第八章 最強の審判(4)

 決闘、いや戦闘が再開された。

 ミンコさんがやられないよう、僕は目の前の男の一挙手一投足を見逃さないように努めている。死ね、という一撃死をもたらす必殺の言葉に対し、こちらも殺しの言葉そのものを殺し、無効化することを常に心がける。

 ラデスも隙あらばとそれを狙っている。

 僕も絶対に阻止する心積もりで戦闘を継続する。

 剣戟。

 銃撃。

 爆発。

 地形変化。

 様々な要素が戦場を変化させるが、そのことごとくに僕は対処した。


「俺様は、別に好んで赤子や女を殺しているわけじゃあない。殺した先に待っている赤子の親や女の恋人の絶望と怨嗟を聞きたいから、先に殺すのさあ!」


 快楽。

 奴のなかで渦巻く感情をあらわにしたような台詞だった。

 カップルやチームを狙ったのは、奴の源泉によるところが大きいだろう。


「僕は……殺し合いが怖かったんだ。負けて死ぬのが怖くてたまらないから、殺してきた。でも今は怖くない。大切なものを護って、自分の信じた道を後押ししてくれる人たちがいる」


 後悔。

 僕のなかで渦巻いていた感情が取り除かれて、口に出た台詞だった。


「お前は僕より多くの命を奪ってきたんだろう。でも……その命を背負おうとはしなかった。向き合おうとしなかった。お前は僕と同じ、自分勝手でわがままな、ただの臆病者だ!」


「戯れ言を!!」


 ラデスは、焦燥に駆られたように口汚くののしった。

 自分が巻き込まれるのもお構いなく、僕の手前に爆発を起こした。殺しの命令には殺しの命令で相殺することは、互いに強く意識している。だから、意識の隙を突き、地面を殺す命令を出したのだろう。

 土煙で互いの姿が消える……先に飛び出したのは、ラデスだった。大きく後退し、前方に向かって、ラッパ口から伸びるホースを構えた。それは、毒物を放射する装置だった。

 毒物はこれまでの戦闘で一度も使っていないし、見せてもいない。もし僕が土煙のなかで粘ったり、側面から飛び出て攻撃しようとしたら、殺されていただろう。


 しかし。

 ドンッ!

 上空から重低音が大気を揺らした。

 この時、僕は土煙による目隠しを逆手にとって、ある位置関係を企んでいた。跳躍した後、足下の空気に殺しの命令を与える。足下の空気は先ほどと同じように小規模な爆発を起こし、僕はそれを足場として上空へと駆け上がっていた。

 上からの攻撃がいかに厄介かは、身をもって知った。今度はこちらの番だ。

 ラデスが前方の土煙に向かって、妙なものを突きつけているのが、はっきりと視認できる。形状からして……毒物の散布。


(毒物及び劇物取締法違反か!)


 即座に相手の殺害方法を見破った。あんなものを吹き付けられたら、それこそ対処のしようがない。僕は照準をラデスと迷ってから、毒物を噴射すると思われる装置を長筒による銃弾で破壊した。

 次弾をラデスに照準したところで、こちらの位置に気づかれた。

 投刃。

 銃弾。

 爆発。

 背後の満月まで破壊せんばかりの殺戮兵器が殺到する。

 僕は、上空に駆け上がった要領で、空中移動を繰り返した。

 ……鈍い。……遅い。


『貴殿から奪った後悔という感情が、確実に効いてきている』


 ゴエモンの声が聞こえた気がした。ゴエモンはもういない。僕から後悔という感情を奪って、ラデスに吸収されてしまった。それでも僕にはこの声が本物に聞こえた。ゴエモンは猛毒となって、奴の内側から心に攻撃してくれている。そう考えればこの声に納得がいく。

 ラデスの攻撃から精細さが失われ、徐々に粗雑さが目立ってきた。


「うおおおおお!」


「ちいいいいっ!」


 虚空に起こした小規模の爆発を、両脚で踏みしめ、僕は一気に距離を詰めた。左手の長筒を捨て、右手の刀を両手持ちに切り替える。


 ギイイイドオオオッ!


 超常の衝突に、大気が咆哮のごとく震えた。

 

 ぎりっ、ぎりぎり、ぎりっ!


 ラデスは、二本の刀を交差して、僕の渾身の一撃を受け止めていた。

 ラデスの刀が悲鳴を上げているように感じた。


「ぬうううう!!」


「お前と僕の決定的な差を教えてやる。お前はただいたずらに命を奪うだけに過ぎなかったんだろう。だがな。僕はいつ、どこで、どんな殺しであろうと相手と対峙し、向き合い、殺し合った。お前がどれだけ武器を増やしたところで覆ったりはしない。これが……」


 ぎいんっ――


「これが信念と覚悟……それらが積もった重み。《僕ら》とお前の差だ」


 刀を砕かれ、そのまま斬撃を受けたラデスは、赤の混ざった死に装束を着て、大地に倒れた。

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