の規約を聞いたところで、僕は目を疑った。
「ミ、ミンコさん!? なんでいるんですか!」
首だけ後ろに捻ってみると、確かに彼女がいた。
背後霊のようにくっついていたのか、気づかなかった。
「赤信号はみんなで渡るから怖くないんです。わたし一人で渡ろうとするほどの肝はないのです」
なんのこっちゃ、と僕はしばし考え、思い至った。
「つまり、僕とあいつの会話に割り込む度胸がなかったと?」
「厳密に言うとすこし違いますね。難しいお話をお二人でしているようだったので、邪魔になると思い、黙っておりました。青信号待ちです」
ミンコは、顎先に細く白い人差し指を当てて、ほんわりと、そう答えた。
ぼんやりとしたその様子は、これから行う決闘に巻き込むには危険すぎると十分に伝わってくる。だが、不思議と不安はない。
「しかし、我が輩も驚いたぞ。混戦方式で貴殿と貴女を巻き込んだはずだというのに見当たらなかったものでな。その女、道路交通法違反などではなく、暗殺系統の部類ではないのか?」
「わたし、褒められてます?」
「ええ、きっとそうですよ」
僕は、にこりとミンコに微笑みかけた。
本当は真逆で馬鹿にされたんだと思うけど、ミンコの性格からしてややこしくなるのが目に見えていたので、そういうことにしておいた。
幸いにも、ミンコも気を良くしたのか、にこにこと桜の花が咲くような笑顔を返してくれた。
「さて、改めてこの規約を貴殿は呑む覚悟はあるか?」
この偉丈夫は、どうにも敵とは思い難い。どちらかと言えば、こちらを試している節がある。
殺人罪が具現化した存在である僕にとって、一つ目の規約、殺傷行為の禁止は戦力を大幅に下げさせられることが予想されるが、能力自体を禁止されたわけではない。従って、規約とやらがどこまで効力が及ぶのかを試験する機会でもある。
むしろ二つ目の規約が、僕にとって最大の障害だ。ミンコさんを最後まで生き残らせることが条件の計画だったのに、まさかこんな方法で戦闘に強制参加させる方法があるとは思っていなかった。
「ああ、呑もう」
僕は、意を決して、偉丈夫に応えた。
あくまで予測だが、決闘成立の条件とは規約とやらと同じで、互いの同意だろう。
詐欺罪との決闘では、互いを敵とする発言をした。
目の前の偉丈夫に対しては、戦闘に応じる意志を返した。
ミンコさんを強制的に巻き込んだ方法については――
「アキラさん」
ミンコが僕に微笑みかけてきた。
「がんばって!」
「うん!」
――勝ってから考えればいい!
僕は力強く頷き返し、大地を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます