第八章 最強の審判(2)

 悲鳴。

 悲鳴。

 悲鳴。

 第六十六番広場ではない。他の広場から発せされたと思われるそれが、耳に入ってきた。

 決闘場の境界を示す、紫のベールが取り除かれた。決闘が強制終了されたと考えるのは、上空から見下ろしてくる男と、遠くから響く莫大な悲鳴を聞けば、あり得ないと判断できる。


 ――おそらく!


 ラデスは、無数の銃火器による一斉掃射を行ったのだ。爆音は悲鳴を呼び覚まし、悲鳴はさらなる爆音を引き出す。

 まさに戦場だった。

 それを作り出しているのは、高層建築物の上面で狂喜の高笑いと爆音を放ち続ける白い男だった。


「てっ、……てんめええええ!!」


 ぎりっ。歯ぎしりしながら、僕は咆哮した。


「あははははっ、これぞ正しい戦場の姿なのだよ。決闘場などという生ぬるい檻での生活などもってのほか! これが、これこそが……この祭りの真の姿だ!!」


 決闘は凄惨なシステムだと思っていた。

 だが違った。

 決闘は、無差別な争いを緩和するための救済措置だったのだと、僕は悟った。この男はそれを破壊した。

 ラデスが発した『絶』という言葉。それが漆黒に塗りつぶされた景品の正体だったのだろう。規約に守られた世界を無に帰す、崩壊の呪文。

 こんなものが、最上級の景品であっていいわけがない。ののしりつつも、現実では非情の状況が作られている。


「っ!」


 僕は、ビルよ死ね、と念じながら、刀を一閃、二閃、三閃、四閃……、無数に斬りつけた。刀身の長さなど関係なく事象は現実となり、下部から上部まで斜めにずれていく。

 崩れゆくビルの頂上から、とんとんっと軽い跳躍を繰り返しながら、くだんの男は

地面に向かってまるで苦にせず降りてきた。


「俺様の贈り物は気に入ってもらえたかな?」


「……」


 まだ地面に着地する前。涼やかに、しかし邪悪な笑みで、空中にありながらそんなことを言ってきた。


「だから貴様は詰めを誤るのだ」


 ドンッ!


 目の前には、白い浴衣を翻して着地したばかりのラデス。その手にはいつの間にか小銃が握られていた。小銃は、白い煙を吐き出したばかりのようだ。つまり、轟音の正体は、銃弾が発射したことであり。


「うあ……」


 背後を振り向くと。


「あああ……」


 偉丈夫に押される形で体勢を大きく崩した、薄桃色が印象的な小柄な少女。そして鮮血をまき散らしながら、必死の形相で少女を突き放す偉丈夫。

 正気を失い欠けつつも、僕は仲間の状況を認識した。

 すぐにでも駆け寄ろうとして。


「来るな! ごはっ!」


 ゴエモンが僕に向かって叫びながら、喀血した。


「ゴエモンさん!」


 心配そうなミンコは、無傷のようだった。いや、紺色の浴衣をまとった偉丈夫が、彼女を護り、僕との約束も守りきったのだ。


きゃつ彼奴はまだ、狙っておる、ぞ!」


 僕は、自分の身体に急制動をかけた。

 駆けつけたい。でも、眼前の敵はそれを見逃す相手とは思えない。


「くっ」


 僕は、半身になって、意識を仲間と敵の両方に割いた。

 僕のせいだ。度重なる超常の戦闘で、僕は仲間を護る意識よりも、相手を殺しきることに集中してしまった。仲間への意識を見失ってしまった。派手に見えたラデスの動きは、すべてこのための布石……!


「このとおり、俺様はどんな体勢からでも正確な攻撃が可能だ。しかし、驚いたぞ。そっちのいかにも弱そうな女を狙ったというのに、的が外された。狙いを外したのはこれが初めてだ。後ろの貧弱そうな奴を殺そうと思ったのが無意識のずれとなったのかな? 俺様にしてみれば、両方ともゴミに等しかったというわけか」


 銃器を捨てて丸腰になったラデスは、饒舌をまくし立てた。

 あらゆる武器を所持し、使いこなし、そして一切の躊躇がない。立ち塞がる最強の罪に対して僕には勝機が……見当たらない。その現実が重くのしかかってきた。


「ア、キラ」


 ゴエモンが息も絶え絶えにつぶやく。

 ゴエモンすまない、僕にもっと力があれば……!


「盗んで、ゆく、ぞ」


 それは違うと言いたがったのだろうか、ゴエモンは喀血を繰り返しながらも小さく首を振って、言った。


「何を」


 僕の問いに答える前に、ゴエモンは粒子となった。光り輝く粒子が、霧散していく

様子をじっと眺めることしかできなかった。そのすぐ傍らでは、ミンコが大粒の涙を流して叫んでいた。


「いやあああああ!」


 どくんっ。

 その時、僕のなかで大きく胸が高鳴った。

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