第四章 正義の在処(3)
「良い覚悟だ!」
偉丈夫はそう声を発すると、意外にも後ろに距離を取った。僕の攻撃をいなすのかとも思ったが、男の眼は豪胆さを語っている。
なにかある。
遠距離型か。
いろいろと思ったが、『殺す』だけしか能のない僕には、戦略や戦術の選択肢など持ち合わせていない。
――できることを全力でやるだけだ!
殺す必要はない。殺せる武器がほしい。僕は頭のなかでそう念じた。すると、右手が強く発光し、長刀が出現した。
このまま距離を詰めて斬ってしまうと、殺傷してしまう危険がある。それは規約に反する。規約と呼ぶほどだから、破ってしまえば敗北の扱いを受けることは必至だ。だからここは……
僕は刀をくるりと反転させ、刃のない部分を偉丈夫に向けた。いわゆる峰打ちだ。これなら絶対に殺傷することはない。問題は、殺せる武器を殺せないようにした状態で使用できるかどうかだ。
「はあああっ!」
僕は、裂帛の気合いで、刀を振り切った。
しかし、手には何も感触が反ってこなかった。いや、感触が消えたと言ったほうが正しい。
振り切った体捌きの反動を利用し、地を蹴ってとっさに距離を取る。何が起こったのかを知る必要がある。偉丈夫の反撃も気になる。
「なっ!?」
しかし、目に飛び込んだ光景は、僕を硬直させるには十分なものだった。
「ほう……これは業物だな。実に高く売れそうだ」
偉丈夫の手に握られ、そこから伸びる物は、冴え冴えとした輝きを放っていた。
それが何なのか瞬時に悟り、男の起源であろう犯罪と能力に目星がついた。有無を言わせないやり口と鮮やかな身体の運びは、『窃盗罪』で済む緩さではない。
「あんた、『強盗罪』か!」
「ふむ、考察力もなかなかではないか。して、次なる最善の一手は何かな?」
偉丈夫は不敵な笑みを、驚愕に揺れる僕に向けてきた。
はっとして、僕はすぐに後退し、ミンコのすぐ傍まで寄った。彼女を守るように、身体を偉丈夫に向け、両手を大の字に開く。
「その心は?」
偉丈夫は何をするわけでもなく、僕らの様子をしばし見つめ問うてきた。
「盗むものが物質だけとは限らない!」
僕は毅然と言い返す。
「ははは、対応力も高いではないか。なるほどなるほど、あながち絵空事ではないということか」
偉丈夫は、豪快に笑いながら、さらに圧力を強めてきた。もともと大きかった男がさらに大きくなったように感じる。
「知恵は測った。あとは純粋に力を見せてみろ!」
そう言って、偉丈夫は刀を構えた。
対してこちらは、背後のミンコを守りながら戦わなければならない。こんな戦いがこれからもずっと続いていくのかもしれない。そう思うと、なぜだか力が沸いてきたのだ。もちろん不安や焦りがないと言えば、嘘になる。
右手を掲げて強く念じる。
ここからでも相手を制圧できる武器がほしい。
殺すための武器がほしい!!
バチッ!
何かが弾けた音と一瞬の光とともに、右手に新たな重量が加わった。
長細い筒状の物体が、僕の右手に握られていた。
その正体を瞬時に理解し、左手を添えて構える。
殺すための武器を使い、敵を制圧するために、僕は引き金を引いた。
「そちらもひとつだけとは限らないということかッ!」
偉丈夫が叫ぶとともに、思い切り横っ飛びした。
猟銃から放たれた凶弾は、男の肩を貫く――はずだったが、片腕をかすめて遠くに消えていった。
すぐに次弾を撃つべく、銃弾を装填し、構えると同時に男が再び叫ぶ。
「させぬっ!」
男は転がりながら、僕から奪った刀を捨て、手のひらをこちらに向けてきた。その意味を僕はもうすでに理解していた。
僕の手から猟銃が消え、男の手に出現する。
しかし、その時にもう僕は、ミンコを抱えて転がりながら、新たな武器を生成し、男に向かって放り投げていた。
男の手にある猟銃が轟音を発する。
しかし、不安定な姿勢から放たれた銃弾は、僕とミンコに当たることなく、後方へ
突き抜けたようだ。
そして、辺り一面が強烈な光に包まれた。
僕は目をつぶり、両手でミンコの眼を押さえて、それに備えていた。
閃光弾がすべてを塗り尽くす。殺傷能力は皆無に等しいが、視覚を永久的に奪い、対象の日常を殺す可能性はある。この武器の生成を確認した段階で、僕は殺人罪での武器生成能力は、命という概念に捕らわれないことを体感した。あらゆる意味で敵を殺すための物体が生成可能なのだろう。
閃光弾という発想は、この空間の打ち上げ花火を見た段階で思いついていた。だが、実際に生成できるのかどうかは、この瞬間までの賭けだった。
「ぬぐああああっっ!」
うずくまっている偉丈夫に向かって、僕は一気に距離を詰めた。男の手から解放された刀を右手で再度生成し、男を見下ろす形で首筋に当てる。左手はいつでも瞬間的に武器を生成できるよう構えておいた。
「……参った。我が輩の、負けだ」
細目になった偉丈夫が降参宣言をすると、決闘のために用意された異空間は徐々に元の形へと戻っていったのだった。
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